サギーVSルイ
生放送のニュース番組――
スタジオでは、ルイの話が続いていた。
「旧アリア国とトウア国が違うところは……旧アリア国は軍や公安、警察の力がもう少し強かったことでしょうか。平和運動や人権運動にも公安や警察が目を光らせてました。それゆえ旧アリア国は言論の自由がない恐ろしい国というイメージがあるようですね。
しかし、それは純粋な平和運動や人権運動だったのでしょうか? 平和運動は『軍備増強への抑止力』になるでしょう。人権運動は『警察官による凶悪犯の射殺をためらわせる効果がある』かもしれませんね」
ルイを何とかしなければと、サギーは待合室を出かかったものの、そこで足を止めた。行ったところで、部外者立ち入り禁止となっている生放送中のスタジオ内に入ることはできない。どうしようもなかった。
司会者、ディレクターやプロデューサーたちも、打ち合わせと違うことをルイが話し出し、最初は慌てたものの、その話が興味深かったので、そのまま続行させた。ルイ・アイーダの話は陰謀論めいており、人々の興味を誘うことだろう。きっと視聴率がとれる。
その頃には緊張は消え去り、ルイはよどみなく言葉を紡いでいた。そう、今話している内容は、大学に入ってから旧アリア国のことを調べ、ずっと考え続けてきたことだ。
「やがて――旧アリア国の治安は徐々に悪化していきました。旧アリア国の年毎の犯罪件数がそれを物語ってます。軽犯罪も重犯罪も増加し、それに反比例するかのように犯人の検挙率が下がっているのです。
その治安悪化にシべリカ国が関係しているのではないか、と公安警察は疑問を持ったようです。移民の中に相当数の工作員が紛れ込み、巧妙な凶悪事件を仕掛け、犯人の逃走の手助けをし、かくまい、犯人の検挙率を下げ、アリア国の治安を悪化させているのでは、と。シベリカ国はアリア国の弱体化を狙っていたのでは、と」
待合室では――サギーが、テレビに映っているルイをひたすらにらみつけていた。そこにはもう、微笑みを絶やさなかった優し気な平和主義者の顔はなかった。
スタジオ内にいるルイも挑むようにテレビカメラを見据えていた。
「ついに、アリア国で大規模な無差別大量殺人事件が発生しました。アリア国の公安警察はこれを防ぐことが出来ませんでした。それほど敵は巧妙だったのです。真相は今もって分かりませんが、病院、映画館、遊興施設が爆破被害にあい、多くの犠牲者が出ました。
まもなく、これはシべリカ国の仕業だというウワサがアリア国中に広がりました。シべリカ国政府はシべリカを陥れるためのデマだとしてますが、真相は謎です。
とにかく、このことでシべリカ国に対するアリア国民の怒りが沸騰し、アリア人の中にシベリカ人を憎悪し差別をする者が表れ、シベリカ人に対する暴力事件や嫌がらせも多発し――そのことについてシベリカ国がアリア人を非難するようになり、ますますアリア人が怒り、シベリカ人を攻撃する――という悪循環が生まれてしまったのです」
ここで一息つき、ルイは声に力を込める。
「そういったことをきっかけに、旧アリア国は戦争の道へ進むことになったのでは、と私は推察してます。旧アリア国のことを調べれば調べるほど、国や国民を守るためにはどうしたらいいのか、外国や外国人とのつきあい方を考えさせられます。どうかトウアの皆さんもぜひ考えてみてください」
発言を終えたルイは、番組が次のコーナーに行って区切りをつけたところで、アシスタントデイレクターの指示に従ってスタジオを出た。
その廊下には無表情のサギーが突っ立っていた。
お互いの視線が絡み合う。人通りは少なく、今、ルイはサギーと二人きりだ。
「私は、本当に訴えたいことを言わせていただきました」
ルイはサギーと対峙する。
やがて――サギーは口元に手をやりながらクックと笑い出した。
「なるほど、発言をカットされないように……だから『生放送』を条件にしたのですね。私はあなたをちょっと見くびっていたようです」
そう言うとサギーはルイを見据えた。その目は敵意の色に変わっていた。
ルイもサギーから視線を逸らせなかった。
「サギー先生、あなたはなぜ、セイヤとリサが治安局の『特戦部隊』に所属していると知っているのですか? セイヤとリサが先生に知らせたわけじゃないでしょ。彼らは先生と距離を置き、先生も彼らを無視してましたから。卒業後も彼らが先生と連絡をとっていたとは思えません」
「あら……私、特戦部隊の名を出したかしら」
眼鏡の奥のサギーの瞳が妖しく光る。
「はい、『特戦部隊』とは言いませんでしたが、『銃撃戦になったら彼らの命も危ない』とおっしゃいました。銃撃戦は特戦部隊が受け持ちますよね」
ルイは目を細めた。
「そうね……彼らの所属先は、きっと風の便りで聞いたのかもしれません」
「では、そういうことにしておきましょう」
そう、テレビ出演の話が出た時から、ルイはサギーに違和感を持っていた。
サギーはただの教職員なのか? 一般の教員が、番組に関われるほどテレビ局とつながりがあるなんておかしい。それに手回しがあまりに良すぎる。サギーがルイを訪ね、その日のうちに生放送のテレビ出演が決まることなんてあるのか? 予め、そういう話が進んでいたのではないか?
