7.売るは言葉、買うも言葉
上手いサブタイトルってなかなか思いつかないね。
西のヴァルラ国中でもさらに西にあり、南西の国との国境沿いにある街。それがオルクスである。
このオルクスは国境沿いに位置しているため建国当時から非常に敵国との接触が多かった。その名残で、外の壁から街の家々までのほとんどが石造りとなっている。そして街の大部分は兵達の生活空間となっていて、他の街に比べ冒険者や商人よりも兵の数の方が多い。
このような外観から『オルクス砦』と呼称されることもある。
しかし、その一方で国境沿いの街らしく色んな物が流通している。
武器も防具も品質のいいものがあり、道具屋の品揃えもなかなか。食料もヴァルラ国内では珍しいものも売ってある。また、王都以外ではなかなか取り扱われていない魔具もあってヴァルラ国内にいる冒険者の間ではそれなりに有名な場所でもあった。
「……話に聞いていた以上の寂れ具合だのう」
だが、そんな小さいながらに栄えていた時代も数年前のことである。
現国王の政権になってからというものの、毎年のように他国へ喧嘩を売る毎日である。戦火が続けば物資も減る一方。そのせいで飢えた野盗も増えていき、戦火に巻き込まれるのと野盗に襲われるのを恐れた商人たちは寄りつかなくなってしまった。
そのため現在のオルクスは物流がほとんど途絶えてしまい、剣も弓も盾も鎧も安く脆いものしかなく、道具屋も品薄状態。食料はあるものの自国のものばかり。魔具に至ってはもうどこにも売られていないという状態であった。
唯一無事なのは宿屋だけである。
予想以上の街の姿に、買出しにやって来たエルディアは憂いを帯びた目を向けていた。
「ふむ。姫鬼に言ったのは冗談のつもりじゃったのだがな……」
以前、暇だからこの国に介入してやろうと言ったのはちょっとした冗談のつもりだった。が、この街を見ていると今の王を懲らしめてやりたくなる気持ちが湧いてくる。
それは自らも一国の王であったがための、間違った王に対しての憤りだ。
「ま、それはまた後で考えるべきか。今は旅に必要な物を買いに来たのだ」
今の自分は王ではない。目的があるのに他国への干渉などしている場合ではない。と首を横に振って雑念を振り払う。
まず目先にある道具屋へと足を運ぶ。
中に入ると目に入るのは横広い店内と扇状に配置されている商品棚だ。そしてその店の中心の奥にカウンターがあり、そこにこの店の店主が椅子か何かに座っていた。
しかしながら、伽藍堂とまではいかないが所々棚が空いていてかなり品薄。しかも自分以外に客がいない。
実に閑古鳥が鳴いておるな、と感じつつやるべきことをする。
旅をするにあたって必要なのは食器と調理道具と複数枚のタオルと毛布である。途中で街や村に寄る短い旅だろうが長い旅だろうが、必ず自然の中で一日を過ごすのだ。こういった物はいくらあってもいい。本当のことを言えばもっと華美なものを揃えたいとこだが贅沢は言うまい。
続いてこの大陸の地図だ。
エルディアは千年前の地形を克明に覚えているものの、現在の形は知らない。もしかしたら大きな湖が出来ていたりで地形が変わっているかもしれない。そんな馬鹿な、と思うだろう。だが、過去に敵国を地図から消そうとして研究していた魔法を暴走させ自らが地図から消え、そこら一帯にクレーターを築いた国もあるくらいだ。この千年の間で似たようなことがないとは言い切れない。それにこのヴァルラ国のように新しく出来た国もあるし、現在の形を知るのは大切なことだ。
「……ないのう」
とは言ったものの、棚全てを見てもそのようなものは存在しなかった。
仕方ないので店主に訪ねてみることに。
「地図? 商人があまり立ち寄らなくなってから入荷しておらんしな……残ってたかのう?」
と、この道具屋の店主である白髪皺くちゃの老人は言う。
どうやら地図までお国事情で無いらしい。
(全く、下々の者の生活にまで影響を与えおって。同じ王として恥ずかしいわ)
