下品の達人! ジャン先輩
隊長室に呼ばれたジャン、セイヤ、リサの3人は、トウア市へ視察に訪れるシベリカ地方議員マハート氏の暗殺を阻止するようにとファン隊長から任務を与えられた。
「え? オレら3人だけで、ですか」
ジャンはファン隊長に訊き返す。
「そうだ。マハート氏のトウア市滞在は、爆破予告された同じ日程と重なる、とは言っても、暗殺の件はあくまでも『ありえるかもしれない』程度のものだ。しかし、無視もできない。
そこで、もし暗殺計画があるとすれば狙撃される可能性が高いだろうということで、銃撃専門の訓練を受けている特戦部隊がこの件を受け持つことになったのだ」
ファンはそう説明した。
「待ってください。自分はいいとして、セイヤもリサもまだ新人に毛が生えた程度ですよ」
ジャンは異議を唱えた。
だがファンは意に返さなかった。
「暗殺計画の件はあくまでも憶測情報だ。そんなことに人員を割くわけにはいかない。治安局としては爆破予告の件を優先せざるを得ないのだ。実際、中央駅爆破事件があって、多くの被害者が出たのだからな。予告があった地下鉄全駅、中央都市ビルはじめ周辺の建造物およびそ繁華街にて厳重警戒態勢をとり、爆破を阻止せねばならない。よって、こちらにも相当数の人員を割くことになる。
だから『マハート氏暗殺阻止』の件は、お前ら3人で受け持ってほしい。もちろん、お前らのほかに、シベリカからやってくるマハート氏陣営側の護衛もつく。その護衛と連携し、マハート氏を護れ」
反論は許さないとばかりにファン隊長はジャンを見据えた。
「ジャン、お前がリーダーとして、セイヤとリサを従えろ」
隊長室から出たジャンは、後ろから続いてきたセイヤとリサを見やった。
「この件に3人しか人員を割かないってことは、暗殺情報をあまり重く見ていないんだろう。ま、とりあえず、がんばろうぜ。ちなみにオレがリーダーだからな。言うこと聞けよ」
そんなジャンにセイヤはコッソリとつぶやいた。
「……リサを置いていくわけにはいかないですか?」
「そりゃあ、できないだろ。ま、暗殺計画情報も単なるウワサって感じだし、だからといって何もしないってわけにもいかないから、オレら3人が指名されたんだろ」
ジャンは、何を言ってんだとばかりに苦笑しつつ、すかさず答えた。
セイヤはリサと共にこの暗殺計画情報について、すでにルイから話を聞いていた。ルイの言っていることは説得力があり、暗殺計画の可能性は高い気がした。それなのに、たった3人で対処しろというのに不安を感じた。自分はいいけど、リサを危険に晒したくない……
「何の話?」
リサがジャンとセイヤを交互に視線を移しながら、訊いてきた。
「セイヤがリサを置いていきたいってさ。リサって信用されてないんだな。自分の身も守れない『お荷物な女』って思われているんじゃないのか」
ジャンはちょっと意地悪い笑みを浮かべた。
「先輩…っ」
「何それ」
リサが、慌てているセイヤをにらみつけた。
「まあまあ、ケンカするなよ。『特戦部隊の名物カップル、離婚の危機』ってウワサがたつぞ」
「先輩が煽っているんじゃないですか~」
セイヤはジャンに恨みがましい視線を送ったが、ジャンは素知らぬ顔でそっぽを向いた。
「セイヤも隊長と同じなんだね……私をバカにしているんだ」
リサがボソッと低い声でつぶやき、うつむいた。
「そうじゃない。心配なだけだ」
セイヤはとりなそうとするものの、リサはセイヤと視線を合わせようとはせず、下を向いたままだった。
「私もセイヤのことが心配だよ。お互い様じゃない」
「やれやれ、夫婦で『心配』バーゲンセールってか」
苦笑まじりのジャンが中に割って入った。
「じゃあ、お前らはお互いを守り合うことを最優先しろ。その上で任務を遂行しろよ。オレは任務を最優先する。それでいいだろ」
「先輩……」
「オレは何度かリサの射撃訓練を見ているが、リサは確実に腕を上げた。大きな戦力になる。お前の心配も分からなくはないが、リサを信じてやれ」
ジャンはセイヤを見やった。
リサは顔を上げ、ジャンを見つめた。自分を認めてくれるジャンの言葉が嬉しかった。ジャンはただのセクハラ先輩ではなかったのだ。
さらにジャンはセイヤに向けて、話を続けていた。
「あの発電所立てこもり事件の時、命令に背いてまでリサを救出したいって言うお前を一人で行かせてやっただろう。そりゃ心配だったさ。でも、お前なら大丈夫だと信じたから、オレは行かせたんだ」
セイヤはハッとし、ジャンに視線を向けた。
そんなジャンは二人を見やりながら、こう締めくくった。
「信じるって、けっこう勇気がいるんだぜ。だからセイヤ、お前もリサを信じる勇気を持て。で、リサもセイヤを裏切るような無茶なことはするな。以上」
セイヤとリサは改めてジャンを見直した。
ジャンも心の中で『オレ、今ちょっといいこと言ったよな~』と悦に入っていた。
しばしの余韻の後、セイヤとリサは口々にジャンを讃えた。
「先輩……たまにはいいこと言うんですね」
「下品なだけじゃなかったんですね」
「だからこそ先輩の下品な言動は許せるんだな」
「下品の達人! さすがジャン先輩!」
二人はジャンを褒めているつもりだったが、ジャンにはいまひとつ伝わらなかったようだ。というか悪口にしか聞こえなかった。ま、当然かもしれない……
「下品ってオレのことか?」
分かりきったことを訊くジャンに……先輩ったら、今さら何を……を思ったセイヤとリサであった。