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旧作  作者: hayashi
シーズン4 エピローグ
113/114

幸せになる資格

 結局、キリルとサラの逃走を許し「あんな思いをして捕まえたのに」とかなり落胆したセイヤとリサだったが、特命チームは通常勤務に戻っていた。

 キリルとサラの捜査には警察捜査隊が行い、もう特命チームが呼ばれることはなかった。


 あれからさらに2週間経った。

 今もキリルとサラは見つかっていない。すでに彼らは中央地区を出てしまった可能性も高かった。


 改めてリサは、少女サラの両手を粉砕しておいてよかった、と思っていた。リハビリをしても、もとの戦闘能力は取り戻せないだろう。サラを逃してしまった今、またいつダイやヤハー氏の孫が襲われるとも限らない。が、今のサラにならば、民間の警備会社でもなんとか太刀打ちできるだろう。


 世間は治安部隊の失態を批判しながら、さらなる『反シベリカ』となっっていった。連日、中央地区の至る場所では『シベリカ人をトウア国から追放しろ』というデモが盛んに行われ、シベリカ人も「シベリカ人を食い物にするな」「心臓を返せ」「シベリカ人街に自治を」「トウアから独立を」「トウア人はシベリカ人への弾圧をやめろ」と訴え続けていた。

 トウア人とシベリカ人は完全な敵対関係にあった。


 リサは未だ一部の人たちからネット上で非難され、治安局の一部の人間からも後ろ指を差されていたが、「家族と仲間が傍にいてくれればそれでいい」とあまり気にしている様子はなかった。

『敵』がいることでリサとセイヤの結束も固くなり、むしろ敵の存在は夫婦仲を円満にしてくれていた。


 だがある時、こんな嫌がらせのメッセージが自宅のポストに届いていて、リサは固まった。


『罪を背負ったリサ・シジョウは幸せになる資格はない』

『罪を背負ったリサ・シジョウは子どもを持つ資格はない』

『罪を背負った者は幸せになれない。幸せになってはいけない。傷つけた者に対し、それがせめてもの償いとなる』


 いつもはこの手の嫌がらせに対し、鼻で笑っていたのに、リサはダイニングテーブルで手紙をじっと見つめ、考え込んでいた。その様子を見たセイヤは、リサが持っていた手紙を覗き込む。そして、すぐにその手紙を取り上げ、キッチンのガス台で手紙に火を点け、流し台へ投げ捨てた。

 手紙はあっという間に燃えた。焦げた臭いが鼻に突く。


 ――リサが罪人なら、オレはさらに罪人だ。トウア国を守るためにシベリカ地方独立運動を裏で支援する作戦に加担したのだから。この独立運動は内紛に発展し、多くの人の血が流れ、今でもシベリカ政府と対決姿勢をとっている……。


 アリア国はシベリカ支配から脱却できそうだが、シベリカの地方地域はシベリカ中央政府に抑えつけられ、独立を支持する住民への弾圧が始まっていた。

 が、シベリカ中央政府は、運動家や独立を支持する住民をテロリストと呼び、犯罪者=悪として扱っている。一方、運動家や住民のほうは、国民を抑圧し、人権侵害を行うシベリカ中央政府を悪だと訴えている。


 事実、シベリカ中央政府は運動家や疑わしい住民を逮捕し、強制収容所送りにしていた。そのやり方はまるで独裁国家ノースリアのようだという。マハート氏の消息も分からなくなっていた。


 セイヤは黒焦げに縮んだ手紙の残骸を見つめながら、今まで自分の胸にしまっていたことを口にした。

「なあ……もしも、この国が住みづらくなったら、海外に移住することを考えてもいいか?」


 自分たちにこういった嫌がらせをしてくるのは、ごくごく一部の人間だということは分かっている。トウア世論は今、リサの味方だ。しかし、これがいつひっくり返るか分からない。


 そう、世間というものは簡単に手のひらを返す。数年前のトウア社会であれば、リサの行為は未成年者という弱者への人権侵害であり、許されざる暴力行為であり、リサは世間に吊し上げられただろう。この程度の嫌がらせでは済まなかったはずだ。


