セイヤの想い
それから数日が過ぎた。
リサは相変わらずセイヤを避け、決して視線を合わせようとしなかった。
格闘術の稽古でもリサはセイヤを頼らず、ほかの部署に所属する女性隊員に頼んで、空いている時間に相手をしてもらっていた。
そこまでしてオレを避けるのか――セイヤはため息をつくしかなかった。
ジャンは『行け~』というジェスチャーを送ってくるが、正直うざい。
「何で行かないんだ? 本当にほかのヤツにとられちゃうぞ」
暇を見つけてはジャンはセイヤの尻を叩く。今日は格闘術の稽古を終えた更衣室で絡んできた。
「……ったく煮え切れないヤツだな。オレがリサに話をつけてやろうか?」
「やめてくださいっ」
着替えの手を止め、セイヤはいつになく強い口調で拒否した。
「わかったよ。ま、やっぱ男として自分で話をつけたほうがいいとオレも思うしな」
さすがのジャンもこればかりは聞いてくれたようだ。
そんなジャンから視線を外し、セイヤはシャツのボタンをはめながら、淡々と言い足す。
「もし、ほかの男と一緒になることがリサの希望ならば……それでいいです」
「何?」
本気で言っているのかとばかりに、ジャンはセイヤの顔をマジマジと見つめた。
「オレはリサが危険なことにならなければ、それでいいんです」
セイヤはジャンを見返す。
「……つまらないヤツだな」
眉を上げ、鼻白むジャンから、セイヤは顔を背ける。
「つまらなくて結構です」
本当に放っておいてほしかった。このモワっとしたマッチョ臭が漂う更衣室からも早く出たい。
が、ジャンは顔を落としベルトを絞めながら、気になることを口にした。
「危険なことにならなければか。だが特戦部隊に入った以上、それは難しいかもしれないぜ」
「……」
セイヤは無言のまま、ジャンに視線を戻す。
服を整えながらジャンは話を続けた。
「話を聞いていると……お前の言うとおり、たしかにリサはちょっと危なっかしい感じがするよな。気をつけてやれ」
そして遠くへ目をやり、こう嘆いた。
「近頃、うちの管轄外でも凶悪事件が頻発しているし、犯人がなかなか捕まらない。たしか西地区だったかな……つい最近、殉職者が出たようだ。マスコミはあまり報道しないがな……犯人が射殺されると大騒ぎするくせによ」
仕事を終えて、寮に戻ってきたセイヤは部屋の簡易ベッドに寝転がった。食堂に行って夕食をすませなきゃと思いながらも、妙に疲れていて食欲もわかなかった。
それに――食堂にまだリサがいるかもしれない――
いつの間にかセイヤのほうもリサを避けるようになっていた。気まずい思いはしたくない。リサとはさらに距離ができてしまった気がする。
そんなセイヤに『殉職者が出た』というジャンの言葉が重くのしかかる。
セイヤはその言葉を聞いた時、嫌な予感がした。
――リサは、兄の死を未だに引きずっている――
そう、リサの兄を殺した犯人は捕まることなく逃げ切った。それで犯人を逃がしたくないという強い思いに駆られるのだろうリサの気持ちは分からないではない。が……だからこそリサが無茶をしないか心配だった。
あの『ひったくり事件』の時、犯人らはナイフを見せつけた。どんなに訓練を受けた者でも一瞬、身がすくむだろう。その上、こちらは何の装備もしていなかったのだ。なのにリサは躊躇なく犯人に突進していこうとした。
そこに、怖いもの知らずというよりも「刺されても構わない」というような自暴自棄の空気を感じた。
――あまりにもリサは危なっかしい――
本当ならばリサのパートナーとなって見守りたかったが、それは叶わない。特戦部隊に出動要請が来るような大事件の現場では、パートナーを組んでないリサとは別行動になるだろう。
と、ここまで思案した時、自分はなぜ、リサのことがこんなに気になるんだろう――とセイヤはふと考え込んでしまった。「惚れているのか?」という質問に率直に答えることができないのに。あんな風にして避けられているのに。
危なっかしいリサと安定志向の自分――正反対のようでいて、お互い似た者同士のところもある。リサと同じく自分も天涯孤独で寂しさを抱えている分、リサの姿に自分を重ね合わせてしまうのかもしれない。だからこそ、気になるのだろうか?
『ほかのヤツにとられるぞ』というジャンの言葉にも、本当は心穏やかではいられなかった。「ほかの男と一緒になることが本人の希望ならば、それでいい」とは答えたけど、胸がもやもやしていた。
論理的思考を好む自分は自己分析も得意だったはず。なのに、リサをほかの男に譲ることができるのか、それともできないのか――リサに関してのみ、自分の心が分からないことにセイヤは戸惑っていた。
譲れるものはさっさと譲り、その代わり、絶対に欲しいものや譲ることができないものに対して、最大限の努力をして取りに行くつもりだし、戦ってでも守る――そう考えていた。
けど、どんなに努力をしても、リサの心を手に入れることはできないかもしれない。
「だから心に予防線を張ってしまうのかもな……」
わりと自分が臆病であることに気づいてセイヤは失笑した。『恋に保証を求めるなよ』というジャンの言葉が沁みる。
安定志向の自分は、不安定な恋愛は不向きだ。
ヘンに関係が壊れるよりは、友人のままでいいとも思っていた。
だからリサとの友人関係をずっと保つことができたのだ。
でも結局、今はリサに避けられている。
――そもそもオレは、人間関係を結ぶのが苦手かもしれない――
――学生時代はルイとリサ以外、友だちと呼べる者はいなかった――
――いや、あえて積極的に友だちは作らなかった――
――今までオレは人と深くつきあったこともない――
――だからリサに対して、どうしたらいいか分からない――
ただ『リサを守りたい』というこの気持ちだけは確かだった。このことは自分にとっての最優先事項だ。
――リサを見守るためにオレにできることは何だ?――
セイヤはそれだけを考え続けた。
こうしてリサとセイヤの関係は修復できないまま、時が流れていった。
リサは誰とも親しくならず、淡々と仕事をこなした。
ほかの男に対してもリサは距離を置いている――セイヤはそれだけで充分だった。ジャンがけしかけてもセイヤはのらず、リサとの距離を保った。
「彼女、お前が強引にアタックしてくるのを待っているかもしれないぜ。ほかのヤツに全く興味を示さないのがその証拠だ」
ジャンはそう言うが、セイヤはリサが歩み寄ってくれるのを待つことにした。このまま大きな事件も起きず、リサが安全に仕事ができればそれでいいとさえ思うようになっていた。
しかし、セイヤとリサが特戦部隊に配属されて半年経った晩秋の頃――
すでに深い雪で覆われている高山地帯にあるトウア水力ダム発電所建屋内にて、人質をとった立てこもり事件が発生し、セイヤとリサが所属する治安局中央地区の管轄内の事件として特戦部隊出動となる。