6色目
「なあ、少年、お前もきっとそうなんだろう?」
「なっ、なんでバレて!?」
私の腕の中で灰色の男の子がもぞりと動く。
ああ、起きてたんだ。
私はその程度の感想しか持ちえなかったが、ヒナは違ったようだ。
「お、起きて、たの?」
「あ、あ、あ、ああ。
………起きて、た」
「そ、そそ、それじゃあ、ささ、さっきの話も全部!?」
「あ、ああ、そ、そうかな?」
ぷすん。
ヒナがオーバーヒートした。
多分、さっき私が口に出した人間の生殖についての話題に対して、顔を赤くしているのだろう。
そのくらいしか思い当たる要素が無い。
しかし、彼が寝ている前提で会話をしていた段階では、ヒナは先生をからかうほどの余裕があったのに、なぜ、少年が起きると、顔を赤くするのだろう?
よくわからない。
気になる。
「ヒナは、男の子がいると、顔が赤くなる?
なぜ?」
ついうっかり、頭の中の疑問を口に出してしまった。
「はわわわわわわわっ!?
へあぁ〜っ!」
髪の毛がどうかしたのだろうか?
ヒナは廊下の奥へと走っていってしまった。
「おいおい、そんなに虐めてやるなよ、ユーリ」
「私、ヒナを傷つけていた?」
「いんや、違うさ。
ってか、その反応ってことは違ったのか」
「何の話し?」
「こっちの話し」
よくわからない。
先生が唐突に背を屈める。
「おっと、悪いな坊や。
置いてけぼりにしちまって」
ふざけた調子で、先生が言う。
「その姿勢、その喋り方、俺に深刻な精神的損害をもたらすんで、やめていただきたいんだが」
「なんだ、坊やのくせに、随分むつかしい言葉を覚えてるなぁ。
よしよし、えらいえらい。
お姉さんが褒めて遣わそう」
先生が、さらさらと音をたてて、灰色の髪を撫でる。
少年の髪はとても触り心地が良さそうだ。
私も撫でたい。
「だから、坊やじゃねえっつってんだよ!!」
「ははーん。
成る程、そういうお年頃か。
だが、必死で大人ぶろうとするも、なかなかその腕から離れることができない。
おう、じーざす。
萌えるじゃないか」
「気色悪い目で見るなっ!あ、あと、その、そろそろ離してくれないか?」
そういえば、まだ彼を支えている体制のままだった。
腕を離す。
すると、暖かさも離れていった。
なんというか、まだ眠っていたいのに、お布団を取られてしまったような、そんな気持ちだ。
「ありゃ、なーんかあたしの扱いだけ酷くないかい?
ヒナと話してた時なんか、かみかみのしどろもどろだったくせに」
「あ、あれは、あいつのアレが移って。
それにしても、なんであいつはあんなに慌てていたんだ?」
「ふふ、坊やは気にしなくてもいいことだよ。
じきにわかるようになるさ」
「だから、坊やじゃねえっての。
俺はもう十八だ」
ほう、これには私も少し驚いた。
十八歳といえば、もう成人として扱う国もあったっけ?
「十八……って何が?」
先生が不思議そうな顔をしている。
そういえば、先生が元居た世界には、年齢どころか年という概念すら存在しないらしい。
大人と子供の区別は一応あるらしいので、それを使って説明する。
「へえー。
つまり、このショタっ子は、実はショタではなく、ショタジジイだと?
へえええぇぇぇぇぇ?」
時々先生はよくわからない単語を使う。
どうやら自動的に言語の調整が効いているらしいこの世界でも、全く聞きなれない言葉だ。
訝しげな視線を少年に向けているので、きっとあまりいい意味の言葉ではないのだろう。
「ぷっ。
俺でジジイだったら、お前は化け物ババアだな」
「あ、あたちぃ〜。まだ幼女だしぃ〜。
人は見た目通りの年齢じゃないし〜。
ってか、お前自身がそれ証明しちゃってるし〜。
って、その場合でも、あたしは見た目ババアってことなのかい!?
そういうことなのかい、おい!?」
先生が少年の肩を掴んで、ぶるんぶるんと揺らす。
一体あの行為にはどういった意味があるのだろう?
「ぐ、ぐふ、すんませんでした、お姉さま。
だか、ら、もう、止め、て、くだ、し」
散々揺らした後、先生はふう…と満足げにため息をついて、すっかり顔が青くなってしまった少年から手を離した。
「大丈夫?」
声を掛けて、肩をさすってみる。
「おぶっ」
しまった。
少し強くやりすぎてしまったかもしれない。
そのままばたりと、少年は倒れてしまった。
「先生……」
「ああ、あたしもちょっとやりすぎたよ。
頭の方持つから、寝室に運ぼうぜ」
もう随分と少年、いや、青少年の寝顔も見慣れてしまったような気がする。
時々耳がピクリと動くのを、ただひたすらぼうっと眺めていると、落ち着く。
ある時、耳と一緒にピクリと目蓋が動いて、青少年が目を覚ました。
キョトンとした灰色の瞳と目が合う。
暫くして、青少年が慌てたような素振りで、目を逸らした。
少し残念だ。
もう少し青少年の目を観察していたかった。
「さっきは、悪かった」
どこか、私がいるところ以外のどこかをぼうっと眺めて、少年がつぶやく。
「何の話し?」
「その、君たちの話し、盗み聞きしてたこと」
どうやら、先生に対してはお前と呼ぶのに、この青少年は私に対しては君を使うらしい。
なぜ、そこに違いが出るのだろう?
「……なあ」
「?」
「ここは、俺が元居た世界、お袋がいて、学校があって、くだらない日常があって、実験がある、あの世界じゃないんだよな?」
「どの世界?」
「あ、いや、君に聞いても、仕方がなかったか。
忘れてくれ。
…その返事でなんとなくわかった」
わかられてしまった。
なにか、置いてけぼりにされてしまったような気がして、私は彼が被っている布団の端を掴んでみる。
どこも見ていないような目で、彼はまた語り始める。
「俺さ…」
………………。
その後には、なかなか言葉が続かなかった。
「いや、なんでもない。
これも忘れてくれ」
結局言葉の続きはわからなかった。
彼だけがわかっていて、私にはわからない。
まだ、視界にすら入っていない段階なのかもしれないけれど、そこからまた更に、彼に距離を離されてしまったような気がした。
「あの」
せめて、歩きだそう。
なぜそうするのかは、わからないけれど。
「なんだ?」
「髪を……撫でさせて………………ください」