もう国もないのだから王ではないのだが、やっぱり元王としてはそう思わずに入られない。
「う~む。確か倉庫にそれっぽいものが残っとったと思うが……ちょっと探してくるから、お嬢さんはここで待っといてくれ」
そう言うと店主はゆったりとした動きで店の奥へと消えていく。
そして暫く待っていると、ガラガラだとかドッシャンだとかパリーンだとか聞こえてきた。おまけに店の方にまで土煙っぽいのが微かに舞ってきた。
あの店主大丈夫なのか、とちょっと心配になってきた。
「けほっ、けほっ。ふぅ……足を躓いてしまったわい」
暫くするとその手に丸く筒丈にされた紙を持った店主が体のあちこちに埃や煤を付けながら戻ってきた。
「かなり激しい音がしとったが大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃよ。まあ、わしのことは気になさんな。とりあえず一つだけ見つけた」
店主はその手に持っていた紙をエルディアに渡してきた。
広げて中を確認してみると、そこにはエルディアの頭の中にあるものとかけ離れているわけではないものの少々の変化があったようで、記憶していたものとは違う形になっている地形も記されていた。残念ながらこの大陸全土とまではいかないが、アルティミア国までの道のりはきちんと記されていたので文句はない。
「埃臭いのが気になるが……まあ、ちゃんと記されておるようだしな。買おう」
「毎度あり。食器などを含めて銀貨二枚じゃ」
「少々ぼったくってはおらんか?」
この世界の通貨は、銅貨、銀貨、金貨、白銀貨の四つある。銅貨は日本円で言うと一枚百円くらいでそれが百枚で銀貨一枚、つまり一万円の価値がある。そしてそれが百枚で金貨一枚百万円の価値だ。さらに金貨百枚で白銀貨一枚一億円だ。
これは昨夜のうちにトゥルスに聞いておいたことだが、千年前とあまり変わりがなかった。
まあ、つまり銀貨二枚ということは二万円ほどなのだが、普通こんな安物ばかりでは地図を含めて銀貨一枚いくかいかないかくらいなはずである。
なお、ゲーム時代に姫鬼がカンストさせていたギルは取り出すと一ギルが一銀貨となっていたのを確認した。桁が億まであるので、全てをこの世界の通貨に換算した場合とんでもない金額になっていることだろう。
「仕方がないのじゃ。さっきも言ったが商人がほとんど来なくなってから品薄でな。これくらいじゃないと生活が成り立たん。これでもお手頃な方じゃぞ」
そう呟く顔には疲れが見て取れる。
「先王の時はよかった。あの頃はいろんな国との交易をし、流通の国として名を馳せておったというのに……今の王は何がしたいのか戦ばっかりじゃて。誰かなんとかしてくれないものか」
「誰か、か」
「あ、いや。お嬢さんには関係ないことだったのう」
「そうじゃな。ほれ、代金じゃ」
「毎度あり……って、お嬢さんこれは」
購入した物を受取り、代わりにエルディアが差し出したのは銀貨十枚だった。
「さっき地図を探してるときに色々壊れたような音が鳴ったみたいじゃからの。ま、妾が壊したわけじゃないが……ちょっとした心付けとでも思って受け取っておけ。ではの」
そう言ってエルディアは笑みを浮かべながら道具屋を立ち去った。
「……壊れたのは商品じゃなくて、わしの趣味で集めた骨董品だったんじゃがのう」
◇
「――――といったわけじゃ」
(ふ~ん。どこの世界もお偉いさんにはろくな奴がいないな)
道具屋での買出しを終え、その後食料の調達をしたエルディアは遅めの昼食をとりに宿へと戻ってきていた。そしてその昼食をとりながらようやく目が覚め、まだ半眼気味な姫鬼に冒険者ギルドでのことや買出しの時のこと話していた。
因みに買った物は全部アイテムボックスの中に突っ込んでおいた。
「妾はお主がいた国の総理大臣や議員とは違うぞ」
(どうだか。案外無茶なことしてたんじゃないか?)
