喪失
はじめに。(2015年4月26日追記)
今現在、このお話は、ここ「なろう」と「ピクシブ」に投稿してます。
初稿から、何度か手直ししましたが、ピクシブのほうはさらに改稿、加筆したものを載せてます。
(シーズン1は改稿がほぼ終了。シーズン2から先も手を加えていく予定です)
また「なろう」では、あまりに長いのは止した方がいいだろうということで、シーズン4で終了します。
シーズン1表紙イラスト
青空が眩しかったその日――久しぶりに兄さんと繁華街へ繰り出した。
この春、兄さんはトウア国治安局付設訓練校を卒業し、念願だった治安部隊の入隊が決まっていた。
――今日はそのお祝いしようということで食事にきたんだ――
――ウィンドショッピングで、兄さんが反応を示したものを密かにチェック。プレゼントは何がいいかしら――
――バイトしてお金貯めたんだけど、あまり高価なものは無理だな――
1年前に交通事故で父さんと母さんを亡くし、今は兄さんと二人暮し。
両親がいなくなってしまったので、兄さんが未成年である私の保護者となった。訓練生は治安局の訓練学校に付設されている寮へ入るのが原則だったけど、兄さんは特別な事情があるということで自宅から通うことが許され、父さんが遺してくれたお金をやりくりしながら何とか二人で生活してきた。
父さんや母さんを亡くした時はただただ悲しくて、ふさぎ込んでいた私も、兄さんが傍にいてくれたおかげで寂しさを紛らわすことができた。そして……ようやく、お祝いしようっていう前向きな気持ちになるまでに心が回復した。
空は雲ひとつなく晴れ渡っていて――天も祝福してくれているようだった。
これから兄さんは、公務員として安定した職を得る。財布の紐もちょっとゆるんでしまいそう――私の心は弾んでいた。兄さんも嬉しそうだった。
「今日はちょっと贅沢をしよう。その前にお金を下ろさなきゃな」
私たちはトウア中央銀行に寄った。
そして今――目の前には覆面した一人の男が拳銃を構えていた。
銀行強盗だ。
表口玄関はシャッターで閉ざされ、私たちは部屋の隅に集められ、床に座らされた。銀行員もお客さんもおとなしく言うことを聞く。
この頃トウア国は治安が悪化していて、こうした凶悪犯罪が増加傾向にあった。それも未解決事件が多かった。犯人の逃走を許し、検挙できないケースが多発していたのだ。
正義感の強い兄さんは、いつの頃からか治安部隊入隊を希望するようになり、こうして夢を叶えたところだった――そんな兄さんは犯人から守るようにして私の前に腰を下ろした。
「大丈夫だ。そのうち治安部隊が助けてくれる。すでにこの銀行を取り囲んでいるはずだ。犯人を逃がすことはない。金を手にしたところで捕まるのは確実だし、犯人も投降してくれるといいけどな」
でも、その予測は覆された。銀行周辺のあちこちの建物に仕掛けられたとされる爆弾が爆発し、街はパニックに陥り、治安部隊はその対応にも追われることになった。
銀行内に閉じ込められた私たちにも、その爆発音や人々の悲鳴が聞こえていた。
何が起きているのか、その時はまだ詳しいことは分からなかったけど、とにかく緊迫した異常事態に陥っていることは分かった。
治安部隊が犯人を取り逃がす可能性が出てきた――これを機に犯人は逃走するかもしれない――そう判断したのだろうか、兄さんはいきなり立ち上がり、紙幣が詰まったザックを背負おうとした犯人に体当たりをし、拳銃を持っている犯人の右手を叩いた。
ザックを背負う時だけは、犯人も拳銃の構えを解かざるを得ず無防備になる。兄さんはそこを狙ったのだ。犯人もまさか客の一人が襲ってくるとは思わず、油断をしたようだ。
拳銃は犯人の手から落ちた。
すかさず兄さんはその拳銃を足で蹴る。拳銃は床を滑っていき、ほかのお客さんが拾う。
犯人はそのままザックを背負って、表玄関とは反対側にあるドアを開け、部屋を出た。裏口のほうに向かったのだろうか。兄さんもそのあとに続く。
もう犯人は拳銃は使えない。格闘術ならば訓練を受けてきている兄さんのほうが上だ。兄さんの活躍が見たい――私もあとを追った。
私がたどり着いた時、兄さんは犯人を取り押さえ、馬乗りになり、犯人の覆面を剥ごうとしていた。
犯人の口元が見えた。左頬に大きな傷跡――。
しかし、犯人の顔が見えることはなかった。兄さんの横腹にナイフが深々と突き刺さっていた。
犯人はナイフを乱暴に引き抜く。呻き声をあげ、兄さんが転がった。床には血がまき散らされる。
私は金縛りにあったかのように立ちすくむ。
立ち上がった犯人はめくれた覆面を直しながら、私のほうへ視線を向けた。
恐怖のあまり、私はそのまま座り込んでしまった。その時、四つん這いになって起き上がろうとしていた兄さんとも目が合った。
「逃げろ……」
兄さんは声を振り絞るようにして叫んで、跪いたまま手を伸ばし、犯人の手首をつかんだ。
犯人はそれを振り解くと、何度も何度も兄さんを刺した。
命が流れ出てしまうかのように、兄さんから赤いものがふきこぼれ――再び、兄さんは崩れ落ちた。
犯人は赤く染まったナイフを私に向ける。
「動くな。動いたらこいつと同じ目に合う」
そう言って、犯人は去った。
私はずっと微動だにできなかった。兄さんが倒れているのに――傍に近寄ることもしなかった。現実を受け入れたくなかったのかもしれない。
呼吸に合わせ、微かに動いていた兄さんの背中が、今はもう静かだ。
床には赤いものが広がり続けている。
私はただただ動かなくなった兄さんを見つめていた。
――兄さんは私を守ろうとして……殺された?
――私が兄さんを死なせてしまった――
さっきまで私の心を包んでくれた祝福の青空は、地に広がる赤い血に取って代わった。
あとがき
プロローグ「喪失」は ヒロインの1人称語りですが、本編からは3人称。基本3人称で進みます。