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旧作  作者: hayashi
シーズン2 第1章「再会」
36/114

下劣な訪問者

挿絵(By みてみん)

 仕事を終え、セイヤとリサはそろって帰途についた。

 そこへ治安局から出たとたん、声をかけてきた人物がいた。

「いよ~、久しぶりだな」

「?」

 セイヤとリサは顔を見合わせた。

「覚えているか?」

 その人物はうすい笑みを顔に貼り付けながら、セイヤに視線を向けていた。ヘタった上着に襟が伸びきったシャツを着、無精髭も伸び、ずいぶん荒んだ感じの男だったが、眼光はやけに鋭かった。

「失礼ですが、どなたですか?」

「アントン・ダラーだ。今はライターをやっている。びっくりしたぜ、あの『特戦部隊のヒロイン』のことを調べていたら、その夫がセイヤ、お前だったとはな。で、せっかくなんで、お前の過去を暴く記事を書かせてもらった。昔、木刀で暴力行為を受けたことをな。ほら、傷跡も未だに残ってるぜ」

 アントンと名乗る男は前髪を上げ、おでこの古傷をセイヤに見せた。


 セイヤはすぐに思い出した。


 ――アントン・ダラー……例の木刀殴打事件の当事者、いじめっ子リーダーであり、セイヤに木刀で殴られた被害者でもあった。


「そうか……リサを尾行して、暴力事件を仕組んで記事にしたのもお前か?」

 セイヤは一歩踏み出し、アントンをにらみつけた。あの時、自分が駆けつけてなければ、おそらくリサが加害者に仕立て上げられ、世間の批判を浴びることになったかもしれない。


 だが、アントンはキョトンとした顔をしていた。

「何の話だ? オレが記事にしたのは『木刀殴打事件』だけだ」

 アントンの表情や口ぶりから、『リサを尾行しての暴力事件でっちあげ』には関わっていないようだった。


「あれだけの大怪我させて、お前は謝らなかったよな。覚えているか?」 

 アントンは話題を『木刀殴打事件』に戻した。

「ああ。オレも、お前とその仲間達とが大勢で寄ってたかって、下半身への悪戯を受けたことは忘れてない」

 セイヤの切り返しに、アントンは下卑た笑みを浮かべた。

「今は新婚ホヤホヤか。当然やりまくってるんだろうが、アソコのいたずら描きはさすがに消えているんだろ? エッチの時だって特に困らなかっただろうが」

「行こう」

 セイヤはリサの背中に手をやり、その場を立ち去ろうとした。


「おいおい、無視するなよ。ヒロインさんよ~、ダンナのエッチに満足しているかい?」

 アントンは人目も気にせず、今度はリサに大声で訊いてきた。

 リサは立ち止まり、アントンへ視線を向ける。

「相手にするな。オレたちを怒らせて、それをまたネタにして記事にするつもりだ」

 セイヤはリサの手首をつかみ、引っ張って行く。


 が、リサはセイヤの手を振り切って、アントンに向き合った。

「今度のネタは『特戦部隊ヒロイン大満足、ダンナは夜もすごい』とか? どうぞ、お好きに書いてください。善人ぶって特戦部隊やセイヤを批判する記事よりも、そっち系の記事のほうが、ずっとマシよ」

