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旧作  作者: hayashi
シーズン1 第5章「誓い」
25/114

隊長の思惑

 それから2週間後――いつになく治安局特戦部隊室は賑わっていた。


「よかったな~。回復して」

「おかげさまで。停職が解かれたら、またよろしくお願いします」


 すっかり元気になったリサは退院していた。今日は職場に出向き、ファン隊長や同僚の隊員らに挨拶してまわっていた。


 女のリサから一歩引いていた隊員らも、ようやくリサを仲間だと認めてくれたようだった。逃走する犯人に食らいつき、逃さなかったリサの信念が犯人逮捕につながったことは認めざるを得なかった。

 もちろん、本来ならば許されない自分勝手な行動をとったリサを快く思わない者たちもいたのだが、部隊室の空気はかなり変わっていた。


「まだ停職中ですが、寮から引っ越します」

 実は今日からセイヤと一緒に暮らす新居へ移ることになっていた。通勤に小一時間かかるものの、新居となるアパートは旧市街の小高い住宅街にあり、借りた5階の部屋の窓からは海が見える。

 婚姻届はすでに役所に出してあるので、法的にはもうリサはセイヤの妻になっていた。


 ファン隊長もご機嫌だった。リサのおかげで世間の同情を引くことができ、犯人の一人を射殺してしまったにも関わらず、世間の批判をかわせたからだ。「リサ、グッジョブ」という気分だ。


 ――心優しき世間は弱き者の味方をしがちだからな――ファンは心の中でほくそ笑む。


 実は――ファン隊長が男所帯の特戦部隊に女のリサを採用した一番の理由がこれであった。かよわき女性隊員を守るために犯人を制圧したということにすれば、わが特戦部隊への世間の風当たりを弱める効果があるのではないか、と。


 ――過剰に弱者擁護に走るトウア世論には、弱者でもって、弱者を制するのだ――


 そんなわけで以前から特戦部隊に女性を採ろうと思っていたのだが、なかなか志願者がいなかった。治安局内では特戦部隊に女を採用することについて異論もあったが、『男女平等にうるさい世論』を持ち出し、周囲を説得した。


 そうこうしているうちに、ようやく志願者が現れた。それがリサだった。


 人権派の市民団体は、犯人射殺に動く特戦部隊を『殺人部隊』と呼んで批判をしており、メディアもそれに同調しがちであった。

 だが、特戦部隊に女性隊員を入れることで、世間が持つ特戦部隊のイメージを変えることができるのではないか、物騒なイメージを払拭できるのはないか、女性隊員が怪我でもしようものなら、同情を引き、世論を味方につけられるのでは、とファンは考えていた。


 ――だから、リサが肺炎を起こし、病状が悪化したことをチャンスと捉え、そのことをマスコミにリークした。


 ファンの思惑通り、マスメディアは女のリサに同情的になり、世間の空気が変わった。リサは『犯人を命がけで捕えた正義のヒロイン』となった。


 実際はセイヤの活躍も大きかったことを報告書で知っていたファン隊長であるが、メディアが『女性隊員であるリサ』を盛んに取り上げることによって、世間が持つ特戦部隊のイメージが変わり、まさに「してやったり」の気分であった。


 ――女という弱者を使い、外国人労働者という弱者を制したのだ――


 もちろん、リサとセイヤの新人ふたりが命令に背き、組織から離れて自分勝手にスタンドプレーじみたことをやったのは褒められない。が、個人的には「新人なのによくやった」とも思っていた。


 そんなわけで先日、愛人のサギーにも、この事件で活躍したリサとセイヤのことを話題にしてしまった。


 ファンは『バカで甘えんぼのサギー』に気を許し、とてもかわいがっていた。

 サギーとは忍ぶ間柄であり、サギーとつきあっていることをセイヤとリサに知られるわけにはいかないが、この二人のことをサギーにはよく話してやっている。


 セイヤとリサは教え子だったらしく、サギーは彼らのことを気にかけていた。まだ新人隊員でしかないセイヤとリサの情報ならば、話してやっても特に問題はないだろう。


 ――今回、リサはがんばったが所詮、女だ。せいぜい特戦部隊の『かよわきマスコットガール』として、世間の特戦部隊へ向ける厳しい目を曇らせてほしい――それがファン隊長の真意だった。


