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旧作  作者: hayashi
シーズン4 第2章「殺害予告」
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警護

 西地区『シベリカ人街』の一角にある古びた食堂の地下室――

 昼間は初夏を思わせるほど暖かくなるのに、夜は底冷えするような寒さが続いている。


 キリルがサラに助けられてから10日以上たっていた。キリルは厨房で皿洗いや掃除など人前に出ない仕事を手伝い、ただただ日々をやり過ごしていた。サラもキリルと同じように過ごしているように見えていた……そう、今までは。


「食事の時間……」

 ベッドに寝転がっていたキリルに、サラはつぶやくような抑揚のない声を投げかけ、厨房から運んできた夕食を木箱の上に乗せる。

 すると、キリルは猛烈な勢いでベッドから飛んできた。サラが食べようとしていたものを取り上げ、木箱の上に乗っていた自分の分と取り換えた。コップの水も取り換えた。


「おい……オレの夕飯に睡眠薬、盛ったことあるだろう」

 キリルはサラをにらみつけると、取り上げた夕飯をかきこんだ。

 サラは無反応だった。


「オレを眠らせて、何をやっている?」

 そう、夕飯を食べた後、30分くらいで猛烈な眠気が襲い、いつの間にか寝入ってしまい、そして一度も起きることなく昼間近くまで眠ってしまい、それから目覚めても、しばらく頭がぼんやりしていた――そんなことが2回あった。1回目はずっと入院していたから相当体力が落ちたのだろう、体が弱っているからすぐに疲れ、猛烈な睡魔に襲われたと思っていた。が、2回目も同じようなことがあり、さすがにおかしいと気づいた。


 そんなキリルを一瞥したサラはそっけなく言い放つ。

「あなたには関係ないこと」

 相変わらずサラはつれなかった。そしてキリルが取り換えてしまった夕飯を食べ始め、コップの水を飲んだ。


「今日のは睡眠薬入りじゃないのか」

「……」

 実は睡眠薬入りだった。が、キリルに気づかれてしまった以上、今夜は動かず、日頃の疲れをとるために、たっぷり眠ろうとサラは作戦を切り替えた。ただ、キリルを助ける前に全て終わらせておけばよかったと後悔した。でもタイミングというものもあり、実行はそう簡単ではなかった。下見も必要だ。

 それに何と言っても、キリルがトウア国から出ることを拒否し、自分の傍に居座るとは想定外だった。協力者からも話が違うとモンクを言われてしまった。こうなったらできるだけ早く終わらせるしかない。


 ……あと2人……それが済めば、もう思い残すことは何もない。この命はいつ朽ち果ててもいい。


 夕食を終えて30分後、サラは気を失うように眠りに落ちた。その様子をキリルはただただ見つめていた。


   ・・・・・・・・・・


 ジャン、セイヤ、リサの3人は、マオー氏の11歳になる孫ダイの警護するため、彼が通う小学校にきていた。授業中は教室内には入らず、ジャンが教室外で待ち、セイヤとリサは校内に不審人物が紛れ込んでいないか見廻った。

 ダイ・マオー本人とその周囲には「どこかから嫌がらせの脅迫状が届いたので、念のため、警護している」と説明した。それが『殺害予告』だと知っているのは、マオー氏とダイの両親だけである。

 学校が終わるとダイを車に乗せ、家まで送り、その後は外出させず、家の中にいてもらうことにした。ダイの家は庭付き一戸建てで、いくつも部屋があり、お屋敷と呼んでもいいくらいのスケールだった。広い庭には木々が茂り、微風に揺れる葉がカサカサと音を鳴らしていた。


