暗殺計画
トウア地下鉄中央駅爆破事件の翌日。
ルイ・アイーダはあるホテルの一室にて、現在シベリカ国の支配下にあるアリア国から第三国に亡命し密かにトウアにやってきたアリア人と面会していた。
旧アリア国元大統領の孫娘であるルイの表向きの顔は、トウア国立大学歴史学科近代歴史研究室に所属する大学生である。時々、テレビの討論番組やワイドショーやニュース番組に出演するコメンテーターもしている。
が、裏では同胞のアリア人を中心に地下組織を作り『対シベリカ活動』を始めていた。
そのアリア人の話から、ルイは今まで調べてきた旧アリア国に起きた事件の数々を思い起こす。
昨日のトウア市で起きた地下鉄駅爆破事件と、その直後に次の爆破予告があったことと、その旧アリア国で起きた事件との類似点から――このアリア人がもたらした情報に、ある確信を得た。その後、すぐさま治安局警察捜査隊の情報部を訪ね、そこで『トウア市へ視察に訪れるシベリカ人地方議員マハート氏暗殺計画』と『今回の地下鉄中央駅爆破事件および爆破予告』の関連性を示唆し、情報提供した。
だが、狭い部屋の中で、机を挟んでルイと向かいあっている警察捜査隊情報部の反応はいまいちであった。
「……それはあくまでも、あなたの憶測ですよね。そんな憶測で治安部隊を動かすわけにはいきません」
情報部の治安局員は、ルイの言うことをまともに取り合う気はないようである。
それでもルイは説明を続ける。
「なぜ、犯人は日を指定してまで爆破予告をするのでしょう。
当然、その日に合わせて、治安部隊は予告のあった地下鉄全駅と中央都市ビルと周辺の繁華街に厳重警戒態勢を敷きますよね。つまり人員の大半はそちらに割かれることになります。
これは陽動作戦としか思えません。本当の狙いはほかにあります」
ここで一息つくと、ルイは目の前にいる治安局員を見つめ、強調するように言葉を紡いでいった。
「それが今回、ここトウア市に視察にくるシベリカ地方議員マハート氏の暗殺だと考えられます。
爆破予告で示された日程は、マハート氏のトウア市滞在日と重なります。
かつて旧アリア国でも似たような状況下でシベリカ要人暗殺事件が起きたことがあります。
今のトウア国と旧アリア国は社会状況がとてもよく似ているのです」
それでもピンと来ない治安局員はルイに問う。
「なぜ、そのマハート氏は狙われているのですか? また、なぜシベリカの地方議員の暗殺をわざわざ我トウア国で仕掛けるのですか?」
まず一つ目の質問にルイは答えた。
「マハート氏を中心にしたグループは、現在のシベリカ中央政府の拡大路線に批判的です。
私は第三国に亡命したアリア人と接触しましたが、その方もマハート氏暗殺を危惧してました。
現在、アリア国はシベリカ国の支配下にあります。なのでアリア人もこういった空気には敏感で、水面下ではいろいろと情報収集をしているのです。マハート氏は今のシベリカ国を仕切る人たちにとって邪魔でしかなく、暗殺される危険性が高い人物だと考えられてます」
「はあ」
相手は相槌は打つものの、反応はうすい。
が、とにかく2つ目の質問に答えるべく、ルイは話を進めた。
「予算の関係上、マハート氏もトウア国にまで護衛をぞろぞろ引き連れて来るわけにはいきません。このマハート氏の護衛の数がいつもより少なくなる機会を、シベリカ中央政府が逃すはずがありません。
それに、もし仮にシベリカの地でマハート氏を暗殺すれば、マハート氏を支持している市民らが暴動を起こす恐れがあります。シベリカ国は内紛のきっかけになるようなことは避けたいので、簡単には手を下せません」
ここまで話すと、治安局員の顔が少し引き締まったように見えた。
ルイは話を続ける。
「しかし、マハート氏の暗殺がトウアの地で行われ、犯人が捕まらなければ、犯人はトウア人かもしれないと思わせることもできます。シベリカ中央政府にとっては、邪魔なマハート氏を消し、マハート氏を支持している市民の怒りをトウアに向けさせることができます」
「ふむ」
ようやく治安局員の相槌は前向きになった。
ルイはシベリカ国の状況を説明した。
