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旧作  作者: hayashi
シーズン2 第4章「特命チーム」
55/114

くつろぎのひと時

挿絵(By みてみん)

 晴れ渡る青空に雲の氷晶がプリズムとなって幻日を浮かび上がらせていた初秋。


 今日は待ちに待った休日。

 セイヤとリサは日頃の訓練の疲れをとるべく、自宅でくつろぎの時間を過ごしていた。

 昼間はまだまだ残暑が厳しかったが、夕方になればエアコンに頼らなくても涼しい風が入ってくるようになった。開け放たれた窓からは、家々の間に夕暮れの空を映した海が覗き、秋の匂いを運んでくる。


 リサは冷蔵庫からキンキンに冷やした缶ビールを出し、おつまみの枝豆を用意した。

 ちなみに結婚当初、セイヤはビールが苦手であった。「全く甘味のないあんな飲み物のどこがいいんだ?」とビールの魅力がいまいち分からなかったようだ。

 が「セイヤの味覚はお子様なのよ」と言うリサがあまりにおいしそうに飲むので、釣られて飲むようになり、今では夏には欠かせない楽しみのひとつになってしまった。


「今日もルイが出るんだっけ」

 新聞で番組をチェックし、リサはテレビを点ける。

 ルイが出演する番組は高視聴率を誇るニュースワイドショーであり、『これからのトウア社会を考える』というテーマで討論が行われるコーナーがあった。


「もうすぐ始まるよ~」

「ああ」

 シャワーから上がったばかりのセイヤは、タオルで頭を拭きながら部屋にやってくると、リサの隣にドカッと腰を下ろした。座布団は暑苦しいので、二人ともそのままカーペットの床に座る。

「はい、お風呂上りのご褒美」

 リサは缶ビールをセイヤに手渡した。いずれ、ちゃんとしたソファーが欲しいな……いや、こんな狭い部屋に置けないか……まずは広い部屋よね、と思いながら、缶ビールのプルトックを開ける。


「お疲れ様ということで乾杯っ」

「といっても、今日はゴロゴロしていただけだけどな」


 二人は琥珀色のビールを喉に流し込んだ。喉への刺激が気持ちいい。小さな幸せのひと時である。

 未解決事件や被害者のことを忘れたわけではなかったが、張りつめたままでは体と心がもたない。仕事を充分にこなせる体力と気力が必要だ。それが事件解決への一歩につながるのだ。そう割り切り、オンとオフを切り替え、セイヤとリサは休息の時間を大切にするようになった。


 そうこうしているうちにテレビ番組ではコメンテーター同士の討論が始まっていた。


 ルイの弁舌が冴え渡っていたが、それを牽制するかのように、例のアサト・サハー氏が批判を始め、ルイとサハー氏の一騎打ちになっていった。

 サハー氏はもはや『ルイ・アイーダの天敵』という位置づけで、ルイが出演するワイドショーにとって欠かせない存在になっていた。ルイとサハー氏が出ると、視聴率が上がるからだ。


 そんなサハー氏はルイに敵意の視線を飛ばし、質問していた。

「この頃、シベリカ人が差別され、嫌がらせをされていることをご存知ですか?」

 

「ええ、もちろん存じてます。遺憾なことだと思ってます」

 ルイは顔を曇らせながら答えた。


 が、その後もサハー氏はルイを責め、二人の応酬が続いていった。


「ルイさん、あなたのシベリカに対する発言が、人々を『反シベリカ』に染め、シベリカ人差別を助長させているのですよ」


「いえ、それとこれとは話が別です。特定の外国を批判することが、その外国人を差別することにつながるというのであれば、私たちは一切、外国に対する批判ができなくなることになります」


「では、シベリカ人が差別され嫌がらせをされているのは仕方ないと言うのですか?」


「そうは言ってません。『外国に対する批判』と『外国人差別』は全く別次元の話だと申しているのです」


「いえ、あなたがシベリカ人差別を煽っているんです。先日、シベリカ人の子どもが自殺しました。原因はトウア人の子どもらによるイジメだということです。それを聞いて、あなたは胸が痛まないのですか」


「もちろん、痛みます。イジメは絶対にあってはなりません」


「本当ですか? 形だけそう言っているだけでしょ。ルイさん、あなたがシベリカ人イジメを煽っているのですよ。その自覚はありますか?」


「何度も申しますが、『外国批判』と『外国人差別』は全く違います」


「どう違うのですか?」


「批判を『イジメだ差別だ』と言って、批判を封じる社会も怖いですよ。サハーさん、あなたは巧妙に言論封殺しようとしているのです。サハーさんにその自覚はありますか?」


「質問に質問で返さないでください」 


「では、政府への批判も『政府へのイジメ』ということで、サハーさんは政府への批判も許さないのですね? そういうことになります。あ、そうそう、サハーさんは今まで治安部隊や軍についても散々批判してきましたが、それもイジメということですね」


