任務終了
マハート氏を囲みながらホテルの外に避難した一行は、駆けつけてきた警察捜査隊にマハート氏と秘書を渡した。
マハート氏はジャンらにお礼を言い、深々と何度も頭を下げた。そして、たどたどしいトウア語で言った。
「シベリカを……どうか嫌いにならないでください……このようなことに巻き込んでしまって、本当に申し訳ありません」
その後、マハート氏の言葉はシベリカ語になり、秘書がトウア語に通訳した。
「今、シベリカ中央政府は拡大路線に突き進んでいます。
でも、それに反対する者もシベリカには大勢います。私も、シベリカは拡大路線をやめて地方を独立させ、国を身軽にして、コンパクトにまとめた方がいい、という考えです。
ただ、この考えは今のシベリカ中央政府には受け入れられません。地方を手放すということは、既得権益を手放すということです。
既得権益を握っているシベリカ中央政府を牛耳る者たちにとって、私のような考えを持つ者は『敵』なのです。だから今回も狙われました。
でも必ず、シベリカを変えてみせます」
ジャンとセイヤとリサはただただマハートの言葉に――それを通訳する秘書の言葉ということになるが――耳を傾けていた。
マハート氏の秘書と護衛らも深々と頭を下げ、ジャンたちに感謝の意を表した。
こうしてマハート氏らは無事に保護され、ジャンたちの優先するべき任務は終わった。
それからすぐにジャンは、犯人5名を置いてきたことを警察捜査隊に説明した。
犯人らはジャン、リサ、セイヤの放った銃弾によって負傷はしているが、急所は外してあるので致命傷には至らず、生きている可能性が高かった。止血など応急処置をして病院に搬送すれば、命は助かるはずだ。
その間、避難客を救助隊が誘導し、ケガ人を病院へ搬送する手配をし、消防隊が鎮火をしていた。
爆破物処理隊が安全確認後、ジャンとセイヤとリサは警察捜査隊と共に4階へ戻った。救助隊もホテルに取り残された者がいないかどうか捜索に入っていた。
4階へ犯人確保にきたジャンとセイヤとリサは唖然とした。
手錠をかけておいた犯人は5人とも頭を打ち抜かれ、死亡していた。
「口封じされたか……5人のほかにも犯人がいたのか」
「上階で爆弾を仕掛けて起爆させたヤツかもしれませんね」
「結局、犯人を取り逃がしてしまったということか」
ジャンは5人の犯人を置いてきたことを悔やんだ。しかし今考えてみても、あの時はどうしようもなかった。マハート氏を守り、速やかに避難することが最優先事項だった。ほかにも暗殺者がいたのだから、皆でマハート氏を囲みながら避難させたことは正しかったのだ。
その後、ジャン、セイヤ、リサは警察捜査隊から事情聴取を受けた。
諸々の報告を終え、ファン隊長に帰宅を許された頃には昼をだいぶ過ぎていた。
「先輩、お疲れ様でした」
「ああ、お前らもご苦労さん。よくやったぞ、マハートを守り切ったんだからな。帰って早く休め」
ジャンと別れ、セイヤとリサは共に帰途についた。
外は澄みきった青空が眩しく、さわやかな陽気に包まれていた。さっきまでの『ホテル爆破およびマハート氏暗殺未遂事件』がウソのようだ。
「ジャン先輩の指示、的確だったよね」
「ああ」
「セイヤもお手柄だったね。あなたがいなければ、警備員を装った犯人を見抜くことはできなかったと思う」
「……まあな」
「ただ、犯人確保に失敗したのは悔しいよね……事件解明への手がかりが一気に遠のいちゃった」
「……」
「今回、ルイの情報が正しかったんだから、ルイの得ている情報から何か解明できるといいよね。ルイも治安局に事情聴取されるだろうけど、個人的に会って、いろいろ話を聞いてみたいな」
事件解明へ意欲を示すリサに、セイヤは複雑な気持ちだった。
……リサにはこんな危険な仕事にのめり込んで欲しくない……
帰宅後、二人は軽く食事をしてシャワーを浴び、夕方になってから、やっとベッドに入ることができた。
が、疲れているはずなのに、セイヤもリサもなかなか寝付けなかった。
お互い、何度か寝返りを打った後、ぼそっとセイヤがつぶやいた。
