5色目
ああ、やってしまった。
ついに念願のシチュエーションが叶ってしまった。
が、叶ってしまってからは、俺、何やってるんだろう? 気持ち悪い。 といった自虐にも似ている後悔が俺の頭の中を渦巻いていた。
ああ、俺はあのロボットに襲いかかる時に、一体どういう顔をしていたのだろうか?
きっと見れたものではなかっただろう。
奇声もあげてしまっていた気がする。
多分壊しちまったよな。
ロボットの持ち主にも謝りにいかないと。
ほんと、何やってんだろう?
恥ずかしい。
もう生きている事すら恥ずかしい。
その結果、こうして今も俺は狸寝入りを続けているのである。
「じゃあ、間をとって先生で!」
「同意」
「どことどこの間だよ!
ってか、本当に間だったら『・』になっちゃうだろ!
なんて読むんだよこれ」
ツッコミたい。
恥ずかしながらも、ツッコミたい。
読み方知らないのに、それ(・)どうやって発音してるんだよ、と、読者目線なツッコミを入れたい。
が、しかし、俺は、只今絶賛気絶中ということになっているので、発言どころか、目を開けることすら出来ない。
いや、たった今気絶から目覚めたという設定で演技をすれば、行動をとることは出来るかもしれない。
でもさ、あれだよ、なんか恥ずかしいじゃないか。
俺が目を覚ますことで、三人の会話を遮ることになるかもしれない。
そんな瞬間にかく冷や汗といったら、あの日の親父を見つめる母親の視線よりも尚冷たい。
それに正直に言うと、この三人の会話をもっと聞いていたいという気持ちが無くもない。
そんなこんなで、会話は続いていく。
「ところで? 今日はなんか収穫あったん?」
先生と呼ばれていた、他の二人より大人っぽい声の女が猫撫で声で語りかける。
途端、すうっと何者かの体温が消えて、支えを失った俺は危うく前方に倒れそうになる。
あぶない、ギリギリで踏ん張れた。
…いや、踏ん張っちゃだめだろ、今俺は気絶している設定なんだから。
だが、どういうわけか誰にも気づかれず、僅かなブランクを経て再び誰かに支えられる。
前面に感じていた熱量が、今度は背中側に移る。
と、同時に、何故か一抹の寂しさを感じる。
こう、なんというか、布団をひっぺがされたような気分と言えば伝わるだろうか?
「はえ!? ええぇええ?」
!?
突然大声を出されて、身体が動きそうになったが、なんとか堪えた。
何が起きている?
「私達も、驚いた」
今度は耳元で声が聞こえる。
またしても身体がピクリと動きそうになるのを無理やり押さえつける。
耳は苦手だ。
それにしても、一体何に驚いたというのか?
「うん。 まさか人を拾ってくることになるとは、思わなかったよね」
捨て猫じゃないんだから、拾うという表現は人間に対してどうかと思うぞ?
「……こいつと、何か、会話はしたのか?」
「……ちょっとだけ」
なんだかこそばゆいな。
「………どうだった?」
「………やっぱり私達と同じく、他の場所からここに来たみたい」
ここに、来た?
「はあ。 なあんだ。
ここの先住民だったら、何か聞き出せないかと思ったんだが」
先住民?
ここは新大陸か何かか?
「それでも、私達と同じ人間を見つけただけ、大きな進歩だと思う」
人間を見つけることが、進歩か。
来た、先住民、進歩。
「それに、多分この子、男の子だ」
俺が自室でぶっ倒れて、目を覚ましたのは、一度も見たことがないような作りの部屋で、それはまるで、キャトルミューティレーションの途中で、宇宙人達の円盤船に取り残されてしまったかのようで……。
いや、まさかな。
……………………。
…まだ、積んでるゲームがたくさんあった。
ギターを始めてみようか、迷っていた。
恋人は作れなかった、どころか友達も少なかった。
その数少ない友達と、もっと馬鹿な話しをしていたかった。
一人で無茶してた母親が心配だ。
……もしかしたら、もう、それは全部出来なくなってしまったことなのかもしれない。
暫く三人の声が、耳に入らなくなった。
「私達は、ここにいる人間を私達以外に知らなかった」
少しだけ、現実に引き戻される。
こいつらも、こことは別の場所で産まれ育って、ある日突然ここに来てしまったのだろうか?
どうやらここには、こいつら以外に人間と呼べるものは存在しないらしい。
まあ、なんにせよ…
「ご、ごほん。 それは兎も角だ。
ユーリ、お前、そんなに長い時間ここにいるつもりなのかよ?
ここで、人生終わっちまっても、いいのか?」
ここで人生が終わる。
それだけは避けたいと思った。
まだ、やりたかったけど、やれなかったことが沢山ある。
きっと全員そうだろう。
そうだと、思い込みたかったのかもしれない。
「ここにいたい」
まるで鈴の音のような、透き通った声が、俺の耳から脳に向かって突き刺さった。
「私は、この世界のことも、今この世界にいる自分のことも、まだ何もわかっていない。
わからないまま、ここからいなくなってしまうのは、悲しい。
きっと、一生かかってもわかりようがない。
だからきっと、いつまでもここにいると思う」
こいつがわからない。
今、俺を支えているこいつがよくわからない。
でも、不思議と気持ち悪さではなく、心地よさを感じる。
……帰って、色々と続きを始める前に、まずせめてこいつのことをわかってから、ここから消えてもいいかな。
そんなことを考える俺は、きっともうこいつのことをわかってしまっているのかもしれない。
「あ、えっと、二人が帰りたいと言うのなら、もちろん協力は惜しまない。
ただ、私はここに居続けると思う」
…割と、人の気持ちもわからないやつなのかもしれない。
「ユリちゃん、それは悲しいことだよ」
「お前一人残して私達がどっか行っちまうわけないだろう?」
でも、間違いなく悪い奴じゃないな。
「あたしは」
「私もっ!」
「お前と一緒にいたいんだ。
だから、お前がいるこの世界に、あたし達もいる。
なあ、少年、お前もきっとそうなんだろう?」