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旧作  作者: hayashi
シーズン1 第3章「出動」
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命令違反

挿絵(By みてみん)


 銃声を聞いてから、すぐにセイヤとジャンは天井裏を移動し、はじめに入った通気口へ戻って、そこから廊下へ出た。


 地下倉庫室へ向かう途中、犯人に撃たれた隊員を見つけ、介抱していた時『犯人1名、スノーモビルで逃走。その際、女性隊員が犯人のスノーモビルの後ろに乗り込んでいった』との連絡が入ってきた。


「え、女性隊員ってリサのことだよな」

 ジャンはセイヤを見やる。

 セイヤは即座に、上着についている複数のポケットのひとつからタブレットパネルを取り出していた。

「ん、それは?」

 ジャンの質問に答えず、セイヤが呆然とした様子でつぶやいた。

「リサが……ここから離れて移動している」


 セイヤの持っているタブレットパネル画像には、表示された地図上に点滅している光が徐々に移動している様子が見て取れた。


「ん? まさか、お前……リサに発信機でもつけていたのか?」

「はい……」

「彼女は発信機がついていることを知っているのか?」

「いえ……たぶん、知りません」

「うおっ、一歩まちがえれば完璧に嫌われるようなストーカーじみた行為を……リサを見守るためとはいえ……すげえな、お前……いや、でも今にしてみれば正解だったぜ、それ」


 ジャンはすぐにファン隊長に連絡を入れた。

「犯人のスノーモビルに乗り込んだリサを追わせてください。彼女には発信機がついているので確実に追えます」


 しかし、隊長の答えは『ノー』だった。

『外は猛吹雪だ。暗闇の中、我々は悪天候の冬の高山を移動する万全の装備をしていない。遭難の可能性がある。よって救助隊を要請する。以後、救助隊が来るまで待機』


「このままじゃリサが危険です」

 ジャンは食い下がる。


『リサは私の指示を仰がず、勝手な行動に出た』

 隊長は冷たく言い放った。

『待機だ。彼女を追うことは許可しない。これは命令だ』

 隊長は考えを覆す気はない。


 ジャンは短いため息をついた。

「どうする?」

 困ったようにジャンはセイヤを見やる。

「追います」

 セイヤは即答した。

 救助隊も風が弱まるまで動けないはずだ。すぐに動いてくれるわけではない。そして基本、高山地帯では夜に救助が行われることはない。朝になるまで待つ可能性が高い。


「命令違反になるぞ。あとで相当の処罰が待っている」

「かまいません」

「遭難の危険性もある」

「必ず生還します」

「その根拠は?」

「オレも発信機をつけます。ここの職員に頼んで、防寒装備をし、スノーモビルを借ります。先輩は救助隊を待って、オレの信号を受け取りながら、あとから救助隊と追ってください」


 セイヤはもう一台用意しておいた発信機の信号を受け取る受信パネルを取り出し、セットしてジャンに渡す。


「リサを連れて還ることだけを考えます。犯人逮捕は頭にありません。犯人がリサを置いて逃げてくれればいいと思ってます。ただ、犯人がリサやオレに危害を加えようとすることもありえます。その場合は射殺します。リサとオレが生き残る最善の道を選びます。決して無茶はしません」