「……リサ、やっぱり仕事、やめてくれないかな……こんな危険な仕事でなくても……」
そんなセイヤには視線を向けず、リサは天井を見つめながら答えた。
「それを言うならお互い様だよ。私だって、あなたに危険な仕事はしてほしくない」
セイヤは、リサのほうへ体を向けて半身を起こした。
「じゃあ、いっそうのこと二人でこの仕事、やめるか」
なぜ治安部隊という公務職を目指したのか……もちろん、リサが治安部隊を希望すると聞いたから、セイヤはこの仕事を希望した。これが一番の理由だが、前々から『安定した公務職につきたかった。公務職であればどこでもいい』とも考えていた。その中でも『治安部隊』は競争率が低かった。治安部隊であれば採用は確実だった。
でも今思えば、給与の割にはキツイ仕事であり、世間の風当たりも強く、競争率の低さに頷ける。しかも自分たちは『特戦部隊』という治安部隊の中でも危険なところに就いている。
はっきり言って、割に合わない。
セイヤはリサをこれ以上危険なことに晒したくなかった。自分がやめることで、リサもやめてくれるなら、この職を辞してもいい。リサの安全が守られることが最優先事項だ。安定した職につくのは二の次だ。
が、そう思いつつも、あの地下鉄爆破事件での犠牲者の姿が忘れられなかった。何としてでも犯人を捕まえたいのも正直な気持ちだった。
そして……おそらく犯人らのバックについているのだろうシベリカという国から、自分たちのこの暮らしを守りたい。
……でも、リサには仕事をやめてほしい。これはオレのわがままなのか……
そう、リサの射撃の腕は上がっていた。犯人を捕まえたいのはリサも同じ思いだ。だからこそ訓練を怠らず、努力しているのだ。
セイヤが思いを巡らせていると、ようやくリサが口を開いた。
「……私はやめないよ。犯人は絶対に許せない。死んだ兄さんもそう思っているよ。それにファン隊長も見返したい」
「……」
「でも、あなたにはこんな危険な仕事はしてほしくない。だから、セイヤだけやめてよ」
「バカ言うなよ。オレだけやめるはずないだろ。オレだって犯人を捕まえたい」
「じゃあ、二人でがんばろう」
「……」
だが、セイヤはそれには応えることができなかった。
今回のホテル爆破事件で、亡くなった客はいなかった。地下鉄中央駅爆破の時とは違い、威力がさほどではなかったからだ。
しかし、ホテルの本物の警備員5名の死体が発見された。
それでもマハート氏を守りきったジャン、セイヤ、リサは、ファン隊長から労われ、治安局内での特戦部隊の株が上がった。
マスメディアも大騒ぎしていた。そして、このマハート氏の暗殺を食い止めた特戦部隊チームにリサがいたことから、また『特戦部隊のヒロイン・リサ』を祭り上げていた。
「なぜ私のことがマスコミに漏れているのかな」
リサはこぼした。治安局内では、また白い目で見られるだろう。
セイヤもこれについて疑問に思っていた。
……それまでは世間からは全く話題にされず、忘れ去られたかのように思えたリサであるが、多くの人に顔を知られてしまっている。
とはいえ、ホテルを見回っている時や、マハートを警備している時、客がリサに気づいた様子はなかった。
それとも、やはり客の誰かが『ヒロイン・リサ』に気づき、マスコミに漏らしたのだろうか?
だいたい……リサの情報がこうも簡単にマスコミに流れ、取沙汰されるのは、おかしいのだ。
本来、特殊戦闘部隊の隊員情報は表に出すべきものではない。任務に支障が出るケースもあるからだ。
そう、海外では『特戦部隊』のような特殊な任務に就く隊員の情報は機密扱いとなり、外部に漏らせば厳しく罰せられるのが普通だ。特殊部隊の隊員は自分の家族にでさえ、自分の所属先を明かさない。ましてや、隊員がマスコミに大々的に取り上げられるなど論外だ。
その点、トウア国の法は甘い。治安法も警察法も穴だらけだ。
「治安局は、このことをどう考えているんだ……」
セイヤはつい、ひとりごちてしまった。リサをマスメディアへの宣伝用に採用したというファン隊長の顔が浮かんだ。
……こんなことでリサを守りきることができるのか?……