俺の家には魔王と猫耳が住んでいる
山という文字のような形をした大陸の真ん中に、トムーブと呼ばれる国がある。
この国は資源が豊富にとれる。東西は海に挟まれて漁業もそれなりに盛んだし、北は山脈が連なっており、貴重な鉱石や植物が多く眠っている。南は森もあるが平原が大半を占め、他の国と行き来しやすく、とても貿易がしやすい土地だ。
その有利な立地を生かして、昔は武の国と呼ばれたほどに軍事力に力を入れていた。しかし、徐々に平和になって行くうちに武力は無用のものになり、今では資源を使った産業で栄えている大国になっている。
それでも当時の名残である、大陸最強とされるトムーブの騎士団はあこがれの的だし、まったく危険がないわけじゃないから、なくなっても困るんだけどな。なにより俺の就職先だし。
まあ簡単に言うと、でかくて強くて平和な国ってわけだ。
そんなでかくて強くて平和な国の、とある住宅街。その一角に、俺の家はある。
二階建ての家で、一人で住むには大きすぎるというのに、その和の雰囲気につられてついつい買ってしまった物だ。気に入っているから後悔はしてないが。
それに、いつか結婚して、家族で住むことになるかもしれないしな……。
――ああ、彼女がほしい。
なんで俺には相手がいないんだ。仕事の同僚であるリックはこの前彼女ができたというのに。あいつと俺は顔も収入も大体一緒のはずだ。ならば人格か? 俺は人格がだめなのか?
……駄目だ、この件について考えるのはよそう。かなりへこむわ。
とまあ、こんな感じで寂しい一人暮らしを満喫していた俺ことアゼルだったのだが。
最近、俺の家に、妙な二人組が転がり込んできた。
「朝か……」
窓から射す朝の日差しを浴びながら、俺は目が覚めた。
眠気が取れない体を起こすためぐっと伸びつつ、ベットから降りる。そのまま着替えを済ませると、朝食を作りに自室である小さな木造の部屋から出た。
キッチンに入るとエプロンを着て、手を洗う。準備は万端だ。
昨日の朝は洋食だったし、今日は和食にするか。
冷蔵庫の中身と相談しつつそう決めると、俺は早速魚を焼こうとフライパンを暖めた。
「……おはようございます、アゼルさん」
魚を用意していると、ダイニングから眠たげな声がかかった。
俺は顔をあげて、その声に返す。
「おはようミコちゃん。すぐにできるから座っててくれ」
はい、と猫耳を生やした少女――ミコちゃんは返事をして食卓につく。
この子は最近俺の家に住みついた二人の居候の内の一人だ。透けるように薄い茶色の短い髪を揺らし、焦げ茶の目を細めてうつらうつらと舟をこいでいる。
「Zzz……はっ! だめです、アゼルさんが料理してくださってるんですから寝たらだめです。だめで……zzz……はっ!」
――あらやだ何この子、かわいい。
必死に起きていようと頑張っているミコちゃんにほんわかしてしまった。地味に気を使ってくれているのが嬉しい。
だが睡魔は強敵だったのだろう、ついにかくんと首を曲げて寝てしまった。すーすーと寝息をたてて気持ちよさそうだ。
ちょっといたずらしてみたくなるが、今は我慢して料理に集中しよう。
――魚の焼けるいい匂いが辺りに漂う。
やがてご飯に味噌汁、納豆に焼き魚を作り終え、定番の和食が完成だ。
あとは皿につぎ、食卓に並べるだけである。
しかしミコちゃんはいまだ夢の中だ。そろそろ起こさないとな。
「ミコちゃ――」
「フハハハハハハ! おはよう!」
「ふにゃっ!?」
朝からおおごえだすなよ、ミコちゃん驚いてるだろ。
今いきなりでてきたやつがもう一人の居候であるサーマだ。いつも顔には狐の仮面をつけ、髪の色と同じ黒の服を着ており、裏地が赤いマントを纏っている。
ってあれ、なんでミコちゃん足押さえてるんだ? そういえばミコちゃんが驚いたときにガンッて音がしたな。
……まさか。
「~~っつうぅぅぅ! 小指がぁ、小指がぁッ!」
うわあ、やっぱり。しかも小指かよ、見てるこっちも痛い。
「ミ、ミコ! すまん、ちょっと我テンション高すぎたッ! 今冷やすものを持ってくるからな!」
「ぅぅぅぅぅぅ、さーまさんの、ばかぁっ」
「サーマ、そこの袋に氷をいれて冷やしてやれ。俺は念のために救急箱を持ってくる」
「分かった、任せたぞ!」
サーマの声に応じつつ、俺は救急箱を取りに行く。
確かリビングの隅に置いてあるはず。えーと……あったあった。
