真のパートナー
ジャンとセイヤとリサは改めて局長室に呼ばれた。
「今回もご苦労だった」
ルッカー治安局長は満面の笑みで出迎え、直立する3人を労い、「今後も何か思うことがあれば遠慮なく相談するように」と言ってくれた。
当初、治安局長から命令されたから仕方なくセイヤたちに協力していた様子の公安隊も、この『特命チーム』に一目置くようになった。
また「公安をもっと強化せよ」「公安はシベリカ工作員を見つけ、監視せよ」「公安にもっと予算をつけよ」という世論の声が、公安隊にとって何よりも大きい収穫だった。
今までどちらかというと世間から敵視され、日陰の存在だった公安隊は一気に『トウア社会から頼りにされる存在』となったのだ。
そして、セイヤがサギーをマークするよう進言しておいたため、サギーは公安の監視対象になった。
ちなみにファン隊長はすでにサギーと手を切っていたので、公安に疑われることなく、そのまま特戦部隊の隊長として任務に励んでいる。
今までは公安隊の捜査は機密性が高く、ほかの隊にその情報が知らされることはほとんどなかった。しかし、ルッカー治安局長の許可を得れば、セイヤたち特命チームは公安隊の機密情報に触れ、いつでも公安隊の捜査協力を得られることとなった。
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局長室から戻ったジャンのテンションはいつになく高かった。
「治安局長からお褒めの言葉ももらったし、お前ら、今日は祝杯を上げるぞ。セイヤ、もう減給処分はとっくに解かれているはずだから、奢れよな。あの時の借りはまだまだ返してもらってないんだからな」
そんなわけでセイヤとリサは居酒屋につきあわされた。
治安局の近くにあるリーズナブルな気安いお店で、多くの客で賑わっていた。店内の隅にある席が空いたので、店員に誘導され、席につき、料理をいくつか頼んだ。飲み放題コースにしたが、ジャンは飲むだけではなく、食べるほうもすごそうだ。
しばし待つと、ビールと共に、料理が次々運ばれ、テーブルに並んだ。
「今月の生活費、ちょっと節約モードに入るからねっ」
店内の喧騒と揚げ物の匂いの中で、リサはちびちびとビールを舐めつつ、半眼でセイヤにつぶやく。
「いつも節約モードのくせに……」
セイヤはコロッケを口にしながら、ため息をつく。けどコロッケはサクサクしていて、けっこう旨かった。
そこへビールをガバガバ飲みながらジャンが話しかけてきた。
「……でさ、狙っていた治安局の女子職員に『女の敵』って言われて、撃沈したんだけどさ」
「そうなんですか。まあ、あれだけ無自覚にセクハラしていれば、そうなりますよね」
突き放すようにセイヤは答えたが、ジャンは絡んでくる。
「い~や、もとはと言えば……あの立てこもり事件の時、お前がオレの女性問題をでっちあげて、オレを脅迫して協力させたことにしたわけだから、お前が何とかするのが筋ってもんだろう。あれから『女の敵』っていうのがオレとセットになっちまって、治安局内では『女の敵』っていう言葉がオレの枕詞になっているんだよ」
「いえ、日頃の先輩の下品な行いが、そうさせている気がするんですが」
そんなセイヤの反論を無視し、ジャンは唐突にこんなことを言い出した。
「そこでだ、ルイさんって彼氏いるのか?」
「え……いないと思います。だよな、リサ」
とっさのことだったので、セイヤは正直に答えてしまった。
「……セイヤったら……そんなこと言っていいの?」
リサは慌てたが、遅かった。
「よし、オレにルイさんを紹介しても何の問題もないということだな」
ジャンがニヤついていた。
「あ~、セイヤ、知らないからね」
リサはまた酒をちびちびと舐め始める。
セイヤは、リサとジャンを交互に見やりながら「え?……え?」と慌てていた。
そんなセイヤの肩にジャンは手を置き、こう命じた。
「ルイさんを誘って、さりげなく席を設けろ。で、ルイさんとオレの間を取り持て。ちょっと高嶺の花すぎるかな、とは思っていたけど、2回も助けたんだし、ここまで縁があるということにオレは勇気づけられた気がするぜ。これはきっと天も味方しているからに違いない」
「え……」
「借りを返せよな。じゃ、よろしく」
そう言うと、ジャンは酒を流し込み、おかわりを追加し、ついでに鶏のカラ揚げに炒飯、ピザなど、いろいろ注文していた。
「……あんなのを紹介したら、さすがのルイも怒るかな」
セイヤは呆然としつつも、ジャンと一緒にコロッケを追加注文するのを忘れなかった。
「セイヤがバカ正直に『ルイに彼氏はいない』なんて答えるからよ。いつも慎重なくせに、うっかりしているところもあるんだね。こういったことについては考えが及ばないというか……疎いんだね」
リサが呆れたようにつぶやく。
「いやあ、まさか、お前らがルイさんのような人とお友だちだったとはな。運命を感じるぜ」
ジャンだけはいつまでもご機嫌だった。
ちなみにルイは割と巨乳であり、どうやらこれもジャンのタイプだったようである。
そう、ルイは童顔に巨乳……そして知的なお嬢様なのだ。
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ようやく、ジャンから解放されたセイヤとリサは帰途についた。
季節はもう冬。冷たい空っ風が吹いていたが、お腹もいっぱいだし、お酒の効果もあってか体はポカポカしていた。
「解決していない事件もあるし、本当はまだ浮かれた気分になれないけどな」
セイヤが独り言のようにこぼした。
「でも、こういった息抜きは必要だよ。これからもいろんな事件が起きるだろうし……ジャン先輩は私たちにも息抜きさせようと思ったのかもね」
リサは白い息を吐きながら、顔を空に向けた。
けっこう星が見えた。これも小さな幸せである。家々の灯りも心を和ませてくれる。
が、セイヤがツッコミを入れてきた。
「息抜きになったか?」
リサもハタと考え込む。
「……う~ん、先輩、容赦なく注文しまくるから、奢るこっちとしてはかえって息がつまったかも」
ようやくセイヤとリサの減給処分が解かれていたが、貯金もしたいし、欲しい家具や家電製品もあるし、まだまだ節約をがんばりたいシジョウ家だ。
「ま、これからも仕事、一緒にがんばろうね」
リサは何気にセイヤの手をとった。
「……」
しかし、セイヤは無言だった。リサに手をとられたままだった。
「約束する。決してもう、あなたに手首をつかまれて止められるような無茶はしないよ」
リサは誓った。そして今度は自分がセイヤを守れるように、そんな力を身につけたい。
「……約束だぞ……」
セイヤはリサの手を握り返した。
――真のパートナーとしてリサと一緒に任務を全うしよう――
やっと心の底からそう思うことができた。