「シベリカはあれだけの大国です。優先すべき課題は、内紛によって国内を分裂させないことです。
そう、人口増加に歯止めがかからず、貧富の差が大きく、多民族国家でもあるシベリカは内戦の危険性を常に抱えているのです」
「なるほど……」
先を促すように治安局員はルイを見やる。
それに応えるかのように、ルイは理路整然と説いていく。
「貧しさは国民の不満を生みます。その不満が内紛へつながるのを、シベリカ国は恐れてます。
だからこそ、豊かさを求め、拡大路線へ行く考えがシベリカの主流を占めますが……
中にはマハート氏のように『シベリカは身軽になって再建したほうがいい』と思っている人たちもいるのです。
つまり、各地方を独立させ、国の規模を縮小していけば、養うべき国民の数も減り、コンパクトに国をまとめあげることができる、それこそが豊かさにつながる、という考えです。
シベリカ国から独立をしたいと思っている人たちの多くはマハート氏を支持しているので、シベリカ中央政府は国内において簡単にはマハート氏を攻撃できないのです」
「わかりました。情報提供、感謝します」
治安局員は深く頷いていた。
「必ず上の人に伝え、手を打ってください。
もし治安局がこれを無視し、マハート氏が暗殺された場合、私は治安局に前もって情報提供していたことをテレビで訴えますよ。
情報提供があったにも関わらず何もしなかった治安局は世間の批判に晒されることになるでしょう」
ルイはそう釘を刺し、治安局警察捜査隊情報部を後にした。
「このことをセイヤとリサにも伝えなきゃ」
さっそく、ルイは『話をしたい』という旨のメールをセイヤとリサに送った。
もちろん、特戦部隊に所属するセイヤとリサがこの件について動くとは限らない。治安局がどのように対処するのか分からないけれど……ルイにとって、セイヤとリサが一番信用できる仲間だ。だからこそ重要な情報は共有したいと考えていた。
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ルイ・アイーダからもたらされた『マハート氏暗殺計画の件』について、治安局上層部はその対処を特戦部隊ファン隊長に一任した。
もし仮に暗殺が行われるとすれば、狙撃である可能性が高いと考えられ、銃撃戦・狙撃の専門である特戦部隊に任せるのがいいだろうという判断であった。
特戦部隊ファン隊長は思案した。
……警察捜査隊情報部から聞いたルイ・アイーダの情報と分析はそれなりの説得力はある。先日、明らかにされた爆破予告は、治安局の目を爆破事件のほうへ向けさせる陽動作戦だという可能性もないとは言えない。
だが、治安部隊は予告された爆破の阻止へ動くほうを優先する。予告があった以上、爆破が起きる可能性も捨て切れない。もし予告通りに爆破が起きたら、その被害は甚大である。
……ルイ・アイーダの言うことは決定的な証拠がなく、結局は憶測だ。
ただ、万が一、暗殺事件が起きてしまったら……ルイ・アイーダから情報を得ていたにも関わらず、治安部隊は何もしなかったということになり、治安局は世間から非難され、責任を問われるだろう。それだけは避けたい。少なくとも治安部隊はその対策に動いていたとしたい。
では、誰を『マハート氏暗殺阻止』に行かせるか?
ここでファン隊長は、あの3人の顔を思い浮かべた。発電所立てこもり事件で、命令に従わなかった『セイヤ、リサ、ジャン』だ。
ジャンはセイヤに弱みを握られ仕方なく加担したということになっているが、彼らの様子を観察しているうちに、それはないと思っていた。ジャンは自分から加担したのだ、と今では確信している。
そんな彼らは、主犯を確保した。命令に背いたが、結果は出したのだ。
「この件をあの3人に任せてみるか。あいつらは、大きな団体の中で命令通りに動かすよりも、ある程度裁量を任せて、小回りがきくチームとして動いてもらったほうがいいかもしれん。リサは女だから期待はしないが……それでも最近、射撃の腕が上がっているのは確かだ……」
ファン隊長は、ジャン、セイヤ、リサを呼び出した。