進路
こうして、リサは学校でも宿舎でもルイと一緒に過ごすことが多くなった。宿舎ではお互いの部屋を行き来して、おしゃべりに興じた。殺風景な室内もルイがいてくれると華やぐ。
宿舎の棟は男女別々で異性の部屋への出入りは禁じられているため、セイヤとは学校でルイと一緒にたまに過ごすといった感じだ。
それ以外のほとんどの休み時間、セイヤは黙々と独りで学科の勉強をしていた。ほかの生徒と親しげに話す姿はあまり見られなかった。
あれから半年が経ち――木々の葉が色づく中秋の季節となっていた。
兄をあのような形で失った悲しみと罪悪感は今も癒えないリサだったが――ここ『未成年養護施設』はリサと同じく家族を亡くした孤児が集まっており、離れた宿舎には小さい子どもや幼児もいる。そんな皆が元気にやっている中、いつまでも鬱々していられないと思えるようになっていた。ルイもセイヤも悲しみを乗り越えてきたのだ――自分もがんばらなくては、と。
そんなある日の授業の合間の休み時間。時折吹く海風は冷たさを運び、冬の顔を少しだけ覗かせていた。
ざわつく教室の中、ルイがリサの席に寄ってきて、隣の机の隅に浅く腰を置く。
「ねえリサ、その格好、もうちょっと何とかしたら?」
「ん?」
机に頬杖ついたままリサはルイに視線を流す。
「髪は手入れしているの? 伸ばしっぱなしのように見えるし、服もなんでいつも黒系なの? もうちょっと明るい色のはないの?」
ルイにそう言われて――たしかに『おしゃれをしたい』だなんていう気持ちはどこかに行ってしまった……服も自然に暗い色のものを選んでしまう――と思いながらも、リサはこう答えた。
「今の私には髪や服のことなんて、どうでもいいんだ。そんなことにお金かけてられないというか……もう18だから春にはココを出て行かないといけないし、今からできるだけ節約しておかないと……」
「あ……そうだよね、私は生活に困らない分、恵まれているよね……」
ハッとしたルイは床に目を落とす。その声は萎んでいった。
リサは頬杖をやめ、慌てて付け足す。
「その……ルイに皮肉言ったんじゃないからね」
でも、ルイは顔を下に落としたままだ。
「……リサの言うことはもっともだよ。私はべつに施設に頼らなくても、お母さまの遺産で充分暮らしが成り立つの。けど、成人保護者がいないからトウア国の法に従って、今は仕方なく施設のお世話になっているだけだから……気楽に考えてた……」
ルイがヘンな気遣いを見せ始めたので、リサはそんな空気を吹き飛ばすように伸びをする。
「ルイは偉いよ。アリア国について研究するっていう目的があって、進学するって決めているんだもん。私は進路、何も決めていない……」
本当にどうしよう――今、初めて焦りを感じ、リサは天井を仰いだ。
「リサは何かやってみたいことないの?」
気を取り直したルイは何気なく問うた。
「……やりたいこと……」
その時、リサの心に様々な思いが押し寄せてきた。やはり……あの事件のことが脳裏に浮かぶ。
――私はあの時、兄さんと一緒に戦いたかった。でも、私にはそんな力もなかった。
――もし私に戦う力があったら……。
――兄さんは「悪化していくトウアの治安をなんとかしたい」といつも言っていたっけ。
――兄さんは犯人を逃がしたくなかった。それが兄さんの譲れない思い……。
――だから私も治安部隊に入って、兄さんのあとを継ぎたい。
――それが私の使命。やりたいというより、やらなければならない。
そこへ「何の話をしているんだ?」とセイヤがやってきた。
リサは思考を止め『不戦の民の登場か』とセイヤに目を向ける。
「セイヤ、あなたは卒業後のこと決めているの?」
リサの視線が外れたルイは、セイヤを話の輪に入れた。
「ふ~ん、そういう話をしていたのか。ルイはたしか大学に進学するんだっけな。リサはどうするんだ?」
セイヤは立ったまま、ルイが腰を置いている机に掌をつき、リサに視線をよこす。
「兄さんの遺志を継ぐ」
リサは宣言するように答えた。自分が進むべき道を見つけた気がした。いや、もうこれしかない。
「え?」
セイヤはまじまじとリサを見つめる。
「私、治安部隊に入りたい」
リサの眼は爛々と輝き、まるまっていた背中はいつの間にかピンと張っていた。
「うん、応援するよ。お互いがんばろうっ」
ルイは寄りかかっていた机から身を離し、リサの手を取った。女の子なのに治安部隊だなんて……とは思ったが、今まで何となくボンヤリとしていたリサの瞳が生き生きと力強くなっていることに気づき、そんなリサにエールを送りたかった。
なのにセイヤは水を差すように、こんなことを言ってきた。
「治安部隊に入るには……まず治安局の付設訓練校を卒業しないといけないだっけ。訓練校は無料だし、寮もあって、訓練期間中の生活も国の税金で面倒みてもらえるし、将来は公務員として安定的な生活できるよな」
「ちょっと~、いかにも計算高いっていう言い方して……リサのこと茶化しているの?」
ルイはセイヤをにらみつける。
「いや、茶化してなんかないよ。計算高く現実的に考えるって、何の後ろ盾もないオレたち孤児には必要なことだろ」
「じゃあ、セイヤは将来どうするの?」
「そうだな……治安部隊という道もありか」
「え?」
ルイとリサが同時に訊き返す。
「オレが求めているのは安定した生活……となるとやっぱ公務員だな。治安部隊は危険があるっちゃあるけど、公務職の中では競争率が低いしな……」
「つまり、そんな理由であなたも治安部隊入隊希望ってわけ?」
ルイはため息交じりに顔を横に振る。
「手堅く現実的な将来を描いているだけだ」
そう言うとセイヤは今までルイに向けていた視線をチラッとリサに移し――
「怒っている?」と遠慮気に訊いてきた。
「別に……あなたの将来について私が口出しすることじゃないから」
リサはサバサバと答える。ほかの人があんな言い方したら不愉快だけど、なぜかセイヤが言う分には許せた。
それに『不戦の民の子』が、いざという時に犯罪者と戦いを強いられる治安部隊を希望するだなんて、サギー先生はどう思うかなと、ちょっと愉快な気分だった。