 とりあえずジャンとセイヤとリサはダイと一緒に2階の子ども部屋に籠ることにした。子ども部屋と言っても、3人の大人が入り込んでも、充分な広さがある。

 窓を開ければ、気持ち良い風が入ってくるが、用心のために閉め切り、カーテンをし、エアコンをつけた。

 が、宿題を済ませたダイは退屈し、外へ出たがった。


「リサ、遊んでやれよ」

 ジャンはフンフンっとリサに顎でダイを示す。

 けれどダイは「女なんかと遊べるかよ」と鼻で笑い、自分の友だちと遊びたいと駄々をこねた。


 そのダイの発言が聞き捨てならなかったのか、リサは説教を始めた。

「ダイ君、女をバカにするのはよくないよ。そういう態度こそ男らしくないよ」


「そういやあ、女をバカにするといえばセイヤだよな。昔、任務からリサを外そうとしたじゃんか」

 ジャンが意地悪い笑みを浮かべる。


「ああ、そういえば、そんなことありましたよね」

 リサは遠い目をした。


「ちょっと先輩、そんな昔の話をしなくてもいいでしょ。それに女をバカにしたつもりありません。ただリサが心配だったから……」


 セイヤが慌てて言い訳を始めると、リサはさらに昔の話を掘り起こしてきた。


「そうそうそう、訓練生時代、私が特戦部隊専門コースが通った時、セイヤったら『女なんか役に立たないのに税金の無駄遣いだ』って言ったんですよ」

「ちょっと待てよ。『女なんか役に立たない』なんて言った覚えないぞ。税金の無駄遣いだ、とは言ったかもしれないけど」

「それって『女は役に立たない』と言ってるのと同じでしょ」


 言い合いを始めたリサとセイヤの間にジャンが割って入った。

「おいおいおい、こんなとこで夫婦喧嘩するなよ。子どもが見ているぞ」


 ハッとして振り向くと、ダイは覚めた表情で「やれやれ」という風に肩をすくめていた。


「何か生意気な子どもよね」

 腕を組みながらリサが半眼でボソッとつぶやく。


 それが聞こえたのかジャンはニヤッと笑いながらセイヤにお鉢を回してきた。

「生意気といえば、こいつ、セイヤに感じが似ているな。ということで、セイヤ、お前がダイの遊び相手してやれよ。似た者同士、気が合うだろ」


「え? オレが?」

「あら、セイヤ、子ども欲しいんでしょ。なのに子どもの相手ができないわけ?」

 リサまでジャンに加勢する。


 ため息をつきつつもセイヤは、ダイに視線を向け、話しかけた。

「じゃ、オレとリベートして過ごそうか……」


「リベート?」

 眉をひそめるダイ。


「ちょっとセイヤ、何で子ども相手にリベートなのよ」

 リサが呆れ顔になって首を横に振っていた。

「ゲームのようなものだし、オレは楽しい遊びだと思うけど」

「そんなの楽しく感じるのセイヤくらいだよ」


「リベートなんてやらせたら、ますます生意気さに拍車がかかるぜ。ゲームといえば、やっぱテレビゲームだろう」

 セイヤとリサの会話に再び割って入ったジャンに、「テレビゲームなら相手してやってもいいけど」とダイが初めて乗り気を見せた。


「じゃあ、先輩が相手してくださいよ。オレ、そういうのやったことないから、よく分からないし」

「え? ゲームやったことないのか。今時めずらしいな」

「養護施設の寮にそんなものありませんでしたしね」

「そっか、そういやあ、お前ら養護施設出身だったよな」

 ジャンはセイヤに向けていた視線をダイに移した。

「ゲーム機とソフト、持ってるだろ。ソフトは何でもいいぜ。このオレ様が相手してやる」


 ということで結局、ジャンがダイの遊び相手をすることになった。

 ダイはいそいそとゲーム機を持ってきて、大画面テレビにつなげ、ソフトをあれこれ選んでいた。


「オレは昼間、こいつにつきあう。お前らは夜中に警護してもらうから、今のうち仮眠とっておけ」

 ジャンはセイヤとリサにそう言うと、ダイとゲームを始めた。

 すぐにヒートアップし、ジャンもダイもすっかり夢中になっている様子だ。


