懲戒処分
発電所立てこもり事件はとりあえずの解決を見せた。
主犯格の犯人を捕まえたとはいえ、上官の指示を仰がず、命令に背いたとしてリサは2ヶ月の休職扱い、その後4ヶ月間は30パーセント減給となった。停職中の間は基本的に無給、生活最低保障費は支給されるが、処分が解かれた後、給与から少しずつ天引きされ、清算されることになる。
セイヤは半年間の給与30パーセント減額、セイヤに協力したジャンは半年間10パーセント減額という処分になった。
主犯格を捕まえたにしては厳しい処分だが、自分勝手な行動と命令無視を重く見た。救助隊を動かすはめになったことも大きかった。
ジャンはセイヤに女性問題をネタに脅され、仕方なく協力したということで情状酌量されたのだが、その詳しい内容についてはセイヤもジャンも何も語らなかった。そこまで口裏を合わせていなかったからだ。
治安局も暇ではないので、ジャンの女性問題の内容については追及しなかった。ファン隊長も「ジャン……女はほどほどにしておけよ」と諭すにとどめた。
しかし、こういう話題は人の関心をくすぐるもので、ジャンの女性問題についてあることないことがウワサされ、治安局特戦部隊の面々に楽しいネタを提供していた。
セイヤも同僚たちからいろいろと訊かれたが、口をつぐむしかなかった。それが余計に同僚たちの妄想を激しくさせ「ジャンは、口にできないような何かとんでもない女性問題を抱えているらしい」ということになっていった。
「セイヤ……この借りは本当に大きいからな」
ジャンはセイヤの顔を見る度につぶやく。しつこくしつこく、つぶやく。
「す、すみません」
その度にセイヤは謝っていた。
「まるで、このオレが女の敵のように思われているぞ」
「本当にすみません」
もう平謝りするしかなかった。
「ああ~、誰かカワイイ子いないのか~って、オクテのお前じゃこのオレ様に紹介できるようなコはいないか~」
ジャンにそう言われて、ふとルイの顔が思い浮かんだセイヤだが「いや、ルイがかわいそうだ」と頭を振った。
「ん、何?」
「いえ、オクテで申し訳ありません」
「ま、リサと進展するといいな。命がけで助けたんだから、自信もってアタックしてこい」
「はあ」
「そういえばリサはまだ入院しているのか」
「はい」
「これはチャンスだ。体が弱っている時こそ狙い目だぞ。このジャンが保証してやろう」
「はあ」
「ベッドに寝ている彼女の唇を奪って来い」
「……そんなことしていいんでしょうか」
「いいに決まっているだろ」
「……女の敵……あながち間違ってないかもしれませんね……」
ジャンから視線を外し、セイヤはボソッとつぶやいた。
「ん、何か言ったか?」
「いえ」
「ところで」
ジャンは急に真面目な表情になった。
顔が引き締まると先輩は意外といい男に見える時もあるのに惜しいよな……とセイヤは思っていた。
そんなセイヤをよそにジャンは話を続けた。
「主犯、黙秘を貫いているんだってな。それにダムの工事に関わった労働者ではないらしいし……一体、何が目的だったんだろうな。射撃の腕だって、ありゃあ素人じゃないぜ」
あのリーダー格の犯人が今回の事件の主犯であることは間違いなかった。しかし、それ以外のことはまだ何も解明されていない。ちなみに顔に傷はなく、リサの兄を殺害した銀行強盗犯ではない、ということであった。
世間では、今回の事件で治安部隊がとった行動について、さっそく話題が沸騰していた。
結局、銃撃戦となり外国人労働者2名が重傷、1名が死亡したことを重く受け止め、「治安部隊は早まったのではないか」という批判が出始めたようだ。「治安部隊が立場の弱い外国人労働者を攻撃した」という弱者擁護に動く世論の空気が根底にあった。
ただ、治安部隊の女性隊員も怪我を負ったことから、今回は少し世論の空気が違った。
だが外国人労働者を安く使い、彼らが納得するような報酬が支払われなかったから今回のような事件が起きたとして、外国人労働者の権利を守る法整備が訴えられた。
そして、トウア国民と同じ権利を『トウアに在住する外国人』にも与えるべきだとの声が高まった。
――セイヤは思う。
たしかに外国人の人権を守ることは大事なことだ。移民を受け入れているのも、外国人にトウア国民が嫌がる仕事を肩代わりさせるためだ。
しかし、ジハーナ国の場合――外国人にも国民と全く同じ権利を与え、政治にも関与させたことから、諸外国の内政干渉を許すようになり――それが引き金となって、国家主権が脅かされるようになっていった。
そのことを思えば、外国人の権利をどこで線引きするか難しい問題になる。
もちろん、ジハーナ国が消滅に至った理由はそれだけではない。
一部の市民が国家不要論を唱え始めたことも大きかった。『国境なんていらない』『世界はひとつ』ということでマスメディアも同調し、ジハーナ人自身が国家主権をないがしろにするようになってしまった。
各地方では、地方主権を謳って国からの独立運動が起こった。
外国人らを中心に暴動も頻発するようになり、軍を持たず不戦を掲げるジハーナ政府は、それを抑えることができなかった。
警察も無力だった。そこにつけ込むかのように「平和と治安を回復させる」という名目でシベリカ国を中心とした諸外国が組み、ジハーナ国に介入した。
結局ジハーナは、国としての統治能力がないということで解体され、各諸外国に併合されていった。ジハーナが掲げていた理想は、諸外国の餌食になっただけだった。
ジハーナ国は外国からの武力による侵略ではなく、内部から崩壊し、諸外国につけ入る隙を与えてしまった。
――これが現実をあまり見ることなく理想を追い求めすぎた国の結末なのだ――
そんなふうに考えるセイヤは、自分自身はかなりの現実主義者なのが皮肉に思える。いや、理想と共に消滅したジハーナ国を思うからこそ、自分は現実主義者になってしまったのかもしれない。
当時、たまたまトウア国に出稼ぎにきていたジハーナ人たちは、帰る祖国を失ったということでトウア国に帰化した。
その孫の代にあたるセイヤは生まれた時からトウア国民だ。それでも祖父や両親の祖国であったジハーナ国のことを知りたいと思い、今までも調べてたりしていた。
小さい頃に祖父から聞いた話では、ジハーナ人とトウア人は同じ海洋民族ということで気質が似ており、馴染むことができたという。
ただ、自分たちはたまたまトウア国という人権に篤く民族差別をしない成熟した国の民になれたからいいようなものの、シべリカ国など他国の民となったジハーナ人は差別されている、と亡くなった両親もよく話していた。
今現在のトウア国は人口減少と治安悪化によって経済が弱り、そのため軍備も縮小され、外交では諸外国に何かと譲ることが多くなってきたようだ。
セイヤは、そんなトウア国の行く末を何となく不安に感じていた。それはまだ形を持たない漠然としたものだったが、心の奥に巣くい、ふるい落とすことができなかった。