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旧作  作者: hayashi
シーズン1 第5章「誓い」
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口づけ

 ――また兄さんの夢を見た――


 セイヤに助けられたけど、私は犯人を捕まえた。

 兄さんに報告をしなきゃ……それなのに相変わらず私を置いて先に行ってしまう。

 立ち込める白い靄の中、私はずっと追いかけていた。


 少しずつ兄さんの背中が近づいてくる。

 ――あと、もうちょっと――


 でも、やっと追いつきそうになったところで、また誰かに手首をつかまれた。


 振り向くと……やっぱりセイヤだ。いつも私の邪魔をするんだから。でも……何だか怒っているみたい?


 ――そういえば、私ったらセイヤにまだ借りを返していない――


 そう思ったところでリサは目が覚めた。

 夢か……と、ふと横を見たら、幽霊のようなあまり生気がなさそうなセイヤがいた。


「気づいたか」

 セイヤから声をかけられても、夢の続きを見ているかのようにリサは、暫くぼんやりしていた。が、ようやく目の焦点が合った。幽霊のようなセイヤは本物だった。

「まだ、いたの?……って今、何時? というか何日?」


 それには答えず、セイヤはリサのおでこに手をのっけてきた。

「昨日でもう峠は越えたらしい。気分はどうだ?」


「息苦しさはなくなってきた気がする……」

 けど、まだ体はだるかった。頭も重い。


「じゃあ、もう仕事に行かなくちゃ」

 セイヤは猫背気味にのろのろ立ち上がる。


「……あ、その……行ってらっしゃい」

 筋肉に力が入らず起き上がることができないリサは寝たまま、セイヤを目で追った。


「今日は遅番だから、仕事終わってからだと面会時間に間に合わないかもしれないけど……何とか許可もらうようにしてみる……」

 セイヤの声に張りはなく、疲れがにじみ出ていた。


「ううん、私はもう大丈夫だから……そんな無理しないでいいよ」

 リサとしてはセイヤを気遣ったつもりだったが――

「じゃあ、これ以上、心配かけさせるなよ」

 ムスッとした表情でセイヤはため息まじりに吐く。


「……ごめん」

 とりあえずリサは謝ったものの、何だかご機嫌ななめだなあ、とセイヤをしげしげと見つめてしまった。

「今日はもうこっちに来なくていいから、寮でゆっくり休んだほうがいいよ」


「リサが心配かけるから、ゆっくり休めない」

「だから私はもう大丈夫だって」

「リサの『大丈夫』は当てにならない」


 ああ言えば、こう言う……。リサは今のセイヤが駄々っ子に見えてしまった。どっちかというと、今までは自分のほうがつっかかってしまうことが多かったけど、セイヤもそういうところがあるんだな、と意外な一面を見た気がした。


「これからは、あんまりケンカしないようにしたいね……」

 自戒も込めて、リサはつぶやく。


「ん……まあな」

 ちょっとイラついていたかな、とセイヤも反省した。リサが峠を越えたということでホッとし、その分ムラムラと怒りが涌いてしまった。一体、どれくらい心配かければ気が済むんだ、いい加減にしろ、と堪忍袋の緒が切れかかっていたのだ。


 が、この時、セイヤはリサに対して素直な感情をぶつけてしまったことに、ふと気づく。

 ――自分の心に『遠慮という壁』がなくなっている――


 ついでに時間もなくなっていることにも気づいた。

「いけね……じゃ、行ってくる」

 セイヤは部屋の出口に向かいかける。

 が、何を思ったのか踵を返す。

「ん?」

 リサは寝たままセイヤを見やる。

 するとセイヤはそのまま覆いかぶさり、唇を合わせてきた。

「……」

 でも、それはほんの一瞬のことで、すぐにリサから離れると、そそくさと部屋を出て行ってしまった。


 リサはポカンとして、その姿を見送り――その後、掛け布団の中に顔を突っ込み、一人でもうれつに照れまくった。

 そんなリサを見守るように、テレビ台には『碧いお守り』が置かれていた。


  ・・・


 ――ついに先輩の教えの通り、寝ている彼女の唇を奪ってしまった――


 職場に向かうセイヤは高揚していた。まだ心臓がドキドキしている。

 いや、ただ唇を軽く合わせただけだから『奪う』という表現はちょっと違うかもしれない、と細かいことを気にしつつ、なぜあんな衝動的なことをしたんだろう、と自分でも不思議な気分だった。


 リサに対する『遠慮という壁』がなくなってしまったせいなのか――セイヤは自分がちょっと変わったことを感じた。

 冬空は青く晴れ渡り、火照った心に触れていく冷たい空気が気持ちよかった。


 しかしその数日後。

 セイヤも熱を出し、どうにもこうにも体がいうことを利いてくれず、寝込むはめになった。


 その頃には、リサはだいぶ元気になっていたので、もう心配はなかったが、まさか自分が病気になってしまうとは――ひょっとしたら、あの時のリサとの『口づけ』がいけなかったかもしれない、迂闊だった、と反省した。


 考えてみれば、リサもあの時は体力が相当弱っていたのだから、口づけによってセイヤから何かしらの菌がリサに移り、ますますリサを弱らせてしまう可能性もあったのだ。健康なセイヤには何でもない菌も、体が弱っていたリサには危険だったかもしれない。


 が、幸いにしてそのようなことはなく、セイヤのほうがリサから移されてしまったようである。もちろん、リサのように生死を彷徨うほど重篤にはならなかったのだが――そもそもジャン先輩の言うことを聞くと、碌なことにならないのがよく分かった。


「オレ、何をやっているんだか……」

 けど、そんなに悪くない気分だった。自分がちょっと病気になっただけだし、たまにはこんな失敗もいいかもしれない、と。


 寮のベッドの上で、あの口づけシーンを何度も頭の中でリプレイして、セイヤは顔を緩ませていた。熱は当分、下がらないかもしれない……。

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