セイヤの読み
前回のお話。
ルイは、サギー率いるシベリカ工作員らに拉致されてしまった。
この頃、セイヤとリサとジャンは海上保安隊と共にルイ救出作戦に動いていた。予めルイに身につけさせていた発信機を頼りに、3人は海上保安隊が所持する巡視船上にいた。
その12・7ミリ機関銃を搭載している30メートル型の巡視船は黒い大海原を高速で進んでいく。雨は上がったものの、空は月明かりもなく、海との境目が曖昧で黒一色に塗りつぶされていた。潮の香りが鼻腔を刺激する。
「しかし、ファン隊長が不倫していたとはな~。お前、よくそんな情報を持っていたな」
ジャンは未だにそのことを話題にしていた。
「ええ、まあ……不倫相手が、オレらの学生時代の元担任教師ですからね」
さっきも車の中で同じ話題を繰り返したよな、と思いつつ、セイヤは律儀に答えた。
そう、ファン隊長とサギーが愛人関係であることは、ルイがとっくにつきとめていたのだ。
当初、ルイは探偵を雇って、サギーのことを調べていた。
――サギーの住まいを探し出し、見張らせた。本当は盗聴器を仕掛けたかったが、サギーの部屋の窓や玄関口には監視カメラもあり、おそらく部屋の中も監視カメラがまわっているだろうことが予想された。戸締りも厳重であり、留守を狙うのも難しかった。たとえ盗聴器を仕掛けることができたとしても、これだけ警戒心が強いサギーならばすぐに見つけ出してしまうだろう。
そんなサギーを尾行するのはかなり大変だったらしいが、やっとサギーの愛人のひとりを見つけた。それがファン隊長だった。
……だからサギーは、セイヤとリサが特戦部隊に配属されたことを知っていたのか、とルイは合点がいったという。
そんなわけで、セイヤとリサの情報がサギーに筒抜けである可能性がある、と忠告してくれていたのだ。
さらにルイは、ファン隊長の身辺調査もした。
が、どうやらファンはサギーに騙されているだけで、ファン自身はシベリカとのつながりはなかった。
ファンは女性関係についてはだらしなさそうだが、仕事面においては『トウアのために働く治安部隊の上官』である、とルイは判断した。
ついでに、セイヤとリサとチームを組んでいるというジャンについても調べ、安全な人物であることを確認し、そのこともセイヤとリサに伝えていた。
そのジャンは、なおもファン隊長の愛人問題について話をひっぱっていた。
「それにしても、愛人との証拠写真を突きつけてファン隊長を脅すとはな……お前って何だか恐ろしい男だな」
「脅してはいません。取引と言ってください。それにオレは、隊長にとってマイナスになるような無理な要求はしていません」
セイヤはしれっと言い返す。
「だから『ルイ・アイーダ救出のための捜査への参加』が通ったわけか。これは本来、特戦部隊のオレらの仕事じゃないもんな」
「この件については他人に任せるわけにはいかなかったんです。オレらのほうが敵の罠にわざと乗ったところもありますから」
「ルイ・アイーダが拉致されるのも想定済みだったということか」
「ええ、ルイの見張りから、拉致されたという連絡がきたし、証拠写真も押さえてあります」
「見張りをずっと雇っていたのか……金かかるだろうに」
「ルイは大金持ちですから」
ジャンとセイヤの会話の中にリサも入ってきた。
「それだけの金があるなら護衛をつけりゃいいのに、そうせずにルイ・アイーダもわざと敵の罠にはまってやったということか……」
眉を上げてジャンはリサを見やった後、再びセイヤに視線を戻し、問い質す。
「でも、拉致されたと分かった時点で、すぐに警察捜査隊に動いてもらうべきじゃなかったのか?」
それについては、セイヤはこう考えていた。
「それでは拉致した実行犯しか捕らえられません。いたずら目的、あるいは金目当てに誘拐したと言われ、個人的な犯罪ということにされてしまいます。
もちろん、オレはこれを個人的犯罪とは思ってません。
この犯罪が組織的に行われたと証明し、この犯罪に関わった全ての者を捕らえるには、敵を泳がす必要があります。
なので、ファン隊長にいろいろと協力してもらったんです」
その後も、ジャンは質問攻めだった。
「でも救出が遅れて、その間にルイ・アイーダが殺されでもしたらどうするんだ?」
「殺すつもりならば、拉致という面倒なことはしないでしょう」
「お前は、殺される可能性はないと考えているのか?」
ジャンから問われるまでもなく、セイヤはこの点は本当に熟慮し、最終的にこのように判断していた。
「シベリカ側はずっと情報戦を仕掛けていました。今思えば、あの発電所立てこもり事件もそのひとつだったと推察してます。
その目的とは、シベリカ国の狙いが達成されるようにトウア世論を操り、トウア国を世論でもって動かすことだと思われます。
トウア国が民主主義である以上、世論の力は大きいです。政治は民意に左右されることも多く、政治は世論によって動くと言っても過言ではありません」
セイヤはここまで一気に述べ、一息つき――さらに話を続ける。
「そんなトウア世論に、ルイは大きな影響を与えるようになりました。
だから、シベリカ側は単にルイを消すよりも、ルイの信用性を失墜させたいと考えるはずです。そうすれば世間も、今までのルイの意見や考えに疑問を持つようになるでしょう。
しかし、いつもシベリカ国にとって都合の悪い話しをし、ついにはマハート暗殺未遂事件でのシベリカ工作員の存在を指摘したルイを殺せば、シベリカ国がルイ暗殺に関与したのでは、とトウア国民は疑いを持ちます。
遺体が発見されないなど、殺害の証拠が上がらなくても、有名人のルイが長期に渡って行方不明となればマスコミは騒ぎ立て、殺害された可能性を疑うでしょう。シベリカ側もそれは避けたいはずです。ただでさえ、今のトウア社会では『シベリカへの警戒感』が漂い始めてますからね」
「ふむ」
ジャンは頷き、目で先を促した。
セイヤは、これからシベリカがルイに対して行うだろう、その推測を述べる。
「ルイをトウア国の法が及ばない外国……シベリカ国へ密かに連れ出し、そこで犯罪事件をでっちあげ、ルイを犯罪者に仕立て上げれば、ルイの信用を落とすことができます。
シベリカ国に祖父を処刑されたルイはシベリカを憎んでいた、だから報復にシベリカへ何かしらの攻撃を仕掛けようとした、と説明されれば、それはそれで説得力はあります。
それに外国で起こったことについてはトウア国には捜査権はありませんし、手出しできません。連れ去られたルイは当然、出国記録もありません。
だからこそ、ルイ自らシベリカへ密入国し、シベリカ国へのテロを目論んだと思わせることも可能です」
「なるほど」
ジャンの相槌に応えるように、セイヤはこう結論付けた。
「シベリカは、ルイを『殺された被害者』にするよりも『犯罪を行った加害者』にさせるほうを選ぶでしょう。オレがシベリカ側の立場ならそうします」