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旧作  作者: hayashi
シーズン1 第4章「借り」
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一番欲しいもの

 トウア国立中央総合病院にリサは入院していた。


 病院の中層階の窓からは遠くに海が見える。山々に囲まれるより、空の青を映す海の近くの方が落ち着く――そんなリサの部屋は最上階の9階にある、公務で負傷した者が入る公務員専用個室だ。

 入院費や治療費、それに関連する全ての経費は国が負担してくれるので、この点は安心である。


「気分はどうだ?」

 非番の日、リサを見舞いに来たセイヤはベッドの傍らにあるイスに腰掛けた。


「怪我はだいぶ良くなったけど、熱があって……退院はもうちょっと先になりそう……」

 そう言いながらリサはベッドから起き上がろうとした。


「寝たままでいいよ」

 手で制しながらセイヤは「ベッドに寝ている彼女の唇を奪え」というジャンの教えを思い出していた。

「やっぱ、オレにはできないよな……」


「え?」

「いや、何でもない」

 セイヤは首を振りながら、慌ててリサから視線を逸らす。


 一瞬の静寂のあと、リサは目を落とし、つぶやいた。

「あなたには……ほんと大きな借りができちゃったね」

「まあな」

 そりゃあ命がけだったし、命令違反で減給処分食らったし、ジャン先輩まで巻き込んじゃったし……と正直思う。


「ありがとう」

「ああ」


 ま、リサが無事に戻ってきたから良しとするか――そんな気分だった。何よりもリサとの距離が縮んだことが嬉しかった。


「お守りも……ありがとう」

 リサはテレビ台に置いてあるお守りに目をやった。

 セイヤもつられて、視線を移す。


「色がきれいだね」

「たしかに」

「え? きれいだから、これにしたんじゃ?」

「理由は特にないけど」


 セイヤにしてみれば発信機が仕掛けられれば、それでよかったのだ。その入れ物はどうでもよく、ロケットペンダントの中から手頃なものを選んだだけのことだ。けど青は好きな色だ。だから何となく目に留まったというのもあるかもしれない。


「ねえ、セイヤの好きなものって何?」

 リサは話題を変えた。


「え? いきなり何?」

 怪訝な顔をするセイヤに――そういえば、私ったらセイヤのこと何も知らない――リサはふと眉をひそめ、セイヤからちょっと目を逸らして言った。

「何かお返ししたいから……」


「別にモノはいらない」

 セイヤはそっけなく答える。これといった趣味もない。セイヤの欲しいものは買うことができない別のものだ。


「それじゃ借りを返せないじゃない。そりゃあ、今回の借りは大きいから、簡単に済ませようとは思ってないけど……」

 そんなリサの言葉を聞き――

「借りを返してくれるのか? かなり大きな要求になるけど」

 セイヤは思わず言ってしまった。もちろん冗談めかしたつもりだったが、真面目な響きになってしまったようだ。


「え……」

 さすがにリサも、セイヤからそんな反応が返ってくるとは思わなかったのか、表情が固まっていた。


 セイヤは苦笑する。

「別にいいよ、もう……」

「そんな言われ方したら気になるでしょ。セイヤの要求って何?」

 リサはいつの間にか上半身を起こしていた。


 なので、セイヤは思い切って言ってみた。

「オレが欲しいのは家族なんだ」

「……」

 リサはまた固まった。


 ちょっと気まずくなったセイヤは「じゃ、そういうことだから」と立ち上がり、あたふたと部屋を出て行こうと踵を返す。

 でも後ろからリサの声が追いかけてきた。

「それは私に家族になってほしいということ?」

「そういうことになるかな」

 セイヤは立ち止まり、リサを見ずに横を向いたまま、ボソッと遠慮気に答える。


 さらにリサはしどろもどろになりながらも問いを重ねた。

「それは……その……結婚という方法をとることに……なるのかな?」

「それしかないだろ」

「……うん」

「…………」

「…………」

 しばしの無言状態が続いたあと、意を決したようにセイヤはまっすぐリサに向き合う。

「で?」

「え?」

「借りを返してくれるのか?」


   ・・・


「……ということで、リサと結婚することになりました」


 やはりここはジャン先輩に一番にお知らせするべきだろう。先輩は「よくやった」と喜んでくれるに違いない。彼女の唇は奪えなかったが、心は奪えたのではないだろうか。というか結婚するんだから、唇どころかそれ以上のものをいただけることになってしまったと――翌日、出勤したセイヤはさっそくジャンに経過報告をした。ほころびそうになる顔を一生懸命、立て直す。