「はぁ……お主は妾の記憶でも読んで少しはどんなことをしていたかどうかぐらい確認したらどうじゃ」
(いや、元日本人としては人のプライバシーにづかづか踏み込むのはちょっとな。それにお前も言ってたろ? 何でもかんでも聞かずに知るのは面白くないって)
確かに言ったがそれは知識の面での話であって、日常生活などには適用されない。
(それにさ、知られたくない過去だってあるだろ?)
「……ふん。変な気を回すでない。元は一つだったのだからお主にも知る権利はある」
別に知られたところで困ることなどないし、知られて動揺するほど自分は幼くもない。たんに言いづらいだけで言葉にしていない部分、例えば自分の両親のことだったり、その両親を殺してしまってから国を築くまでの人生のことだったりなどだ。
言いづらいのは、両親のことに対しては自分があまり思い出したくないだけで、人生についてはあまりにも凄惨で陰鬱であったからだ。
国が建つ前は自分、つまり吸血鬼という存在のことがよくわからず生きるのに必死で行動し、その結果人を数え切れない程殺しているのだ。それに姫鬼のように吸い殺すという綺麗な殺し方だけではない。中には彼がいた世界では見られないような残忍な殺し方もある。今更殺した者への罪だとか殺しに対する恐怖などがあるわけではないが、口にしづらいことであることに変わりはない。
しかしそれはあくまで話しづらいから口にしないだけで、両親のことは置いておくにしても自分の人生については記憶を見て知っておいてもらいたいと考えている。
まだ神からの直接的なアプローチはないが、遠くないうちに天人の神兵が送られてくることはまず間違いないだろう。
天人とは神に仕え、神に奉仕し、神のために生きて死ぬ種族。神が言えばそれが絶対であるとして、殺しだろうと平気でやってのける狂信者共で、集団で一人を殺すことについて恥も矜持も持ち合わせていない。しかも、前に述べた通り五千歳前後まで生きるくせにエルフたちのように出生率が低いというわけでもないので数も多い。
実に鬱陶しい上に、憎々しい奴らで……と、悪口はおいといて。とにかく、これから殺し殺されという生活が待っているに違いはない。姫鬼も人を殺した、とはいっても暴走状態で色々なことが一気にありすぎたためか、今は余り気負っている風ではない。だがもし、正気の時に殺して改めて殺しというものに恐怖を覚えてもらっては困る。
いくら真祖の吸血鬼が肉体的な損傷で死ぬことのない体だとはいえ、決して完全無欠の存在などではないのだ。痛みもきちんとあるし、強力な封印で拘束されれば動けなくもなる。殺しに動揺している隙につけこまれ捕まってしまう可能性だってあるのだ。
もちろん、ただ記憶を見ただけでは実感がわかないかもしれない。しかし、彼は自分であり自分は彼である。自分の経験したことは彼に還り、彼の経験したことは自分へと還る。完全ではないにしろ、少しでも殺しに対して罪の意識を和らげることができれば、と思う。
だというのに、当の彼はプライバシーだの気が引けるだのと……普段の勝気な言葉遣いに反してかなり小心者だ。
「む、言葉遣いで思い出したが……姫鬼よ、金輪際その男口調でしゃべることを禁止する」
頭の中で出てきた言葉遣い、という単語で午前中に決めていた必須事項を思い出す。
さっそく姫鬼に命令することにした。
(はい……?)
「聞こえなかったか? その口調を禁止すると言ったのだ。今日から妾と同じ言葉でしゃべってもらう」
(いやいやいや、いきなり言葉遣いを変えろって言われても困んだけど。つか、この言葉遣いが今の俺にとっての唯一の個性であってだな!)