 早口で一気に話す。セイヤは、ジャンを説得しようと必死だった。


 ジャンは携帯用受信パネルを見ながら、感心したように言った。

「もう一組、発信機と受信機を持ってきていたのか。用意周到だな」


「いざという時の命綱ですから、予備を用意しておくのは当然です」

 セイヤは何でもないことのように応えたが、ジャンはその慎重さに舌を巻いた。こいつならば行かせても大丈夫か――気持ちが動く。

 それに――命令違反をしてでも、命がけで女を救いに行く……熱いぜっ、これぞ男の花道だぜっ――と『漢!ジャン』は大いに共感していた。

 が、そう思う一方で、やはり迷ってもいた。仲間の援護もなく、暗闇の猛吹雪の中、新人のセイヤだけを行かせるのはあまりにもリスクが高すぎる。


「う~ん、先輩としてお前を止めるべきなんだろうけど」

「行かせてください」

 セイヤは頭を下げ続けた。

 しかしジャンは、セイヤが銃のホルスターに手をかけていることを見逃さなかった。

「お前……オレが力ずくで止めようとしたら、それを抜くつもりか?」

「はい」

 顔を上げたセイヤは微塵も揺らぐことなくジャンを見据えた。

 その鋭い眼光に思わずジャンはたじろいでしまった。

「そんなことをすれば懲戒免職ではすまなくなる。実刑食らうぞ」

「かまいません」

 セイヤはジャンを見据えたまま、手もホルスターにかけたままだった。


 ――こいつは本当に銃を抜く。オレを失神させるために、オレの防弾ベスト上に発砲してでも行くつもりだ――ジャンはセイヤの強い覚悟を思った。


「とめてもムダか……ま、リサのことも放っておけないしな」

 苦笑しつつ、ジャンは頭に手をやった。

「でも、お前を行かせるオレも命令違反することになっちまうなあ」

 天井を仰ぐジャンに、セイヤは再び頭を下げる。

「すみません。オレが先輩を脅して、仕方なく協力したことにしてください」

「どうやってオレを脅したことにするんだ? さすがに『銃で』は無しだぜ」

「オレが先輩の弱みを握っていることにしてください。女性関係が適当だと思います」

「お前、しれっとよくそんなこと思いつくな。仕方ねえ、それで口裏を合わせておくか」

「本当にすみません……」

「この借りは大きいぜ」


 それから――ジャンは、順番に事情聴取をされている発電所職員らの一人とこっそり接触した。

「実はこれから隠密作戦があるから協力してほしい。機密扱いなので口外しないように」と適当なことを語り、防寒着など備品が納められているロッカーの鍵とスノーモビルのキーを借りた。

 スラスラとでまかせを言うことについて、ジャンは天才的だった。


 その時、ほかの隊員から「おい、何している? 持ち場はここじゃないだろう」「ファン隊長から呼ばれているだろう」と声をかけられた。

「ああ、トイレ探していたら迷っちまってなあ」

 何とかごまかし、ジャンはセイヤの背中を押して、隊員らから離れた。


 セイヤはタブレットパネルを見つめていた。こうしている間にもリサはどんどん移動し、ここから離れていっている。すぐにでも出発したかったが、発電所職員のロッカーから防寒着をリサの分と2着取り出し、できるかぎりの装備を整えた。遭難すればリサを助けることもできず、協力したジャンも責めを負う。


 それでも――今、リサはどういう状況なのか――セイヤは気が気ではなかった。

 逃走している犯人は単なる外国人労働者でない。こういったことに手馴れている――犯人は逃げる途中も、待機していた複数の隊員らを銃撃して命中させた射撃のプロだ。

 この手の相当な訓練を受けてきたのだろうか。そんなテロリストのような犯罪者とリサが一緒にいる――そう考えると吐き気がしてきた。


 セイヤとジャンは駐車場へ向かった。駐車場に配置されていた隊員はおらず、ファン隊長のもとへ引き上げていた。今は、事情聴取されているはずだ。


「慎重なお前なら大丈夫だと信じて行かせるんだからな……気をつけろよ」

 ジャンはセイヤの肩に手を置いた。

「本当ならお前一人で行かせたくないが、お前の信号を受け取って、救助隊をそこへ案内する役がどうしたって必要だからな」


 そう言いつつもジャンは思う。

 ――いや、自分も一緒に行ったって、あとから発信機の識別データをファン隊長や救助隊に伝えれば、追跡できるだろう。心情的には自分もついていきたい。だが、それをやれば上官の命令に百パーセント背くことになる。ファン隊長の命令は正しい。本来ならば命令は順守すべきだ。自分が協力できるのは、万全の装備をさせてセイヤを行かせること。譲れるのはここまでだ。

 これはジャン自身のけじめの問題だった。


「ありがとうございます。この借りは必ず返します」

「おう、必ず返せよな……必ずだぞ」

「行ってきます」

 セイヤはジャンに背を向けた。

 その時「訊いておきたいことがある」とジャンがセイヤの背中に声をかけた。

 セイヤが振り返ると、ジャンは何かを見定めるように問う。

「お前はリサに惚れているのか?」

「はい」

 セイヤは迷いも見せず、はっきり答えた。

「よし……行け」

 ジャンはセイヤを見送った。


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