 ところで――リサとセイヤがあそこまでして捕まえた主犯格の犯人は、黙秘を貫いたあげく自殺してしまったという。

 残りの立てこもり犯らは、その主犯格に誘われて事件を起こしたとのことで、主犯格の男のことはよく知らないとのことで、結局、真相は分からずじまいで終わってしまった。


 部隊室では、書類仕事で一段落がついたジャンが、セイヤに声をかけてきた。

「へえ~、リサのヤツ、ツンケンした感じがなくなったよな」

 ジャンは挨拶まわりをしているリサをチラッと見やる。

「ええ、まあ……」

 そう答えつつも、ツンケンしたままでいて、ほかの男を寄せ付けないで欲しいと思うセイヤであった。


「リサもついに人妻・新妻かあ。なんかそそられる響きだよな」

「……先輩っ」

「冗談だよ」


 が、そう言うジャンの目がいつになくイヤラしい感じがするのは気のせいだろうか……セイヤは、リサをこの『ヤロウの巣窟である特戦部隊』に置いておくのが心配になってしまった。

 せっかく結婚して安定を得たと思ったのに、結局、リサの心配をし続けることになるのか、と気をもみつつも、淡々としていると思い込んでいた自分が、実はかなり独占欲が強いことにも驚いていた。自分新発見、といったところか。


 そんなセイヤの心を知ってか知らずかジャンは耳打ちした。

「でも、リサはこの仕事、辞める気、なさそうじゃん。いいのか?」

「はあ」

 セイヤはため息をついた。減給処分が解かれるまでの半年間、セイヤの給料だけで家計を支えてほしいだなんて言えなかった。


 リサはそんなセイヤの気持ちをよそに――

「私の停職処分が解かれたら、ラクになると思うから、それまで我慢だねっ」

「私たちの処分が解かれたら、もうちょっと贅沢できるかな」

「私の給料の半分は貯金にまわせそうだね」

 ――と仕事を続ける気マンマンだった。


 ちなみに今までの二人の貯金は、今回の新居の準備にほとんど使ってしまっていた。家電製品に家具や生活用品の類を必要最低限そろえたら、あとは今月の給料日までの微々たる生活費しか残らなかった。かなり節約しないと今月はヤバイ……といった状況だ。


 減給処分が解かれるまで結婚は待つべきだったかもしれないが――

「安定が欲しい。これ以上、不安定な関係を続けたくない」

 と、その時にはまだ入院中だったリサへ婚姻届にサインさせて、さっさと役所に届けてしまった。そしてリサの希望を聞きながら、ふたりで暮らす新居も探し、即契約し、どんどん事を進めて、やっと今日という日を迎えたのだ。


 ……ま、リサがこのまま仕事を続け、自分の目が届くところにいたほうがいいかな、と思い直してもいた。リサの停職処分が解かれたら、出動の時は常にリサと組めるよう、ファン隊長にかけあってみるつもりだ。


 そのファン隊長も、今回の事件で新人であるリサをひとりで配置させたことについては、上からお叱りを受けていた。

 ただ、隊長は隊長で「ならば治安部隊にもっと予算をつけて、人員を増やしてほしい」と要望しておいたという。治安局上層部もその件については、何とかしようと動いているようだった。


 今後はもう二度とリサを一人で配置させることはないだろう。セイヤとリサの新人同士でバディを組むことは却下されるだろうが、ジャンも一緒に『3人でチームを組む』ということであれば通るとセイヤは踏んでいた。


 そもそも――なぜ、特戦部隊にとっては使いづらいだろう女のリサを採用したのか――今回のマスコミの特戦部隊に対する扱いを見て、セイヤは合点がいった。女を採用することによって、特戦部隊への世間の見方が変わることを、上は期待していたのだろう。