「さっきも話したであろう。交替するたびに言葉遣いが違うと、説明やら言い訳やらという点で面倒なことになるのだ」
(だったらエルディアが俺に合わせるってのもアリじゃないか)
「何を馬鹿なことを。妾は女なのじゃぞ? 女で男言葉をしゃべる者が何処におる」
(いる。ボクっ娘、俺っ娘と二次元の世界にはいっぱいいる。だから男言葉で女の子がしゃべっていても何の問題もない! それにそんながさつな喋り方をする女子が恥ずかしがったりデレたりする姿は健全な男子として非常にそそるものがあってだな! これぞ日本が生み出した萌えの文化! まさしく真理! 俺としては――――)
そうして姫鬼による日本の萌文化について熱弁は半刻ほど続き、終わる頃には既に昼食を食べ終わっていた。面白半分に聞いていたが、途中で姫鬼個人の思いが語れ始めたのでそこらへんからは耳に蓋をして黙々と昼食を食べていた。
(――――というわけで、俺が男言葉で話すことに何の問題もない)
「ふむふむ。後半はどうでも良いが、前半の話を聞いてお主に一つの真実を提示しよう。がさつな喋り方をする女の困ってる姿に卑しい目が向けられるということは、それはつまりお主がその卑しい目で見られ、挙句酔った男共のつまみにされるということだぞ。それを想像した上で男口調を通す、というなら妾も考えてやらんこともない」
「………」
もちろん、本当に考えてやる気はない。
しかし今の自分の言葉を頭の中で想像しさらにその先まで考えてしまったのか、顔を青ざめ口をダンマリと閉じて苦虫を何匹も噛み潰したような表情をした。
この時点で姫鬼が男口調をやめることは決定したと言える。
「よし、心の中ならいつでもどこでも何度でも練習可能じゃろうから今から開始といこう」
(ちょ、ちょっと待ってくれ! いきなりはさすがに……)
「妾の名はエルディア・デモンナイト。ほれ復唱せい。一人称だけ変えただけじゃから簡単であろう」
(……ワ、ワラワノナハエルディア・デモンナイト)
「なぜ一人称変えただけで片言になる。もっと自然に言えんのか」
(し、仕方ないだろ! 俺はこの口調で二十二年生きてきたんだぞ!)
「はぁ。先が思いやられるのう」
姫鬼のあまりの駄目っぷりに息を吐く。
実は頑なに男言葉から離れたくないのは、あまりにも女だと言われ続けて少しでも男らしい部分を作ろうとした結果がこの口調なのであり、ゲーム内でエルディアの姿であった時でもこの口調だけは変えることがなかった。そして体も声も完璧に女へと成り果てた現在において唯一男であったこと示す証であるという、彼なりの理由があったりする。
もちろんそんな彼の思いは彼と違って思考を読むことに対して躊躇わないエルディアには知られているのだが、エルディアはそんな彼がたじたじながら自分と同じ言葉を使ってる様子を愉しみたいのである。
息を吐きながらもその唇の端が上がっているのいい証拠。
「お姉ちゃん?」
「む? メルルか。どうした?」
心の中で一生懸命に『妾』という一人称を練習している姫鬼をニヤニヤしながら眺めていると、メルルが不思議そうな表情をしながら声をかけてきた。
「さっきから一人で何喋ってるの?」
どうやら姫鬼との会話を独り言と思ったらしい。
まあ、心の中での言葉は姫鬼とエルディアにしか聞こえないからそう思うのも仕方ないだろう。周りの反応も忘れて口に出していたエルディアにもミスがあったのだが。
「むー・・・そうじゃ。妾は今精霊と会話しておったのじゃ」
本日二度目の口から出まかせである。
「えー、なんだか今考えたような説明。それに精霊と会話できるのってエルフだけでしょ?」
だが子供といっても十を超えた少女。さすがにこの程度の嘘はバレバレだったようだ。
「確かに精霊と話せるのはエルフ族だけじゃが、何事にも例外はあるもの。世の中自分の認識のみで考えてはいかんぞ」
「そーなの?」