しかし、立てこもり事件が起き、速報が出たのは今朝である。つまり……こういった事件が起きた場合『ルイ・アイーダ』を出演させ、話をさせることになっていた? そんなことを一介の教師がテレビ局と話をつけていた?――あるいは事件が起きることを予め知っていた?
今回のことは、あまりに不自然すぎる。そもそもサギーが研究室に訪ねてきた時から不思議に思っていた。
――なぜ私のスケジュールを知っていたの? まだ講義を受けているかもしれないのに、午前中の早い時間に訪ねてきた……まるで、あとの時間はフリーであることを知っていたかのように――
ルイの胸の中に言い知れぬ不気味な疑惑が広がる。
平和と人権を守るために活動しているという地味で質素なサギー。しかしこれがサギーの真の姿なのか?
「それにしても変わりましたね、ルイ。あなたなら、てっきり私の言いなりになると思っていたのに……残念だわ」
改めてサギーは、穴があくほどルイをじっと見つめる。まるで恫喝するように。
だが、ルイは臆することはなかった。ついに――平和主義者を装っていたサギーの化けの皮が剥がれた――そう思った。
「そうですね。学生時代、授業中は従順を装い、あなたに反論することはありませんでしたから」
「セイヤとリサがあなたを変えたのかしら」
「ええ、彼らは私の大切な友人です」
ここでサギーは口に手の甲を当て、クスクス笑った。
「それなのに、あなたは彼らを危険に晒そうとするのですね」
「どういう意味ですか?」
「私の言うとおりにしていれば、この事件は誰も犠牲にならずに、早々に解決していたでしょうに。私が世に求めるのは『シべリカ国への配慮』『トウア国に住むシベリカ人はじめ外国人の権利を訴えること』だったのですから。けれど、あなたはシベリカ国に疑いの目を向けるよう、世に訴えてしまった……。なので、私はやりたくありませんでしたが、プランBで行くことにします」
サギーは今までの忍び笑いから一転、感情を凍らせたように無表情な顔になった。
「プランB?」
ルイは眉をひそめた。
「ルイ、あなたが引き金をひいたのですよ」
地の底から発せられたかのような禍々しい声だった。サギーは何の感情も込めずにルイを一瞥し、踵を返した。
「……」
遠ざかっていくサギーの後姿を見据えながら、ルイの心中は嫌な予感でざわめく。
教師としてのサギーは仮面に過ぎない。世論に影響を与えるテレビ局とつながり、ルイの大学でのスケジュールも把握している――おそらく、サギーのバックには多くの仲間がいるのだろう。
そして、事件が起きることも予測していた。サギーはこの立てこもり事件の関係者……いえ、それどころか首謀者かもしれない。
でも証拠もないのに騒ぎ立てれば、ルイのほうが世間の信用をなくしてしまうだろう。
――サギー先生は、私が裏切ることも想定していた?
――プランBって何?
――サギー先生、あなたの正体は……
ルイの背筋が凍った。