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旧作  作者: hayashi
シーズン1 第3章「出動」
17/114

追跡

 雪は上や横からだけではなく、下からも吹き上がるように激しく舞っていた。悲鳴のような風音が耳に響く。


 犯人は後ろに乗り込んだリサを振り落とそうとスピードを上げ、左右に激しく振りながらスノーモビルを疾走させている。


 リサは振り落とされまいと必死でうしろの取っ手にしがみついていた。

 吹雪が刺すように攻めてくる。

 防寒装備なしに悪天候の冬の高山地帯を疾走するスノーモビルに乗り込んでしまったリサから急激に体温が奪われていく。


 しかし、それは犯人も同じはずだ。いや、窒息しそうな風圧を直に受けている犯人のほうがずっとキツイだろう。そのうち、スノーモビルの運転ができなくなる――リサは機会をうかがっていた。寒さが痛さに変わり、気が遠くなりそうだったが、犯人を逃さないという執念で気を保ち続けた。


 やがて、犯人も集中力が保てなくなったのか、ついにスノーモビルの運転を誤り、横転させてしまった。


 リサも振り落とされ、荒涼とした雪原に投げ出される。

 気を失いかけたが、犯人逮捕の執念がリサを支えた。投げ出された時、深く積もった雪がクッションとなったが、それでも打ち身で体中が痛かった。

 何とか体勢を整え、身を低くして銃を取り出し、視界が悪い暗闇の中、犯人の姿を捉えようとした。手がかじかんで、装弾に時間がかかる。肩も傷めていた。上手く銃を扱えないかも、と不安がよぎる。


 ――犯人はどこに?

 狂ったように吹きつける風は、犯人の気配を消し去る。


 寒さで麻痺し感覚が奪われた雪原の中、リサは慎重に移動し、横転しているスノーモビルの位置を確認した。ところどころにポツンと立っている外灯の、ぼんやりとした心許ない明かりだけが頼りだ。

 スノーモビルはライトもエンジン音も消え、死んだように転がっていた。


 身を切るような寒さが体を侵食してくる。

 犯人はスノーモビルの近くにいるのか、気を失っているのか、怪我をしているのか、それとも怪我もなく、どこかに潜んでいるのか――全く分からなかった。

 リサは虚空をにらむ。風の音だけが不気味に耳に響いた。


   ・・・


 セイヤは気が急きつつも、慎重にスノーモビルを操っていた。リサの位置を示す受信タブレットパネルは、ハンドルとフロントスクリーンの間に何とかはめ込み、固定させ取り付けている。


 吹き付けてくる風は弱まることなく、敵意を含んだかのように雪と共に襲ってくる。


 が、この状況は犯人にとっても同じだ。この猛吹雪の中、完全な防寒装備もなしにスノーモビルを長時間、操縦するのは難しいだろう。必ず犯人はどこかで操縦を誤るか、操縦不能に陥るはずだ。


 相変わらず暴風と雪の総攻撃は続いていた。

 そのうち、リサの移動が止まったことに気づいた。何かあったのかと一瞬、心臓が跳ね上がる。犯人が操縦を誤って走行不能となったか、あるいは、リサがスノーモビルから落ちたのかもしれない。


 リサが止まってくれれば、それだけリサとの距離が縮まる。不安に苛まれながらもザワザワとした気持ちを落ち着かせ、集中力を保ち、ひたすらスノーモビルを走らせる。


 必ずリサを見つけ、連れて還る――ただそれだけを思った。


   ・・・


 雪原に投げ出されて、どのくらい時間が経っただろうか。思考を奪おうとする寒さは時間の感覚を奪う。押し寄せてくる極寒に頭がボーっとしてくる中、気力を振り絞り、リサは懸命に犯人の気配を感じ取ろうとした。


 ポツンポツンと電灯が立っているとはいえ頼りない光であり、そこから離れた場所は暗闇に覆われて何も見えない。風音だけ凄まじい、色のない世界。


 ようやく視界が慣れてきた頃、横転しているスノーモビルのほうへ慎重に歩む。吹き荒れる風の音よりも自分が踏みしめる雪の圧縮音のほうが目立つ気がした。


 ――犯人が気を失わずに、私の気配を探っていたとしても、私が犯人の気配を感じ取れないように、あっちも私の気配を感じ取れないはず――


 リサは銃を握り締めた。どっちが風下風上にいるかで違ってくるかもしれない。より早く相手の気配を感じ取り、相手の位置をつかむことができるかが勝負の鍵を握る。


 リサは風下からスノーモビルに近寄っていく。行く手を遮るかのように風圧がかかる。犯人が気を失い、あるいは怪我を負って動けずにいてくれることを祈った。


 スノーモビルはもうすぐそこまでだった。

 悲鳴のような風の音と共に、雪を踏みしめ歩く音がリサの耳元を過ぎる。


 ついにリサは横転したスノーモビルまで来た。

 ――犯人は?