「政府や軍や治安部隊と、シベリカ人は違います」


「どう違うのですか?」


「政府や軍などは権力を行使する強者側で、シベリカ人は弱者側です」


「シベリカ人を弱者と決め付けることこそ差別ではありませんか? その考えこそシベリカ人をバカにしていませんか?」


「いや、実際にシベリカ人は立場が弱く、外国人であるがためトウア人よりも権利を制限されている弱者でしょ」


「外国人がある程度、権利が制限されるのは当然です。トウア人がほかの外国へ行けば、権利を制限されるのと同じことです。これを差別とは言いません。お互い様なのですから」


「いや、お互い様と言ってしまっては進歩がないでしょ。トウアが率先して、外国人への差別をなくし、世界のお手本になるべきではありませんか? 外国人にもトウア人と同じ権利を与えることが正しいと思いませんか?」


「論点がずれてますよ。今は『外国人に、トウア国民と同じ権利を与えるべきかどうか』を議論しているのではありません」


「とにかく、弱い立場であるシベリカ人へのイジメを助長するような発言は控えるべきだ」


「何をもって『弱者』と定義するかは置いておいて、もし『弱者』を批判してはいけないとなると、弱者の立場を得た者とそのバックにいる者は逆に強いですね。何をしても批判されず、許されるのですから。

 サハーさん、あなたが言っていることは『トウアに住むシベリカ人は弱者だから、彼らのバックにいるシベリカ国に対しても批判してはいけない。トウア人およびトウア国は、シベリカに何をされても我慢しろ、モンクは言うな』ということになります。これはトウア人への差別になりませんか?」


「いや、私はそんなことを言っているんじゃない」


「いえ、そう言ってますよ。あとは視聴者の皆さんがどう捉えるか、ですね」


 ――と、ルイは司会者のようなことまで言って、討論会をまとめてしまった。


   ・・・


 テレビを見終わったリサは感嘆するように嘆息した。

「私もルイに議論のコツでも習おうかな。そしたら、セイヤとの口ゲンカにも勝てるかも」

「え? オレたち今までケンカなんてしたことないだろ。そりゃあ、ちょっと感情的になることもあるけど、そういう時はすぐに仲直りしているよな」

 セイヤは寝耳に水とばかりにリサを見やった。


 そんなセイヤに顔を向けると、リサは再度、ため息をつき、こう言った。

「本格的なケンカになる前に、たいてい私がセイヤに言い負かされて終わっちゃうのよ」

「オレの言っていることが正しいから、そうなるんだろ」

「正しい正しくないで、物事は割り切れるもんじゃないんだからね」

 そう、頭では理解できるが、心は納得できない、というヤツである。


「じゃあ、リサは何が不満なんだ?」

 いきなりセイヤが訊いてきた。


「いや、今、突然そんなこと言われても……」

 しどろもどろになるリサ。いつものパターンだ。


「答えられないってことは、要するにこれと言った不満はないということだな」

「まあ……そういうことになるのかな」

「じゃあ、問題なしだな」

「……そうだね」


 何だかうまく言いくるめられた気がしないでもないリサであったが、共働きになってからはセイヤも家事にかなり協力してくれるし、掃除は完全にお任せである。お皿洗いは替わり番こにやっている。シャワーやお風呂の順番もその時々で特にこだわりはない。


 そう、セイヤは基本的には『譲ってくれる人間』なので、確かにこれと言って不満はなかった。お願いすれば、たいてい聞き入れてくれる。

 その代わり、譲らない時は絶対に譲らないし、リサに対し束縛気味で、口を開けば理屈っぽく、あれこれ計算したり考え込むのが趣味で、こだわると非常に細かい……正直、そんなセイヤに少々疲れることもある。ジャン先輩の大雑把さ、いい加減さ、適当さ、つまり『おおらかさ』が、もうちょっとあるといいな~と、たまに思う程度だ。


「……それより……ルイのことがちょっと心配だな」

 話題を変えたセイヤは気になることを口にした。

「どういうこと?」

「いや、オレの杞憂ですめばいいんだけど……」


 怪訝な顔をするリサを尻目にセイヤは空になった缶をつぶした。

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