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旧作  作者: hayashi
シーズン4 第5章「悪人」
111/114

危険人物リサ

『お前たち夫婦に子どもができたら、その子の心臓を突き刺してやる』

『お前ら暴力の血筋を引いた子どもなんて産むなよ』


 セイヤとリサのもとにこういう類の嫌がらせが届くようになった。自宅マンションもどこから情報が漏れたのか、ネットで暴かれ、拡散されてしまった。今日も仕事帰りに郵便受けを覗いたら、封書で入っていた。


「上等~」

 最初の頃は郵便受けを開けるのが怖かったリサも今では冷笑を浮かべるだけだ。


 脅迫状を前に、リサは誓う。

 ――もしも私の家族を殺したら、そいつを必ず地獄に突き落とす――


 射撃訓練では、あちこちでパタパタと起き上がる人型の的の眉間や心臓を瞬時に狙う。一発で完璧に仕留めなければ気が済まなくなった。


 嫌がらせの脅迫状は全て取っといてある。捨てはしない。何通かはいつも持ち歩いている。射撃訓練でちょっとでもミスをした時、その脅迫状を読み返すためだ。軍との厳しい合同演習で自分を鼓舞するためだ。


 人型の的は『わが家族を狙う敵』だ。リサの鋭い視線は敵の眉間を射抜く。と同時に銃弾がそこを貫通する。


 ――でもね、もし私の家族を殺したら、こんなラクに死なせはしない。ありとあらゆる苦痛と恐怖を与え、のた打ち回らせ、地獄に引きずり込む。もちろん私も地獄に行く覚悟よ。家族を殺されたその時点で私にとってはすでにその世界は地獄となるのだから――


 ――家族が殺されたら、私の心は壊れる。それでも犯人が苦痛と恐怖を味わいつくし、死という罰を与えることができた時、多少、私の心は救われるかもしれない。善人や聖人は、そんな私の考えを間違っている、歪んでいる、と言うわね。でも私はごく普通の感情を持つ弱い人間。犯人の死を望み、復讐することを『悪』というのであれば、私は喜んで『悪人』になる……ダークヒロイン・リサにね――


 そう、すでに兄をあのような形で殺された時から、リサの心は歪んでしまったのだ。それはもう修復できない。愛すべき家族セイヤを得て救われたとはいえ、心の片隅は歪んだままなのだ。


「っていうか、ダークヒロイン・リサって名前、センス悪っ」

 リサは失笑する。


 ――『敵への攻撃を躊躇すれば、情けをかければ、こちらがやられる』――治安部隊での最前線で戦う任務で、このことを痛感している。


 今でも、あの少女と少年に対する警告なし威嚇射撃なしの発砲、そして少女に対して両手の自由を完全に奪ったことは後悔していない。

 そう、特にあの少女のほうは、セイヤを刺したのだ。わが家族に危害を加えたのだ。悪ければ、セイヤは死んでいたかもしれない。兄と同じく。


 ここでリサの憎悪は大きく膨らむ。


 ――少女は、なんの罪もない子どもたちを殺害した。特戦部隊の同僚も殺害した。再起不能の重傷を負わせた。たくさんの人の人生を奪い、その遺族を地獄に突き落とした。


 断じて許せなかった。あれくらいは当然の罰だ。


 なのに少年法により、少女は社会復帰する可能性がある。その時にまた誰かを殺すかもしれない。あの身体能力の高さは人間兵器と言っていい。だから、その能力を奪ったのだ。


 こういう考えは正しくない、間違っているのだろう。それを分かっていて『悪であること』をリサは引き受けた。


 ――ええ、私にはあの少女を裁く資格はない。あれは私刑だ、と言われても仕方ない。けど、私は悪いことをしたとは思っていない。


 ――善人は、こんな私を危険人物だと言う。そう、私は悪人かもしれない。もう正しい人ではいられない。そもそも正しいとは、どういうことなのかも分からなくなっている。私の手はすでに血でまみれているのだから――


 と、ここまで思った時、リサはなぜかサギーと話してみたくなった。

 サギーとなら、この気持ちを分かち合えるような気がした。

 でも、サギーは今も深く眠ったままだ。



 今日もリサ・シジョウは射撃訓練に励んでいる。


 治安局の一部の人間――危険な任務を命じられる治安部隊ではなく、内勤の事務の仕事をする安全地帯にいる職員たち――は、そんなリサを『ダークヒロイン』『魔女』『危険人物』『銃撃マシン』『殺人訓練愛好家』と陰で呼んでいた。リサがあの少女を銃撃する動画が、彼らによほどインパクトと嫌悪感を与えたようだ。『リサを危険視する善人』と同じ感覚の人もわりといるのだ。


 セイヤはそういった治安局の職員らを覚めた目で見ていた。そして思う――自分たちの周りは敵のほうがずっと多いのかもしれない。本当の味方は少ない――と。


 もちろん、リサを受け入れてくれる仲間もいる。特命チームはもちろんだが、ファン隊長率いる古巣の特戦部隊の面々など、リサと一緒に任務に励んだ仲間たち、そして海上保安隊、パトロール隊、警察捜査隊、爆破物処理隊、機動隊、要人警護隊など、危険な現場で働く者たちだ。