「そーなのじゃ。して、メルルは何をやっておるのじゃ? お盆を持っておるようじゃが」
「お母さんのお手伝い!」
周りを見てみると、朝食の時とは違って多数の宿泊客達が昼食をとっているのが目に入る。さすがこの町一番とだけあって人の数が多い。どうやらこの宿はマユラ一人で切り盛りしているようなので、娘であるメルルが手伝いをするのは当然のことだろう。
なお、客のだいたいがギルドで見たような人間だったので冒険者がほとんどなのだろう。当然戦火にあるため一般の客や商人の姿は見受けられない。
一応この宿にはトゥルスという商人がいるが、今は居ない。商工ギルドでこの国での通商許可を貰いに行くと言っていたので、まだそれが済んでいないのだろう。冒険者と違って商人は自由ではなく、地域ごとに商売をするための許可がいる。それは流通の流れを乱さないようにするためなのだ。ある一つの川が流れている場所に別の川が衝突し激流を生んでしまい危険が増える、といった感じの例だとわかりやすいだろうか。
「そうか。メルルは偉いのう」
とまあ、関係の無いことはどうでもいいこと。
そんな考えは投げ捨てて、目の前の頑張り屋の頭をナデナデしてやる。
「くすぐったいよ、お姉ちゃん」
「ふふふ、子供の頭は実に撫でがいがあるのう」
「っもう! 子供じゃないってば!」
今朝同様に怒りながらも気はずかしいのか頬を朱に染めるメルル。
だがそんな姿お見ていると、余計にナデナデハグハグしたくなってしまう。
エルディアは子供好きなのだ。
「メルルー。次の料理運んでもらえるかしら?」
「あ、はーい。今行くー」
が、マユラが呼んだためメルルは厨房まで駆けていってしまった。
エルディアは名残惜しそうに手のひらを見つめた。
「はぁ。昔は国の子供たちと一緒に戯れたり、魔法を教えていたりしていたのだがのう。もうあやつらの笑顔を見れないとは……わかっていても、なかなか納得できぬな」
(妾妾妾妾妾妾妾妾妾妾)
「で、お主はさっきからなに同じ言葉ばかり連呼しておる。うるさいのう」
(練習しろって言ったのはどこのどいつだっての。お、わらわだって好きで連呼してるわけじゃねぇやい)
まだまだおぼつかないが、どうやら一人称は一応「妾」と言えるようにはなったようだ。しかし、その反動なのか他の部分が余計荒くなっているのが嘆かれる。
(ていうかお……わらわ、のことはどうだっていい。これからどうする)
「これから、とは?」
(元々このままアルティミアに行くつもりだったんだけど関所通れねぇんだろ?)
「関所を通らなければ良いだけであろう」
(本当にそれでいいのか? かなりこの国の王に憤慨してたじゃねぇか)
「それで? まさか妾に王都まで赴いて糾弾しろ、とでも言う気か? 妾達の目的はあくまでこの空白の千年を知り、神への対策を万全にすることだぞ。国の細事に関わるほど暇ではない」
確かに。この国の王に対して憤りはある。しかし、それは元一国の主であったがゆえの憤りである。冒険者のエルディアでしかない今の自分にその気持ちをぶつける気はない。
「故に、その話は捨て置け。今はこの街でしばし依頼を受けるかどうかということを話し合うべきじゃ」
(お前がそれでいいってんならいいけど。で、依頼を受けるかどうかってんなら、俺……じゃなくてわらわは受けるべきだと思うぜ)
「理由は?」
(地球側と違ってこっちはあまり交通の便が発達していないし、羽を使って移動する気もないんだろう? だったら一つの街に移動するだけでかなりの日数が必要になっちまうし、受けられるとき受けないと一ヶ月なんてあっという間だ)
「なら受けるとしてどんな依頼が好ましいのじゃ?」
(そうだなー。ゲームだと街の人間の好感度を上げておいたほうが報酬が増えたり、場合によっては買い物をするときの値段が値引きされたりとしてていいんだが)
「リルカも似たようなこと言っていたな。しかし、報酬が増えたりしても今の妾たちにはお主が集めていた物があるからな。そう考えると雑用は必要ではないのではないか?」