 なのにジャンは思いっきりセイヤの胸ぐらをつかんできた。

「先輩?」

「オクテのくせに、オクテにくせに……何でオレより先にいきなり結婚なんだ?」

 目を三角にして、セイヤをさらに締め上げる。


「え、リサと一緒になれるよう応援してくれていたんじゃ?」

「結婚しろとまでは言ってない」

「え……」

「いきなり結婚にいっちまうとは……オクテって恐ろしいな」

 ジャンはセイヤを離し、顔を左右に振った。

「そうですかね……ま、オレは恋人ではなく、家族が欲しかったんで……」


 そりゃあ先輩から見たら、いきなり結婚のように思えるかもしれないけど、リサと知り合ってから2年半以上経つ。途中、避けられたこともあるけど、長い間、友人としてつきあってきたんだ――とセイヤは心の中で説明をしてみる。


「お前って重い男だったんだな」

「軽い男よりマシなんじゃないですかね」

 セイヤは皮肉を込めてジャンに言ったが、ジャンは自分が『軽い男』とはツユほども思っていないらしい。ま、ジャンは惚れた女に対しては意外と真面目かもしれないが。


「フン、結婚式には当然このオレ様を呼ぶんだろうが、ご祝儀は出さねえからな。お前に協力したせいで、給料も減らされちまっているし」

「いえ、式はしません」

「え、どうして?」

 不遜な態度を崩し、ジャンは意外そうにセイヤを見やる。


「オレも減給されるし、リサは2ヶ月停職でその間は基本的には無給だし、もしかしたらそのまま退職になるかもしれないし……オレとしては、リサにはこんな危険な仕事、辞めてもらいたいのが本音だし……寮を出て、ふたりで部屋を借りて生活することになるから、お金もいるし……もしリサが仕事をやめれば、半年間はオレの減額された給料のみでやっていかないといけないし……できるだけ今から節約しないとやっていけないんで」


 要するに金がない。その一言に尽きるが、セイヤもリサもあまり目立ちたくない思いもあった。今回のことで懲戒処分を受けた二人は、悪い意味で治安局内の有名人になっていた。


「そうか……何だか大変そうだな。新婚早々、ケチ生活を強いられるリサもよく結婚OKしたよな。つうか、減給処分が解かれてから結婚すりゃいいのに」


「半年も待つのはイヤです。さっさと落ち着きたいんです」

 そう答えたものの――しぼんだ声でセイヤはこう続けた。

「でも、リサに悪かったかなあ。それに『借りを返せ』なんて野暮なプロポーズになっちゃったし、式もしないことになったし……」


 やれやれとばかりにジャンは苦笑する。

「それでもお前は早く一緒になりたかったんだろ」

「はい」

「じゃあ、悪いなんて思わず、さっさとモノにして手放すな。リサはお前にとって本当に欲しかった女だろ」

「はい……」


 先輩が言うと、ちょっと違う意味になる気がするよなあ、と思いながらもセイヤは肯定しておいた。何やかんや言ってもジャンにはやっぱり頭が上がらない。先輩の協力がなかったら、リサを助けることができなかったかもしれない。


 そんなセイヤをよそに、ジャンは目をちょっと遠くに移しながら言った。

「お前って不思議なヤツだな。用心深くて慎重なヤツかと思えば、銃に手をかけて懲戒免職や実刑食らう覚悟で女を救いに行こうとする大胆なところもあるし……淡々として冷めたヤツだと思ってたけど、意外と激しく熱いヤツでもあるようだし……」


「あの時は、本当にすみませんでした」

 セイヤは頭を下げるしかなかった。あの時、もしジャンに力ずくで止められたら、本当に銃を使うつもりだった。そして発電所職員にも銃で脅して、防寒着とスノーモビルを借りようと考えていた。完全に懲戒免職&実刑ものだ。


 そんなセイヤをチラッと見やりながら、ジャンは独り言のようにつぶやいた。

「お前は本当に欲しいものや守りたいもののためなら、ほかはスッパリ捨てられるんだな。その代わり、守りたいものは絶対に守るし、欲しいものも手に入れる……それって案外、悪くない生き方かもな」


   ・・・


 雲間からのぞく夕陽に照らされ、黄昏色に覆われたトウア国立中央総合病院。

 ――入院部屋のベッドの上で、リサはぼんやりと時を過ごしていた。刻一刻と空の色彩が変わっていく。


「もう夕方か」

 平野部も冬が訪れ、日はだいぶ短くなり、窓から淡いオレンジ色の光が差し込んでいた。


 ――犯人を捕まえた――

 憑き物が落ちたように、リサの心は穏やかだった。

 やっと自分を許すことができそうだった。だから、セイヤのぶっきらぼうなプロポーズをつい受けてしまった。


 ――もう何も思い残すことはない――

 夕焼けとなった空は赤に染まり、消え行く空の儚い光が、この世のものとは思えないほど美しく感じた。


 リサは満ち足りた気分で眠りにつく

 ――今度こそ、兄さんに追いついた夢を見られる――


 空が抱いていた赤が闇へと変わり、その夜、リサは高熱を出し意識を失くした。


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