 自分も手を血に染める可能性が高く、時には危ない任務を遂行しなければならない立場の隊員らは、汚れ役を担ったリサを認めていた。


 対して、比較的安全な場所にいる戦わなくて済む職員たちはリサを敬遠し、危険人物のように見る。


 敵はシベリカにも、トウアにもいる。

 ただ、敵=絶対悪ではない。自分から見て『自分たちに危害を及ぼすもの、及ぼしそうなもの』が『悪』『敵』となるのだ。


 ――オレにできるのは、そんな敵から、自分たちの身を守ることだ。

 逃げられれば逃げていいし、逃げられなければ戦うか、あるいは敵からの危害を受け、我慢するか……どの生き方が正しいのかは分からないし、そもそも『正しい生き方』も『間違った生き方』もないのかもしれない。『絶対善』や『絶対悪』がないように。


 ――オレにとっての『正義』とは、自分と自分の家族と仲間を守ること。この一点だ。この正義を貫くための行動は自分にとっては『善なる行い』だ。しかし他者にとっては、それは『悪となる行為』に映るかもしれない。そういうことだ――


 ここで、ふとセイヤは、軍からの出向組の連中に目をやる。

 彼らは書類仕事に勤しんでいる。


 セイヤの表情が緩む。

 最近では――ゴンザレとアザーレのゴリラ連中がリサと普通におしゃべりをするようになっていた。


 この間、グレドを除いた6人で飲み会をやった時なんか、リサとゴリラ連中が酒を酌み交わし合い、なにやら意気投合していたようだ。


 酔っぱらって帰ったリサは、ソファに並んでいた『ゴリラ3兄弟』の真ん中のゴリラに向かって、「よし、今日からあなたを『アザーレ君』と呼ぶことにするね」と言い、そして、もうひとつを『ゴンザレ君』と呼び、もうひとつを『ジャン先輩』と呼ぶようになった。


 セイヤとしては『ゴリラ3兄弟』すなわち『特命チームのゴリラな先輩たち』が、うちのソファを陣取り、リサにわりと可愛がられているのは面白くなかったが……ま、仕方ない。

 なにはともあれ、特命チームの仲間意識が高くなったのは事実だ。


 今日も飲み会がある。いちおうグレドも誘ってみるが、いつものごとく断られた。

 でも、そんなグレドもリサに対し目礼するようになった。『クール』なグレドとの距離も縮まっていた。


 そう、リサを敵視する者は、たいてい特命チームや特戦部隊を敵視する。敵が同じなのだ。

 特命チームの『ゴリラたち軍からの出向組』も『血生臭い連中』として、治安局の一部の職員から距離を置かれていた。今では『ダークヒロイン・リサと暴力夫セイヤとお似合いの仲間』『手を血で染めた同士』と揶揄されている。


 共通の敵がいると、仲間との結束は強くなるものなのかもしれないな――ふとセイヤは思う。

 それが強敵であればあるほど、仲間の結束はより固くなる。


 ――家族であれ、職場であれ、国であれ――その中の人間をまとめたいなら、敵を作るのが一番手っ取り早い――

 ――そして、憎悪を煽るのが、一番簡単に人を動かせる――


 セイヤは乾いたため息をつき、書類仕事に戻った。



 そして昼休み。

 今日は弁当なしなのでセイヤは食堂に行く。リサは射撃訓練に行ったままなので、先に昼食をとることにした。

 手頃なランチセットを注文し、トレイを持って、テーブル席につく。

 

 食事をしながら、ふとテレビに目をやる。お昼のニュース番組をやっていた。

『クジョウ政権の支持率が低下している』という話が耳に入ってきた。

 が、だからと言って、ほかの党の支持率が高いわけではなく、民主平和党がこれからのトウア国を導いていくことに変わりはない。


「民主平和党内のクジョウ派は落ちたが、その分、ほかの派閥が息を吹き返すことになるか」

 と、この時、セイヤの頭の中で、疑問に思っていたことの解が示された気がした。

 

 ――今回の臓器売買に絡んだ事件で、一番得をしたのは、民主平和党のクジョウ派以外の派閥ということか?――

 ――共和党がやったことはあまりにお粗末……このことに違和感あったけど、実は共和党をつぶすことが本来の目的であったとするなら?

 ――そして民主平和党がつぶれない程度に、クジョウ派に打撃を与えることが目的だったとするなら?

 ――あの国会襲撃事件で一番犠牲が多かったのが、クジョウ派に属する議員たちだったとしたら?――


「今回一連の事件が、民主平和党のクジョウ派以外の派閥の計略だとしたら……大成功だ」

 セイヤは身震いした。

 と、ここまで考えた時、力が抜けたように頬が緩み、うすい笑みがこぼれた。


 ――政界の中の謀略か……もはやオレがどうこうできる話じゃない……オレにできるのは、自分と自分の身近にいる大切な者たちをただ守るだけだ――

 ――政界の連中が、そこまでずる賢く冷酷に立ち回れるのであれば、トウアという国はそうそう外国からいいようにはされないだろう。トウアは、お人よしのジハーナとは気質が違ってきているようだ。そのずる賢さと冷徹さと計算高さを外交に生かしてほしいものだ……


 その時ふと、あの少年――キリルに「国を変えるべきだ」というような説教したことを思い出した。

「そんなたいそうなこと自分だってできないのに……偉そうに……」

 セイヤのうすい笑みは自嘲に変わった。


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