「へえ~、オレも善人ぶったヤツは大嫌いだぜ。けっこう気が合うな」

 アントンは冷めた笑いをリサに送る。


「せいぜい下劣な記事が書けるといいですね」

 精一杯の皮肉を吐き、踵を返そうとしたリサを、アントンが呼び止めた。

「そうそう、いちおうオレの名刺、渡しておこう。モンクがあるなら、ここに連絡どうぞってことで。ヒロインさん、今後もよろしく」

 そう言うとアントンは上着の内ポケットから名刺を取り出した。

 セイヤは横からその名刺を取り上げようとしたが、リサは「事実無根を書かれて実害が出た場合、訴える時に必要だから」と受け取った。


「じゃあな。夜の生活、楽しめよ、お二人さん」

「はい、そうさせていただきます。では」

 リサは手に持った名刺をヒラヒラさせて、ニッコリ笑顔で応える。もう、こういった話題はジャン先輩から散々されているので慣れっこになっていた。

「特戦部隊ヒロインのダンナは木刀並か~、せいぜい、嫁さんのアソコを木刀振るうように突いてやれよ~」

 アントンは挑発するように、リサとセイヤに言い放った。


「つくづく、下品なヤツだな」

 アントンに背を向けたセイヤはリサに「行こう」と促す。

「ほんと、ジャン先輩といい勝負ね」

 リサも頷きながら、アントンの名刺をカバンにしまう。


 が、それを聞いたセイヤは思わずリサに意見した。

「ここで、ジャン先輩を引き合いに出すのは、さすがに先輩が気の毒だぞ」

「でも、先輩のスーパーセクハラぶりも大したものよ。ま、そのおかげで、この程度のことは何とも思わなくなったけど」

「そういやあ、あれからリサもずいぶん先輩に鍛えられたよな」

「それでも、ジャン先輩の下品は笑って許せるけど、このライターの下品は虫唾が走るわね」

「下品にもいろいろと種類があるのかもしれないな」

「ジャン先輩の下品はかわいいよね」

「何だ、それ……『下品がかわいい』という感覚が分からないけど……」

「というか、ジャン先輩って『かわいい』よね」

「ええ、どこが?」

「どことなく愛嬌があるし」

「リサの『かわいい』の定義とは?」

「う~ん、感覚的なことだから、定義づけは難しいわね」

 セイヤとリサはアントンを無視し、そのまま二人だけで歩き出し『下品についての考察』を始めた。


「……おい」

 アントンは声をかけるが、セイヤとリサは二人だけの世界に入り、「なぜ、ジャン先輩の下品は許せるのか?」について議論しながら帰途についた。アントンも二人に絡むのをあきらめたのか、そのまま踵を返した。


 セイヤとリサの会話は続いた。

「先輩はあれでもオレたちの恩人だしな。だから許せるのかもな」

「あとさ、先輩の下品はカラっとしているよね。ジメジメしていないところがいいのかも」

「なるほど、ジャン先輩の下品な振る舞いはカラっとしているように感じるのか」

「そこが下品を許せるか、許せないかの境目かも」

「下品といっても、なかなか奥が深いんだな」

「たかが下品、されど下品よ」


 そんなことを話しているうちに、自宅に着いてしまった。

 が、セイヤはちょっとモンモンとしていた。アントンが夜の生活について挑発の言葉を投げかけた時にリサが答えた内容について、実はとっても気になっていたのだ。


 ……あの時、リサは『ダンナは夜もすごい』と書けばいい、と言っていたっけ……


 そう、リサは『すごい』という言葉を使ったのだ。セイヤはそこが引っかかっていた。つまり、オレは『フツ~』ではなく、ひょっとして『すごい』のか?……と。


 セイヤは思考を続けた。

 ……いや、リサはほかの男がどうなのか知らないのだから、オレがフツ~かどうかは判断できないはずだ。だから、リサの言った『すごい』は売り言葉に買い言葉だろう。

 けど、そもそも、この場合においての『フツ~』『すごい』の境目はあるのか?

 どこまでが『フツ~』で、どこからが『すごい』のか?


 大いなる疑問がセイヤの頭を支配した。このモンモンを鎮めるためにも、この点についてぜひ考察したい。


 というわけで、二人がその夜……セイヤの言う「多くの人たちがやるというきわめてフツ~な一般的かつ平均的な行い」をしたのかしなかったのか……いや、思考することが趣味と化しているセイヤのこと、ベッドの上でも『下品についての考察』『フツ~についての考察』を繰り広げていたかもしれない。結婚当初、そんなセイヤの性分に疲れていたリサも、近頃はすっかり慣れてしまい、セイヤの趣味につきあってあげている……そんな微笑ましい夜を過ごした可能性もなきにしもあらず、である。


 季節はすっかり春となっていた。

 ジャンの頭の中は年中『春』であるが、セイヤの頭の中も多少は春めいていた。ま、セイヤもフツ~の男ということなのだ。


 ちなみに、その後のアントンの記事はあまりにも下品だったため、いかに三流週刊誌と言えど採用されなかった。


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