(千年前にはいなかったモンスターが蔓延ってんだ。つまり俺たちが知らない物だってあるかもしれないってことになる。こんな世界だからな、手に入れれるものは全部手に入れといたほうがいいぜ)
となると、やはり雑用はしたほうがいいのかもしれない。
(まあ、雑用四で調達と討伐が三で大丈夫だろう。でも雑用ねぇ……ジロー)
「なんじゃその目は。妾が雑用ができないとでも言うつもりか?」
(だってな。元王様って言うぐらいなんだし、そういったことは全部家臣に任せっきりだったんじゃないか? もしくは力がありあまりすぎて色々と壊しまくってたり、とか)
確かに王となった後は、何人もの侍女がついたため自分で料理などをしなくなってしまった。
だが、そのまるで何もできない怪力女みたいに言われるのは心外だ。
もう二千年ほど前だが、様々な魔法の習得のための修行時代においては師の部屋の掃除、調理から材料の確保に至るまですべて自給自足だった。ブランクはあるもののそこらへんの娘よりも家事スキルは高いと思っている。
「はっ! そういうお主こそ、日夜カップ麺とやらばかり食べていたくせに力仕事などできるのか? せいぜいお使いが精一杯なのではないかのう」
それに比べ、向こうの世界での彼の生活態度はかなりダラダラとしたものだ。自炊はほとんどせず、インスタントばかり食べ、早いうちからゲームクリエイターという職業で成功していたためずっと室内での作業で体力などはほとんどなかった……と、彼の記憶をみてわかっている。
つまり、彼に雑用云々で自分に何かを言う資格はない。
(ふん! 食生活と普段のダラダラ生活=何もできないモヤシ野郎と思うなよ! ゲームでの雑用は限りなくリアルなものにしていたからな。その経験があればこの街の雑用もちょちょいのちょいだ!)
「実践に勝る経験などないわ。妾の何百年もの経験に比べれば紙くず同然よ」
(その何百年の経験もずっと前の話なんだろ? なら最近まで経験していた分俺の方が有利に決まってる)
「ほう、言うたな? なら一勝負してみるか? あと先程から一人称が戻っておるぞ」
(おう。その勝負受けてやろうじゃんか。この際一人称はいいだろ)
「ならば日時は明日の朝から夜まで。受けられるだけの依頼を受け、交互にそれをこなし成功の数を競うとしよう」
(じゃあ、今日はこれで寝ようぜ。今日みたいに午後起きじゃ勝負できないからな)
「午後起きはお主だけだが……妾も朝はそんなに早くは起きれんしな。そうするとしよう」
売り言葉に買い言葉。
今後の予定を話していたはずなのに、いつの間にか雑用勝負にまで発展してしまっていた。
結局元はたった一人の吸血鬼なので基本的な筋力も何もかも同じだ。つまり戦闘以外では優劣がないので勝負する意味はあまりない。しかし、そもそもエルディアという人物が負けず嫌いな性格である。いくら魂が別れ人格も二つになっているとはいえ根本的なところは同じ。どちらも自分自身になど負けたくないという無意識の想いを抱いていた。
二人は昼食の食器をマユラに返すと、昨夜も寝た部屋へと直行していくのであった。
そんな彼女らの様子を不思議そうに周りが眺めていた。
先程も言ったが、心の中での会話は二人にしか聞こえていない。にも関わらずブツブツと独り言を言っていたエルディアがいきなり声を張り上げて喋る様は、周りから見たらかなり奇異に映る。
後日妄想癖の残念美人として宿の中で有名になっていたのは余談であろう。
読んでいただきありがとうございます。誤字脱字、感想等ありましたらビシバシお願いします。
漸く起床したかと思えば口調の変更を強いられ、あっという間に就寝。主人公なはずなのにエルディアよりも出番が少ないとはこれいかに。
それにしても、さっくり次の場所に進むつもりだったのに書いてるうちに勝負事になってしまった。
なぜなんでしょう?