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旧作  作者: hayashi
シーズン1 エピローグ
30/114

呪縛

 ――『あの人』がいなくなってから、どのくらい経つのだろう――


 私は、あの人の形見となった『指輪』を見つめた。

 大切にしまい込んでいたこの指輪を取り出すのは、もう何年ぶり……そう、指輪を見ると心がざわめき、寂しいという感情に支配されるので、自分の心の奥底に閉じ込めるかのように取り出さないようにしていた。

 なのに、なぜか今日は指輪を身につけたくなった。


 ――そうか、セイヤとリサの話を聞いたからかもしれない。あの二人は結婚したらしい。


 私はシベリカ国の小さな村で育った。あの人と一緒の時は本当に幸せだった。

 でも、やっぱり貧しい生活は大変で……この生活を何とかしたいと、あの人はトウア国へ出稼ぎに行くと言い出した。


「行かないで」とお願いしたけれど、彼は「二人の未来のために」「帰ってきたら、結婚しよう」と言って、当時、世界的にも経済大国だったトウア国へ行ってしまった。

 3年間トウア国で働けば、シベリカ国では大きな家が買える、それだけのお金が稼げると言われていた時代だ。


 ――しかし、あの人の約束が果たされることはなかった――


 数ヵ月後、トウア国という遠い地で、彼は病気になった。

 最初は、ほんのちょっとした風邪だったらしい。病院には行かなかったようだ。


 彼だけではなく、多くの外国人労働者は病気になっても、わざわざ病院に行って治療を受けることはしない。治療費にお金をかけられないし、その分、少しでもお金を貯めて、早く故郷に戻りたい……皆そう思っていただろう。


 当時のトウア国では、働きに来ていた外国人は『トウア国在住1年以上』でないと国が運営する医療保険に入れなかった。外国人は民間の保険に入るしかない。けど、民間の保険会社は貧乏な出稼ぎ労働者なんて相手にしない。こちらもそんなことにお金を使う余裕はない。


 劣悪な環境下、働きすぎで体力が消耗していたのか、彼はついに肺炎にかかってしまった。

 それでも彼は病院に行かなかったようだ。トウア国に来てまだ間もなく、貯金もできていない――保険なしの高額な治療費を払うことなど、彼にはできなかったのだ。


 そして、彼はトウアという異国の地で亡くなった。

 高度な医療技術を持つ裕福なはずのトウア国で、貧しい外国人労働者である彼は治療も受けられずに死んだ。きちんと治療を受けていれば、死なずに済んだのに。


 ――私はトウア国を憎んだ――


 もちろんトウア国にはトウア国の言い分があるだろう。

 もし、トウア国に来る外国人にがすぐに国の運営する安価な医療保険制度を適用できるようにしてしまったら――保険料をちょっと納めただけで、本来なら莫大な費用がかかる医療を安く受けることができるということになり――トウア国に旅行気分で来て治療を受けて、また帰国してしまう『治療目的の外国人』が激増する。そして、おそらくその後の保険料は納められることはない。その負担はトウア国民が負うことになり、国民の間で不満が出る。


 ――でも、トウア国が彼を殺したことに変わりはない――


 トウア国を憎むことが私の生きる糧となった。

 もちろん、トウア国を憎むのはお門違いだということは頭では分かる。けど、この憎しみは癒えようがない。


 ――この『憎しみ』という呪縛を解くには、トウア国に一矢報いるしかない――


 そういえば、リサ……あなたも肺炎になったのよね。でも、あなたは心置きなく手厚い医療を受けることできて元気になった。私の彼はそういった医療も受けられず、ボロボロの安アパートの一室で、独りで苦しみながら亡くなったというのにね……。


 ――ねえ、これって不公平だと思わない?


 当時、私が彼の死を知ったのは、彼が亡くなってから10日後だった。

 その10日前……つまり、彼が亡くなった日に、私は彼から送られてきたプレゼントを受け取っていた。


 ――それは指輪だった。


 その指輪が送られてきた日は私の誕生日だった。そして彼の命日となった。

 今の私からすれば、おもちゃのような指輪だけど――この指輪はとてもとても大切な何ものにも替えられない――私を支えてくれる唯一の心の拠り所。


 彼が亡くなった後、私はシベリカ国のために働く工作員となった。

 貧しくさえなかったら、彼は出稼ぎに行くこともなかった。

 この貧しさから抜け出すには……そう、憎いトウア国の富を奪えばいいのだ。


 彼を死に追いやったトウア国の富を奪うことが私の生きがいであり、私の全て。この復讐心が正しいのか正しくないのかは関係ない。私の心を救ってくれるのは、この復讐心だけなのだから。


 古びたアパートの窓辺からやわらかい薄日がこぼれる中、そんな私を鼓舞するかのように指輪はキラキラと輝いていた。

 海が近く、潮の臭いが入ってくる。

 砂漠が近かった内陸部にある私の故郷にはなかった臭い。

 海洋国トウアの臭いには、今も慣れることはない。

 ――その潮の臭いの中で、私はいつまでもいつまでも指輪を眺めていた――


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