承前
この物語は、夏のホラー2013参加作品です。がんばってみましたが、怖くない……(汗)
地図アプリが示す、その場所を目指していた。
目指す先は、「西国一」と呼ばれるほど美しい景色が広がっている筈だった。
だが、そこに居たのは……。
雑木林をひたすら、走る。
古木の枝の狭間から見えるのは、雲ひとつない、蒼天。
それが、何故か切なさを誘っている気がするのは……自意識過剰なのだろう。と、おれは思った。
いや、センチメンタリストだったのは、「わたし」の方か。
「わたし」なのか、「おれ」なのか。
もう、どうだって良い。
あの場所から逃げる事が出来れば、それで良い。
立ち止まるな。走れ。
捕まるな!!
そんなおれの脳裏に響く、言葉。薄く嗤う顔までも、絵になって浮かぶ。
(だから、言ったでしょう?)
それは、悪夢のように。
だめだ。追いつかれるな。
走れ、走れ、走れ。
不意に、目の前が開けた。
あれが、終点だ。ようやっと、雑木林を抜ける事が出来たのだ。
少しだけほっとして、それでも速度を緩めることなく、光の先に向かう。夏の、目を焼くような陽光が、おれを包み込んだ。
目を細め、光を全身に浴びる。
だが、そこに広がっていた光景に、おれの身体は凍りついた。
荒々しい、波の音。
そそり立つ、断崖。
驚いたのは、それが、つい先刻、地図アプリを片手に到着した場所と同じ景色であり。
反射的に首を振って周りを約260度程度見回した理由は、先刻、同じ場所で、在りえない人物と遭遇したから。
大丈夫だ。周りに、人影はない。少なくとも、見える範囲には。
「だいじょうぶ、だよ、な?」
思った事を口にするのは、おれの癖だ。
ずっと、ひとりぼっちだったから。言葉を忘れるのが怖くて、思った事を口にするようになっていた。口にした言葉を耳で聞いて、そして安心するのだ。おれは、生きているのだと。
こんな、小さな。いつ消えてもおかしくない、おれの、生。
それでも、まだ、捨てるわけにはいかない。まだ、答えは出ていない。
「大丈夫だって、まだまだ大丈夫だって、言えよ!」
「大丈夫なわけ、ないじゃない?」
ほら。思った通りだ。
真後ろから、聞こえた、声。
おれの、声と同じ……自分の声、すなわち自分の耳で聞く自分の声は、頭がい骨の反響により、自分が発している声は違うらしい。
その、おれが「自分の声」だと思える、その声で、そいつは告げる。
「そう、言って欲しかったんでしょう? わたしに?」
わざとらしい。最後の「わたしに?」が疑問形なのが。
「どうして、此処に来たの?」
それは。
おれが、選んだからだ。お前と一緒に逃げると。
恐る恐る、振り返る。
真っ青な空の下。
白いドレスの裾が潮風に翻っていた。