1色目
私は、一体なんなんだろう?
どんな形していて、どんな匂いをしていて、どんな色をしているのだろう?
「ユーリちゃんっ。
遊びにきたよっ」
ベットの上に座って、そんなことを考えている最中、換気のため全開にしていた窓から、突然オレンジ色の短い癖毛を揺らして、太陽の匂いのする女の子が、いつも通り私の部屋に飛び込んできた。
ぽふん、と、私の横に着地する。
ベットのスプリングがきしりと軋んだ。
「ユリちゃん、今日はなに考えてるの?」
捉えようによっては、きっと失礼極まりないであろうその質問に、私がどうしても不快感を抱けないのは、この日向陽菜という女の子が、どういう子なのか知っているからだ。
「私は一体なんなんだろう?って考えてるの」
「むっ、ユリちゃんはユリちゃんだよ、まちがいないもん。
だって、ユリちゃんだからね」
理屈もなにも無い。
けれど陽菜にそう言われると、なるほどなと、つい思ってしまう。
そうして、なんだか、虚しくなってくるのだ。
自分は何をしていたのだろう?
一体何にどれだけの時間を消費していたのだろう、と。
そういう時、私は決まって、こうすることにしている。
「ヒナ、外に行こう」
「ふふん、ユリちゃんと不思議探しするの、久しぶりだね」
「そうね」
ヒナがスキップする度に、ヒナの髪がフリフリと跳ねる。
…かわいい。
私には、ああいうのは無理だ。
かといって、そうじゃないのも無理なので、私はなんなんだろう?
……そのうちわかるかな。
今は、そういうことにしておこう。
誰もいないいつも通りの道を、二人で歩く。
この道は、私のお気に入りだ。
赤い石が幾つも重なってできていて、その左端と右端を、これまた赤い石でできた民家やビルや不思議な建物が挟んでいる。
そんな道を二人で歩く。
コツ、コツ、という足音を二重に響かせて歩く。
二人以上ではないし、以下でもない。
それが不思議でもあり、丁度良くもあるのだ。
「ヒナ、足元気をつけて」
「大丈夫だよ、ユリちゃん」
赤い道の脇から伸びている、細くて暗い道を進んでみたら、コンクリートで出来た煙突の付いた大きい建物に辿り着いた。
今日はここで不思議探しだ。
所々割れたガラスが落ちているようなので、一応ヒナに注意をしておいた。
ヒナはスニーカーを、私は革製のブーツを履いているので、ガラスの上で飛び跳ねたりしなければ大丈夫だろう。
「さあ、行こう!今日はきっと何かがありそうな気がするの」
ヒナのこういう予感は滅多に当たら無い。
ヒナが予想を口にする回数に対して、本当に何かがある回数が圧倒的に少ないからだ。
ボロボロの建物の中を奥へ奥へと進んでいく。
当然この建物を整備している人なんているはずも無いので、常に危険と隣り合わせだ。
もしかしたら天井が崩れてくるかもしれないし、空気に触れると爆発する薬品が入った小瓶が床に落ちているかもしれない。
それでも、何もない場所でずっと何もしないで過ごすよりは、ずっとずっと楽しいし、どうせどこで何をしていたって、危険が全くなくなるわけでは無いのだ。
「わあ〜、すっごい綺麗だよ、ユリちゃん」
全く皮肉なことで、そんなことを考えていたせいで、自分たちが命の危険にさらされていたことに気づくのが遅れた。
「綺麗?」
「うん、ピカピカ光ってるの」
ヒナが指をさした先から、赤い光が放たれていた。
赤い光が近づいてくる。
一体なんなんだろう?
愚かな私は、いつも恐怖心よりも好奇心を勝たせてしまう。
危ないかもしれないことがわかっていても、近づいてしまうのだ。
見えた。
そのずんぐりとした小型のロボットらしきものは、右手に大型のナイフを、左手に銃の形をした何かを持ち、そして頭についたランプを、恐らく警告の意味で光らせていた。
「ゆ、ユリちゃん、綺麗だけど…怖いよぉ!」
ぎゅいいぃぃいん!
モーターがけたたましい音を出して、ロボットが私達の方に突っ込んでくる。
「ヒナ、走るよ!」
私はおろおろしているヒナの手を掴んで走り出した。
ただ、逃げることだけを考えた。
モーターの音がだんだん大きくなってくる。
これだけ走っているのに、引き離すどころか、距離を縮められている。
もっと…走らなきゃ。
もっと……もっと…………。
日頃の運動不足が祟ったのだろうか、息が上がって、足が動かなくなってくる。
もう、だめだ。
ヒナだけでも、逃げて、生き延びてほしい。
私は、手を開いてヒナの手を離そうと……
「あっ!?」
したのだが、その手が凄い力で引っ張られて、逆に握りしめてしまった。
どうやら、ヒナが何かにつまづいて転んだらしい。
ヒナに引っ張られて、私も倒れる。
横に下に、私達は手をつないだまま倒れる。
…下に?
おかしい。
そろそろ、床に頭を打ち付けても良い頃だ。
それなのに、私達の体は下に沈み続けている。
いや、落ちている!
ひゅおぉぉお。
風を切って私達は落ちる。
そして、ぽふん、とまるでヒナが私のベットに窓から飛び込む時のような音がして、私達は柔らかい何かに受け止められた。
「え?なに、どゆこと!?」
ヒナが動揺するのも無理は無い。
まるで鳥の巣だ。
この部屋の床一面を、しなやかなケーブルが幾重にも折り重なって覆っていた。
上を見上げると、天井がだんだん狭くなっていっている最中だった。
その穴の向こうで私達は追いかけっこをしていたのだろう。
天井が完全に閉じた。
完全に閉じた後でも周りが見えることで、始めてこの部屋に明かりがついていたことに気がつく。
明かりがついているということは、電気が来ている?
誰が?どうやって?
この世界に電気の管理をできるような人間がいるのだろうか?
いや、そこを考えても仕方が無い。
現に、この建物には電気が通っていて、この部屋には明かりがついている。
それを前提に考えよう。
なぜ、この部屋には明かりがついているのだろう?
明かりが必要なもの………。
人間?
こんな、日の当たらない場所で生活をするなら、明かりは必須だろう。
でも、まさか、そんなはずが……。
きゃああぁっ!
突然甲高い悲鳴があがる。
「ユリちゃん、大変だよぉ!
男の子が、男の子が、死んじゃってる!?」
姿は見えないが、それは確かにヒナの声だった。