 人権侵害を嫌う世間は、実は平気で人権侵害を行う。しかも正義を掲げているのでタチが悪い。ミスズ先生の言っていた通りだ。


 今までは、トウア国が自分たちにとって住みやすく、この国で幸せになれると信じていたからこそ、国を守りたいとセイヤは思っていた。

 でも、もしトウア社会が自分たち家族に敵意を向け、嫌がらせを続けるのであれば、出ていくまでだ。


 もちろん移住先の外国は、自分たちを外国人として扱い、それなりに権利が制限されるだろう。いい仕事も見つかるとは限らない。条件の悪い仕事しかないかもしれない。不便で貧しい生活を強いられるかもしれない。

 それと天秤にかけて、どちらの道が自分たちにとってより幸せに安全に心穏やかに暮らせるかを考え、選択してもいいと思っていた。

 あくまでも自分たち家族の幸せが優先される。


 トウア国には感謝していた。だから国の治安を護るという仕事をし、今までも精いっぱい尽くした。けどトウア社会に憎まれてまで、この国にこだわる必要はない。


 ただ、そう考えてしまうのは、自分がジハーナ族の子孫であり、ジハーナ人の血を引いているからなのかもしれない。リサは生粋のトウア人だ。それにやっぱり異国での生活は大変だ。そう簡単に割り切れないかもしれない。


 セイヤの問いに、しばらくリサは考え込んだ。そしてこう答えた。

「あなたについていくよ」

 ――兄さんもきっと許してくれるだろう……トウアの治安を守るために精一杯、自分なりに尽くした。その分、罪も犯したが。


 そしてリサは居間のソファに積んでいた旅行パンフレットを手にして、笑顔で言った。

「どこの国にする?」


 それから二人はソファに座り込み、パンフレットを眺めながら、あれこれ話した。

「オレはゴルディアがいいかな。冷徹な国だけど治安もいいし、そこそこ福祉も充実しているし、一番、納得できる社会システムを構築していそうだよな」

「セイヤに合いそうなお国柄だよね」

「ただ永住権をとる条件はなかなか厳しいよな。これから貯蓄に励んで、そのうち投資でもして、資産を増やしておかないとな」

「じゃあ、ルイに相談してみる? ルイは投資のほう詳しいみたいだし、着々と資産を増やしているそうよ」

「ああ、それがいいかもな」

「ゴルディア語、勉強しないとね。仕事はどういったものがあるかなあ」

「ま、ほかの国もいろいろ調べてみよう」

「そうだね」


 二人は将来の夢を語り合った。

 トウア国にこだわらない。ただトウア国の公務員である間、任務は果たす。


 そう決めたら、リサは気持ちがラクになった。そうだ、逃げればいいんだ。戦えば罪を犯す。だから逃げられるうちは逃げてもいいかもしれない。

 流し台に行き、手紙の燃え滓をビニールに入れ、ゴミ箱に捨てた。


 ちなみにその後、海外移住の話をルイにチラッと漏らしたら――

「移住するならアリア国にしなさいよ。今に見ていて。トウア国やゴルディア国の良いところをお手本にして、住みやすい国にするから。私もいずれアリアに帰って、アリア国のために尽くしたいし……ね、一緒にアリアに住もうよ」

 と言われてしまった。



 ――さらに時が経ち、季節は初秋を迎えていた。

 ジャンは時折、マオー氏の孫ダイのもとを訪ねていた。一緒にテレビゲームをするだけだが、その間もダイは無言で、話しかけても生返事ばかりだった。

 そんなダイが先日、リサのことを話題にしたという。


「あのおネエさんにお礼、言っておいてくれるかな……。犯人に障害を負わせたことで非難されているみたいだけど……おネエさんのおかげで、犯人が逃走したと聞いても、僕はそれほど不安を感じないでいられる。心臓をもらったことは悪いと思ってるけど……やっぱり殺されるのは嫌だから」