探し終わったら救急箱を抱えて至急ダイニングへ戻る。見るとミコちゃんの足をサーマが言われたとおりに冷やしていた。全身黒い服装で白い狐のお面をかぶった男が、少女の足を懸命に冷やすその光景はちょっと笑える。 ……いやいやそんなこと考えてる暇はなくて。
「ほら、大丈夫か、ちょっと見せてみろ……青くなってんな。小指は動かせるか?」
「はい、痛いですがなんとか」
「じゃあそこまで心配いらないか。とりあえず包帯で固定しておくかな」
俺は救急箱から包帯を取り出して、ぐるぐると固定する。朝から慌ただしいな、ホントに。
ひと段落ついたところで、みんなで食卓に着いた。早く食べないと仕事に遅れてしまう。
「さっさと食べよう。いただきます」
「「いただきます」」
俺は少し急いでご飯をかきこむ。和食というのは意外に時間を取られるのだ。特に魚の骨にはなかなか苦戦する。
俺が朝食と死闘を繰り広げていると、視界の端でサーマが口だけ仮面から出して魚を食べていた。俺と同じく魚に悪戦苦闘しているようだ。何とか身をほじくって口に入れるたびに口元がふにゃっと緩む。いや、魚だけではなく、何か一口食べるたびに幸せそうに緩んでいるみたいだ。
……そんなにうまいか? 普通の和食なんだけどな。
ミコちゃんもそんなサーマを微笑ましそうに見ていた。その目からは慈しむような、母性のようなものがにじみ出ている。
俺がまたサーマを見ると、サーマは骨についた身を取ろうとちょんちょんと頑張ってつついている。しかしなかなか取れずに『むぅ、むぅ……』と口に出ちゃっている。
――ミコちゃん、君の気持ちがわかったよ。
思わず俺もミコちゃんと同じ目でサーマを見てしまった。
「ふむ? どうした二人とも、そんな子供を見守るような暖かい眼をして。我は子供ではないぞ?」
「……そうですね。それはともかく、サーマさんは仮面を外さないのです? 食べにくいと思うのですが」
ミコちゃんは暖かい目を止めずにそういった。
なるほど、話題をそらしつつ、仮面を外してもらい、緩んでいる顔を見て更にほんわかするつもりか。意外と策士だ、ミコちゃん。
ミコちゃんの誘導に俺が感心していると、サーマは箸をとめ。
「フハハ、確かに食べにくいが、これは仕方ないのだ。我の姿は見られてはならない。なぜなら我は魔王だからな! 我の顔が明らかになるのは、そう。勇者が数々の困難を潜り抜け、ついに我の前に来た、ラストバトル。勇者の一撃が、我の仮面をたたき割り、その時こそ、真の姿が明らかに……どうした二人とも。もはや赤ん坊を愛でる目になっておるぞ?」
なんだろう。こいつも、ミコちゃんとは違うベクトルでかわいいな。
「そっか。じゃ、しっかり飯を食って立派な魔王にならなきゃな。おかわりはいるか?」
「お主、そこはかとなく馬鹿にしておるだろう。失礼であるぞ。それに我はもうすでに立派な魔王だ。だがおかわりはもらおう!」
もらうのかよっ。
そこできっちり決めたらもうちょっとかっこつくのに。
俺が残念に思いながら見ていると、サーマがもぐもぐ食べながら。
「しかし、アゼルは時間は大丈夫なのか? いつもはもう出ておるだろう」
ピタリと固まった。まるで時が止まったかのように、俺の体は動かず、瞬きさえ忘れた。
石のように固い首を必死に回して、時計を見る。
「……ああああああああっ!」
サーマの言ったとおり、仕事へ行く時間を過ぎていた。
「まだ大丈夫です! お皿は片付けておきますので頑張ってくださいッ」
「ありがとうごちそうさまっ」
俺は慌てて自室へ戻り、荷物をまとめる。しかし頭が真っ白になって無駄に時間がかかってしまった。おおおお落ち着くんだっと玄関へと急ぐ。
ああもう俺の馬鹿っ、もうちょっと時間を気にしておけば。遅刻なんて初めてだ。一人だったころはこんな失敗しなかったんだが。
……まあでも、悔しいことに今の方がずっと充実してるんだけどな。
いろいろ失敗やトラブルは増えたけど、サーマとミコちゃんが来てくれたこの家はいつも騒がしい。それはきっと良いことだ。
「フハハ、慌ただしいな! 気を付けるのだぞ!」
「いってらっしゃいです!」
二人が見送ってくれる。そんな小さなことが嬉しい。毎日こいつらと騒げる俺は、幸せ者なんだろう。
さて、我が家の魔王と猫耳のためにも。今日も一日頑張りますか。
「いってきます!」




