解放
彼女の無造作に伸びている髪は、背中を完全に覆ってしまい、長くて重苦しかった。
少なくとも、彼女の兄が亡くなったときから伸びっぱなしにさせて、あまり手入れしていないように見えた。
彼女との暮らしをスタートさせた日。
「ちょっと切ったほうがいいのでは」と言ったら、「お金がもったいない。今月の家計がもたない」とイタいところをついてきた。
そんなわけでオレが彼女の髪を切ることになった。
――オレに任せてくれるということは、彼女は自分の髪にさほどこだわりがないのか――
彼女は「じゃあ適当に」と言って、「どのくらい切るのか」も聞かなかったし、「こうしてほしい」という希望も言わなかった。
女のコなのに、めずらしい。自分自身に無頓着なのか……自分を大切にしようっていう気持ちが希薄なのかもしれない。
――それはやっぱり、まだ過去を引きずっているせいなのか――
そう思ったら、彼女の伸びきった長い髪が許せなくなった。
彼女にも腹が立った。また自分を粗末にして、オレに心配かけさせ続ける気かと。
切るとしたらこのくらいが適当かなと、一度は彼女の肩下10センチあたりにハサミを持っていったけど、もっと上に移動させて彼女の髪を挟み込み、そのままハサミの刃を閉じてしまった。
長い髪がかたまりとなって床に落ち、その部分だけ彼女の白い首がのぞいた。
ハサミを入れた時、彼女の肩がビクっと動いたので、髪に無頓着だったはずの彼女もさすがに気になったようだ。ここまで短くされるとは思わなかったんだろう。
もうそのままハサミを進めるしかない。
彼女もオレに任せると言った手前、何も言わなかった。
ハサミを入れる度に長い髪が次々に落ちていき、彼女から離れていった。
彼女を縛り付けていた何かが離れていくようにも思った。だから、ハサミをどんどん進めた。
あっと言う間に彼女の髪はすべて、首筋の半分の位置に届くか届かないかの長さになった。
でも、実はそこからが大変だった。左右の長さが違ったり、妙に不揃いになってしまったりして、キレイに揃えるのに苦労してしまった。
短いほうに合わせて切っていくから、さらに短くなってしまい、キレイに揃えられたと満足したとき、彼女の髪は生え際ぎりぎり、首の付け根あたりまで短くなっていた。
こんなに短くするつもりはなかったけど、このほうがいいなと思った。
それにしても右手が異常に強張っていて、痛くなってきた。長時間、ハサミを使い続けたからかもしれない。まあ、そのうち治るだろう。
「心機一転……新しく始めような」と彼女の頭に左手を置いた。
彼女は少し笑顔を見せて頷いた。
床に落ちている長い髪が、彼女を縛っていた過去の残骸のように見えた。