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旧作  作者: hayashi
シーズン1 第3章「出動」
18/114

夢の続き

――セイヤの乗ったスノーモビルのライトが、犯人とリサの姿を捉えた――

 眩しさのあまり、犯人は思わず目をしかめていた。

 スノーモビルが放つライトが犯人の視覚を奪ったその隙に、セイヤはスノーモビルから飛び降り、銃を構えようとした。


 だが、犯人はリサの首を腕で絞めつけて、セイヤを牽制する。

 セイヤはリサを盾にされ、犯人を撃てない。それでも犯人との間合いを徐々に詰めていく。


 リサはかすんだ視界の中に、スノーモビルのライトを背に誰かが銃を構える姿を捉えた。フルフェイスのメットを被っているし、逆光でよく見えなかった。が「放せ」という声を聞き、セイヤだと分かった。


 ――え、なぜセイヤがここに? それも一人だけで?


「その銃をこちらに放れ。さもなければ、この女の首の骨を折る」

 犯人の腕がさらにリサの首を締め上げた。

「うぐ」

 気を失いそうになりながらもリサは犯人の腕を離そうとする。が、ビクともしない。


 ――でも、やっと聞けた犯人の声……兄さんを殺した犯人の声に似ている――

 リサのぼんやりしていた意識が覚醒した。

「……!」

 前方には、銃を放ったセイヤが見えた。


 ――私はまたセイヤに迷惑をかけている……危険にさらしている――

 ――兄さんと同じようにセイヤを死なせてしまうかも――


 そう思ったとたん、負傷していた腕の痛みが消えた。そして、いつか格闘術の稽古で言っていたセイヤの言葉を思い出す――『もっと相手の力を利用しろよ』


 リサは後ろへ体重をかけた。犯人は倒れないように、とっさに前へ重心をかける。その瞬間を狙ってリサは、犯人を背負う形で前方に重心をかけ、膝を曲げ、地につけた。


 リサの首に犯人の腕が強く食い込む。

 ――首の骨が折れてもかまわない。私の命はどうでもいい。犯人を転倒させる――

 全身をバネに、渾身の力を振り絞り、リサは前方へ犯人を投げ飛ばす。負傷した腕の傷口がさらに開いたような気がした。

 リサの意識が再び遠のく。


 犯人がリサの上に覆いかぶさるように転がった。その衝撃で、地に積もっていた雪が空中に散る。

 セイヤがすかさず犯人に飛びかかった。転んだ犯人の顎を狙って蹴り上げ、脳を揺する。

 上体を起こしたまま、犯人の動きが止まった。脳震盪を起こしたのだろう。


 セイヤはさらに犯人の胸を押し込むように強く蹴る。

 犯人は仰向けになって勢いよく倒れた。

 その犯人の右腕を、セイヤ足を掛けながら抱えて思いっきりひねる。腱がちぎれる音。

 犯人が大きく暴れる。左手が空を舞い、セイヤをつかもうとする。セイヤはそれを避けながら、さらに体重をかけ、徹底的に痛めつける。

 右手はもう使い物にならない――セイヤは一旦、犯人を離す。今度は左手の自由を奪うために。


 しかしその間に、犯人は勢いよく起き上がり、左手の拳をセイヤに突き出す。

 が、すでにセイヤは見切っていた。その犯人の左拳を弾く。

 と、その時、犯人の右足の蹴りがセイヤを襲った。

 左の拳はフェイクか――セイヤはとっさに犯人の蹴りと同じ方向へ体を流し、威力を削ぐ。そして体に当たった犯人の右足を腕で抱えて、ひねりながら犯人と一緒に雪原へ倒れ込んだ。