 今、リサはマスメディアから『特戦部隊のヒロイン』として祭り上げられている。特戦部隊のイメージは、リサのおかげでプラスに働いた。上官らの思惑通りになったのだ。

 世論の後押しがあれば、特戦部隊を含め治安局への大幅な予算増加の希望が持てる。

 特戦部隊としては、リサをここで退職させたくないはずだ。国の税金を使ってリサをここまで育ててきたとも言える。リサが辞めることは、治安局にとってマイナスだ。


 だから、この点を突いて「夫として、妻であるリサにはこの危険な仕事を辞めてもらいたいが、常に自分とリサがチームを組めるのであれば、リサが仕事を辞めないよう協力する」と取引を持ちかけるのだ。ジャン先輩からもファン隊長にかけあってもらうようにお願いしようと思っていた。


 が、またしても先輩に借りを作ることになる。もう本当に先輩には頭が上がらなくなる――と、それについてはちょっと憂鬱になるセイヤであった。


「リサが元気になって良かったな、と言いたいところだが、お前のほうはやつれ気味だな。大丈夫か?」

 ジャンは自分がセイヤを憂鬱にさせているとはツユとも思わずに心配してくれた。


「ここんとこ、ずっと忙しかったから」

 セイヤのほうはすでに新居への引越しを完了していて、今はそこから職場に通っている。


「念願叶って、今日からリサと一緒に暮らすんだろう? せいぜいリサちんの料理で精つけてもらえ」

「はい」

 セイヤの顔がちょっと緩む。やっと家族としてリサと食卓を囲むことができるのだ。そう思うと元気も出た。


「ちなみにリサって料理できるのか?」

「兄さんと二人暮らしだったとき、料理していたらしいから大丈夫だと思います」

「へえ~、オレもリサの手料理、食べてみたいな。よし、このオレ様がさっそくお前んちの晩ご飯に、今夜お呼ばれしてやろう」

 遠慮という言葉を知らないがごとく、ジャンは言ってきた。

「お断りしますっ」

 即座にセイヤは言い放つ。

「お前、オレへの借りを忘れたか?」

 ジャンに頭が上がらないとはいえ、こればかりは譲れない。

「申し訳ありませんが、今日はダメですっ、今日だけはっ」

 セイヤの必死の懇願に、ジャンはニヤリと笑う。

「あ、そうか~、今日はリサと初めての夜を迎えるんだっけ。ま、今日はやめておくか。オレもそんなに野暮じゃないからな」


 ジャンは半眼でいかにも妄想してますっというような遠い目をした。半開きの口といい、実にイヤラしい表情をしている。これほど『スケベ』という言葉が似合う男はそういない。


「……そういう下品な想像はやめてください」

「オクテもついに……そうかあ、感慨深いものがあるなあ」

「先輩……わざと、オレをからかってますね……」

「からかうくらい、いいじゃねえか。後輩に先を越され、未だに治安局内では『女の敵』扱いされているオレの気持ちがお前に分かるか?」

「いえ、あまりよく分かりません」

「……ったく、お前はほんと悪びれもせず、しれっと言うよなあ」

 頭をかきながらジャンは苦笑した。

「ま、おめでとう。減給処分が解かれたら、酒でも奢れよ……あ、トイレ」


 部屋を出ていくジャンの後姿に向かって、セイヤは深々とお辞儀をした。何やかんや言ってもジャンはやっぱり恩人だ。

 リサも「じゃあ、また」とセイヤに声をかけ、引越しの準備に行ってしまった。


 それを待っていたかのようにマッチョな同僚らがセイヤを取り囲み「結婚おめでと~」「今日は早く帰れよ」と、もみくちゃにする。頭や背中をバシバシ叩くヤツもいる。本人は軽く叩いているつもりでも、けっこう痛い。


「や、やめてください……」

 マッチョたちのちょっと嫉妬も入った攻撃を体中に浴びつつも、セイヤの顔はほころぶ。これが幸せってヤツなのか――と思った。


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