 ダイは、リサがネットで一部の者たちに叩かれていることを知っていた。


 ジャンからその話を聞いた時、リサは少し救われた。そしてダイが死を望んでないことを知ってホッとした。


 また、同じような話を、ヤハー氏の孫のもとへ通っていたフィオからも聞いた。

「世間が何を言おうとリサさんは僕たちにとってヒロインなんです」

 どうやらフィオはヤハー氏の孫に『リサ漫画』を見せているようだった。


 リサはあの嫌がらせの手紙を思い出していた――

『罪を背負ったリサ・シジョウは幸せになる資格はない』

『罪を背負ったリサ・シジョウは子どもを持つ資格はない』

『罪を背負った者は幸せになれない。幸せになってはいけない。傷つけた者に対し、それがせめてもの償いとなる』


 ――そしてこう思った。

 罪を背負っていない人間っているのかな……

 誰も傷つけたことがない人間っているのかな……

 どの程度の罪なら許され、どこから許されないのか。それは誰が決めるのか。

 この手紙を書いた人物は『自分は絶対に悪を犯さない善なる存在だ』と思っているのかもしれない。

 けど、もしかしたら、それこそ恐いことかもしれない。


 ただ、そう考えるのも、自分への言い訳かもしれない。

 自分はおそらく罪深い人間だ。


 兄が死んだ当初は、自分は幸せになる資格はないと思い、死に場所を求めていた。

 でも、今は幸せになりたい――あの時より、今のほうがずっと罪を犯しているにも関わらず……。


 どれが正しい生き方なのだろう?

 幸せになることを放棄し、死んだように生きるほうが自分にはお似合いなのか?

 償いとはなんだろう? そもそも償えるものなのか?

 では、自分にふさわしい罰とは、どれくらいの罰なのか?


 なんだか頭が痛くなってきた。

 人間、そんなに正しく生きられない。何が正しいのかも分からない。

 ま、『罪を犯していないらしい善人たち』からのこの程度の嫌がらせは仕方ない。自分への罰として考えれば安いもの――そう思うことにした。

 ――罪悪感も所詮、自己満足――ならば、自己満足しながら生きていくしかない。


「自己満足、上等」

 リサはうすく笑った。

 自分ができるのは、身近にいる大切な人とそこそこ満足しながら幸せに暮らすこと。ただそれだけだ。その幸せが脅かされれば守るしかない。その方法は逃げるか、戦うか、だ。そうだ、逃げるのもいい。だからセイヤは海外移住を考えてくれているんだ。


 そんなリサの処分について治安局内では「懲戒免職」の声もあったそうだが、ルッカー治安局長が自身の首をかけてかばってくれたという話も伝え聞いた。


 一方、セイヤのほうは夫婦一緒に治安局を辞めてもいいと思っていた。そう、この仕事から離れれば、少なくとも、今以上に罪を背負うことはなくなる。汚れた仕事をしないで済む『善人』でいられる。


 ただ、それは『罪を背負ってくれる誰か』に守られた上での「善人」ということだ。誰かが守ってくれなければ戦うしかなく、善人でいられなくなるが、とりあえず今は、代わりに戦ってくれる人たちがいるのだ。

 そのことを知ったうえで「善人の道」を行かせていただき、この割に合わない過酷な仕事からそろそろお暇してもいいかもしれない。


 とにかく――トウア社会の『善なる人たち』から敵意を向けられないようにするには、海外移住よりも、まず治安局を辞めて、様子を見るほうが先である。この仕事を辞めれば、いくらなんでも『善なる人たち』もそれ以上は攻めないだろう。リサを一人にさせたくないので、セイヤも一緒に辞職し、二人で一緒にできる仕事を見つけようと考えた。

 

 海外移住――国を捨てるのは最後の手段だ。


 そこで、またセイヤは、あの少年と少女のことを思い出す。

 ――少年に「国を変えるべき」と言ってしまったオレ自身は、国や社会を変えるよりも、逃げようと考えている――


「人に説教なんてするもんじゃないな……」

 セイヤは改めて自分に呆れる。


 ――自分にできるのは、身近にいる大切な者を、自分たちの暮らしを守ることだ。逃げることが守ることにつながるなら、逃げる。基本、自分は『不戦の民』なのだ――


 けど、ルッカーからは「リサのことについてはできる限り配慮する」と引き留められている。

 ま、セイヤとしてもせっかく距離が縮まった仲間たちと一緒に仕事を続けたい気持ちもあったし、特にジャンと離れるのはちょっと寂しい気もした。もう少しここでがんばってみるのもいいかもしれない――


 特命チームは、いつの間にかセイヤにとって離れがたい仲間になっていた。


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