「うっ」

 犯人が呻く。

 確かな手ごたえがあった。これで犯人は足技を使えない。


 セイヤは犯人を倒したまま、今度は犯人の左腕に足を掛けてひねる。右手と同じように腱を切り、最後に左手首を折ってやった。


 その時、雪原でうつ伏せになって倒れているリサの姿が目に入る。さらなる怒りに支配されたセイヤは、さっき自分が放った銃を拾う。


 両手と右足の自由を奪われ、激痛に苦しんでいる犯人は起き上がることもままならない。

 セイヤは犯人の眉間に狙いを定めた。

 過剰防衛になる――そう思っても、怒りがなかなかおさまらない。


 犯人はうすく目を開けた。雪の上に仰向けになったまま、再び、目をつぶる。犯人にはもう闘う意思は見られない。

 セイヤは銃を構えたまま、動かなかった。


 吹きつける風と雪がセイヤの怒りを覚ましていく。

 事件解明のためには犯人の射殺ではなく確保が望ましい――そう思うことで撃つのをやめることができた。


 冷静さを取り戻したセイヤは犯人をうつぶせにし、後ろ手に手錠をかける。

 ――犯人、確保――


 その傍らで、意識を失って倒れているリサの腕からは大量の血が流れ続けていた。

 凍る暗闇の世界は容赦なくリサから体温を奪っていく。


 ・・・


 周囲は靄がかかったように真っ白だった。

 心細さを押し殺して歩いていくと、遠くに一筋の光が差し込んでいて、そこには兄さんと父さん、母さんが楽しそうにテーブルを囲みながら、食事をしていた。心の底からホッとした。


 ――何だ、皆いるんじゃないの。私もお腹、空いちゃった――

 ――私の席はそこね――


 空いている席に行こうとした時、誰かが手首をつかんだ。

 つかまれた手をふりほどこうとしたけど、ビクともしない。


 ――行かせて――

 叫んだつもりだけど声にならなかった。


 それでも、もがき続けていたら、いつの間にか……兄さんも父さんも母さんも消えてしまった――


 意識を取り戻したリサの目の前には、暗闇の雪原が広がっていた。

 しかし、向こうの空の色がほんのり明るい。山々の稜線の輪郭が見える。風と雪は止んでいた。


 体がだるい。でも、さっきまでの凍えるような寒さがウソのように暖かかった。

 リサの体には防寒着がかけられ、その上を後ろから抱きとめていることに気づいた。負傷した腕は何かの布でキツく縛られているようだった。


 スノーモビルの支柱にそれぞれ片手ずつ2つの手錠でつながれて万歳をさせられている犯人の姿も確認できた。犯人は全く動かず、うつむいていて顔が見えず、意識があるのかないのかも分からなかった。


「気がついたか」

 後ろからセイヤの声が聞こえた。まだ頭がぼんやりしていたが、さっきまでの犯人との格闘をリサは思い出した。

「もうすぐ救助隊がくる。それまでガンバレ」

 セイヤはリサを抱え込んでいる腕を少しだけ緩める。

「逝かせてくれなかったんだ……」

 リサはボソッとつぶやいた。

「え?」

「せっかく、兄さんや父さん母さんがいたのに……一緒に食事したかったな」

「……」

 黙り込んだセイヤに、リサは話し続けた。

「また迷惑かけちゃったね……ゴメン」

「まったくだ」

 セイヤはつい本音を言ってしまった。本当にこんなことは二度とゴメンだ。もう無茶をしないでほしい……。

 リサはチラッと犯人の方へ顔を向ける。

「犯人、捕まえたんだね」

「二人で捕まえたんだ」

「うん……」


 それから、しばらく沈黙状態が続いた。

 静寂の空に薄明が射し、闇から紺青色に変化していく。昨晩の風が雲を吹き飛ばしたのか、晴天の様相を見せていた。


 その時、ふと気になったことがあってリサは再び口を開く。

「何で私の場所が分かったの?」

「……すまない」

 今度はセイヤが謝った。

「どうして謝るの?」

「発信機をつけた」

「どこに?」

「お守りに」

「あ……」


 今でも碧いお守りはリサの胸にあった。あれは単なる神頼みじゃなかったのか……現実的なセイヤらしい。そう思ったら、リサはなぜだか笑いがこみ上げてきた。犯人を目の前にしたら鉄砲玉のように飛んでいくリサのことを、セイヤは見越していたのだろう。


「怒らないのか?」

「私が無茶をするって思っていたんだ」

「まあな」

「かなわないな」

 リサは苦笑した。

 山々の稜線が黄金色に縁どられ、朝日が顔を出し、オレンジ色の光がふたりをやさしく照らす。


 その後、救助隊が来るまでリサは再びうつらうつらし始めた。失った家族との夢の続きを見たかったが、もう続きを見ることができなかった。

 紅と黄が混ざり合った朝焼けが闇を追い払い、空は徐々に青を取り戻していった。


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