 その時、気配を感じた気がした。 

 パン――

 吹雪を切り裂くように銃声が風に乗って響く。


   ・・・


 降りしきる雪が弾丸のように正面からぶつかってくる。

 セイヤは感覚を研ぎ澄ましながら、スノーモビルを走らせる。防寒してきたとはいえ、やはり刺すような寒さが身に堪えた。

 しかし、リサのほうはこうした防寒装備することなく、そのまま犯人のスノーモビルに乗り込んでいったのだ。もしスノーモビルから転げ落ちて、雪原に投げ出されたまま気を失っていたとしたら、低体温症に陥り、死に直結する。


 リサの発信機に動きはない。早く見つけ出さなければと思った時、銃声を聞いた気がした。


   ・・・


 腕が熱い……腕を撃たれた――リサは雪の上で倒れていた。

 焼けつくような痛さが襲う。一瞬、視界が暗転する。

 吹き荒む風の唸り声と共に、雪を踏みしめ犯人が近づいてくる音が聞こえてくる。気を失うまいとリサは必至で耐える。


 ついに犯人はリサのところまでやってきた。再び、倒れているリサに銃口を向ける。手がかじかんでいるため狙いが外れると思ったのか、犯人はリサの胴体へ向けて、至近距離で撃とうとしていた。


 犯人は、リサが防弾ベストを身に着けていることを知っている。殺す気はないようだが、撃たれれば衝撃は免れず、失神してしまうだろう。肋骨も折れるかもしれない。


 ――ここでやられるわけにはいかない――

 とっさにリサは、拳銃を持つ犯人の手首を蹴り上げる。

 それと同時に銃声が響いたが、銃弾はリサを逸れた。


 犯人は拳銃を取り落とす。

 外灯のぼやけた明かりを頼りに、リサは拳銃が落ちる先を見つめた。


   ・・・


 絶叫する風から、今度は確実に聞こえた銃声。セイヤは心臓をぎゅっと鷲づかみされた思いだった。鼓動が速くなる。せり上がってくる不安をなんとか押し殺す。

 慎重に操縦しながらもセイヤはスノーモビルの速度を上げ、リサの位置を示す方向へ、暗闇の雪原を見据える。

 ――リサのもとまで、あと少し――


   ・・・


 犯人は拳銃を拾うか、リサの首を締めて意識を奪うか、一瞬迷った。その犯人の迷いの時間がリサにとって有利に働いた。


 リサは犯人が取り落とした拳銃を拾いに動く。

 それを見た犯人も拳銃を拾うほうに舵を切り、拳銃の奪い合いになった。


 一度はリサが拳銃を手にしたが、腕を負傷していて力が入らない。犯人に叩かれ、拳銃は再び雪原に落ちた。


 リサに犯人が覆いかぶさる。圧倒的な力の差。リサは抵抗しようにも身動きできなかった。


 犯人の息遣いが聞こえてくる。風の音が遠くなる。――リサは、この息遣いを以前にも聞いたことがある気がした。


 ――そういえば背格好も似ている気がする――

 ――決して忘れることはない兄さんを殺した犯人の姿――


 犯人がリサの首に両手をかける。

 リサはその隙に犯人の目出し帽を剥ぎとろうとした。

 ――兄さんを殺した犯人は左頬から口元にかけて大きな傷跡があったはず――

 犯人の覆面が少しめくれる。


 左頬に大きな傷が見えた気が……いや、暗闇でよく見えなかった。猛吹雪の中の外灯の光はあまりに弱々しい。

 犯人はリサの首を思いっきりしめる。リサの意識がかすむ。


 ――兄さん、ごめん……私は犯人を捕まえられなかったみたい――


 夢の中に現れた兄にリサは詫びた。それなのに相変わらず兄は背を向け、後姿しか見せてくれない。そして、リサのもとから去ろうとしている。


 ――置いていかないで……私も――


 その時、スノーモビルが近づいてくる音が聞こえてきた。

 ふと犯人の手が緩み、リサは暗転しかかった意識を取り戻す。


 この悪天候の中、スノーモビルを運転してくるとは……治安部隊しか考えられない。しかし見たところ一台だけだ。不審に思いながらも犯人はとっさにリサを立たせ、後ろからリサの首に腕をかけながら己の盾にした。


 暗闇の中、遠くに立っている外灯の明かりだけでは、こちらの姿は捉えることができないはずなのに、そのスノーモビルのライトがだんだん近づいてきた。確実にこちらを目指してやってくる。


 そしてついに――セイヤの乗ったスノーモビルのライトが犯人とリサの姿を捉えた。


挿絵(By みてみん)

前回の挿絵イラストのペン画下絵。

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