「先輩……はっきり言って、完全に遊んでいるよな」

 やれやれとばかりにセイヤは部屋の隅に敷かれていた仮眠用マットの上に寝転んだ。リサもそれに倣う。

「おそらく犯人は夜、動く。先の3件も夜中に家に忍び込まれて殺されているからな……休める時に休んでおこう」

 ダイに聞こえないよう低くつぶやき、セイヤは目を閉じた。


 窓からはまだ明るい陽光がカーテンの隙間から漏れていた。


   ・・・・・・・・・・


 西地区『シベリカ人街』の食堂の地下室――

 昼間はそれほどでもなかったのに、夕方から風が強くなり、夜になると唸り音を立て、吹き荒み、家々の窓を打ちつけていた。


 夜も更け、店の家人が寝静まった頃、キリルとサラは木箱の上に並べた夕飯をボソボソと食べていた。

 あれから――サラに睡眠薬を仕込まれる隙を与えないよう、キリルは厨房へ行き、自分で料理し、自分で運ぶようにし、サラには触らせなかった。


「何をしているのか、まだ教えてくれないのか」

 食べ終わったキリルはコップの水を飲み干す。

 サラは相変わらず何もしゃべらない。ひたすらお皿にあるものを口に移動させるだけだった。


 キリルはサラが食べ終わるのを待ち、皿やコップをトレイに片付けた。

「こいつを洗った後はシャワーでも浴びてくるか」

 そうつぶやき、積み重ねた皿が乗っているトレイを持って、地下室を出て、厨房へ上がっていった。

 サラはそれを黙って見つめていた。


 やがて上の階にある厨房から、食器を洗っているのだろう水が流れる音がしてきた。

 その様子を伺いながら、地下室から出たサラは音を立てずに階段を上り、外へ飛び出した。地下室にいたから分からなかったが、風が強い。思わず顔をしかめ、辺りを見回す。

 少し離れたところに、外灯の明かりを避けるように停まっていた車を確認すると、そこへ向かった。それを邪魔をするかのように向かい風が吹きつける。


 運転席には女がいた。目鼻立ちが整っていたが、それだけに硬質な感じがする人形みたいな美人だ。肩下まで伸びたまっすぐな髪がその硬質さをさらに際立たせていた。

 風から逃げるように車に乗り込んだサラは、隣の運転席の女に「出せ」と短く言いつける。


「今まで協力してきたけど、今日は説得に来たのよ。あなた、まだやるの? もう3人やったでしょ。その中にあなたの妹の分も入っていたはず。もうマオーとヤハーのところでは治安局の人間が動き出しているらしいし……これ以上は危険よ。やめたほうがいい」

 女は忠告したが、聞き入れるサラではなかった。


「あなたが捕まったら、こっちも困るんだけど。いつも助けてはあげられない」


「取引したはずだ。こっちはそっちの望みを果たした。だからそっちも約束を守れ。さもなければ、お前のことや今まで私が知り得た全てのことを公表する」


「そんなことしたら、あなた確実に捕まるわよ。捜査の手は『助けた彼』にも伸びるかもね。トウア国は確実に少年法を改正する。そして未成年者にも自白剤を使用するようになる。きっと廃人にさせられるわ」


「その前に自分の命にケリをつける。彼は彼で何とかするだろう。彼を助けたのは借りを返したかっただけ。なのに彼は勝手にトウアに残った。もう私の知ったことではない」


「捕まる危険度が高いから、マオーとヤハーの孫はあきらめろ、襲撃させるなというのが上からの命令なんだけどね……どうしてもというのなら、治安部隊が手を引いてからでもいいんじゃないの?」


「もう、そんなに待てない。早くケリをつけたい。私は捕まらない。捕まるようなミスを犯した時は自決する。心配いらない」


「ならいいけど……」


「取引したのなら約束は守れ。私は守った」


「仕方ないわね……」

 ため息まじりにそう言うと、女はエンジンをかけた。


 曲がりくねった道が多い『シベリカ人街』を抜け、大通りに出ると、車は一気に加速した。


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