6.ギルドについてとお国事情
遅くなりました。前回に引き続きギルド内での会話です。
「――――おっほん。話が脱線しちゃったけどギルドの説明に入ってもいい?」
「うむ」
脱線したのはリルカの所為だろうに、という言葉は飲み込んで頷いて話を促す。
年齢を見せた後で二人に、というかリルカが執拗にエルディアの種族を尋ねてきた。
吸血鬼というのは見た目が人間とほとんど変わらないため、ぱっと見ただけでは判断ができない。特徴として紅い瞳や牙があるものの魔族にも似た特徴の者がいるのであまり目新しい部分とも言えない。そして今の時代の人では御伽噺の存在である吸血鬼にまで行き着くことはほとんどない。
だから、トゥルスの話を聞いてダークエルフのハーフと納得しかけていた。
ハーフは親のどちらの性質も受け継ぐが、瞳の色を除いて見た目はどちらか一方にしかならない。なのでそう考えるのごく自然である。
ところが、エルディアがみせたギルドカードにあったのはハーフどころかダークエルフでもありえない年齢だった。
エルフ族は個人差はあるが、千歳前後が基準である。最も長いのがハイエルフで、おおよそ三千前後まで生きる。他に長いのが天人と呼ばれる種族で、彼らは五千前後まで生きる。魔族は個人差が激しすぎるので正確な平均はわからない。他の種族は千歳まで生きることはめったになく、ハーフはどのハーフでも五百生きればいいほうである。
そうしたことからエルディアはハーフに当てはまらない純種族であることは明白だが、見た目に人外さがないためいったいどんな種族かわからない。
リルカが気になるのも当たり前であろう。
しかし、エルディアは自分の種族を明かす気はない。なので秘密だと言い続け、半刻程経って漸くその話題から開放された。
ちょっとした悪戯心があったものの、ここまで執拗に聞かれると思ってなかったエルディアは自分の軽率な行動を反省した。
「じゃあまずランクと依頼の説明から。ランクはSからEまであってそれぞれで受けられる依頼が異なり一番上のSに近づくほど依頼の難易度も上がるの。今エルちゃんは最低のEランクだから受けられるのは街の雑用と調合に必要な素材の集収。後は弱いモンスターの討伐ね」
「素材を集めるのとモンスターの討伐はよいが、街の雑用は冒険者のすることではない気がするのだが……」
冒険者とは冒険してなんぼの存在だ。その冒険の途中で依頼されたモンスターを討伐したり、薬の材料などを集めるのはわかる。しかし、街の雑用などする必要がないのではないか。そんなことまでしてしまったら、それは冒険者ではなくただのなんでも屋だ。
「ご尤もな意見だけど、街の雑用っていうのは要は街の人とギルドから信頼をもらうためにするのよ。信用をもらえばそれだけ報酬も高くしてくれるかもしれないしね。それに、いくら腕があっても信頼がないと高難度の依頼なんてまかせられないし」
「なるほど」
高難度の依頼は要は失敗してもらうと困る依頼である。もちろん全てがというわけではないが
「で、続きなんだけど。ランクは依頼を受けていく事に貯まるギルドポイントっていうものが規定値に達すると上がっていくわ。ギルドポイントが百ポイント貯まれば昇級。ただ、Bランク以降はポイントが貯まった後に昇級試験を通ることによって上がるわ。ポイントは依頼の難易度によって変わるけど、討伐系の依頼が一番ポイント高いよ」
「どんな内容の試験なんじゃ?」
「それは担当試験官によって毎回変わるから教えられないわね。さて、ランクと依頼についてはこんなものかしら。Dランク以降の依頼内容はその時になったら説明するわ。次に規則についてだけど、細かく言うと長ったらしいから簡単に言うわね」
「規則なればこそ細かく言うのではないのか?」
「冒険者みんながみんな頭のいい人ばかりじゃないからね。あんまり細かく言うと覚えられない人も多いのよ。だからわかり易く且つ的確に教えるようにしてるの」
「妾は頭が悪くはないのだがな……まあ、要点がきちんとしているなら構わん」
「じゃあ言うわね。一つ、命の保証はしません。二つ、他人の依頼を奪ってはいけません。三つ、一月に一定の成果を出しなさい。四つ、現在居る街にモンスターが入り込んだりした場合には協力して討伐すること。五つ、ギルド及びそこに登録する者たちはどこの国にも属することはありません。以上の五つをしっかり頭の中に入れておいてね。なお二つ目と三つ目を破った場合はギルドから除名されることもあるから特に気を付けてね」
確かに的確でわかり易い説明だった。
これなら頭の悪い人でもすぐ理解できるだろう。
「他に質問は?」
「ない」
「じゃあ、これで登録と説明を終わるわね。細かいところが気になるならこの本を読んでね」
そう言って薄めの冊子が渡された。
『初心者でもわかる冒険者♥』というタイトルが表紙に書かれている。
文の部分がタイトルになるのわかるが、なぜ最後にハートマークが付いているのだろうか。いや、そもそもこの本はどう見ても……。
「手作り?」
たしかアストレインでは普通に活版印刷があったはずなので、こうして文字が歪むことも一つずつ大きさが違うこともない。
だがこの本は文字の歪みといい一文字一文字がばらばらな大きさといい。どう考えても手作りの本だ。
「それね、私が作ったの! どう? 愛がこもってていいでしょ?」
「リルカが作ったのか」
なるほど、と納得した。
確かに彼女ならわざわざ手作りしてでも作ってそうな気はする。それに、愛がこもってるかどうかはさておいてこのハートマークが実に彼女らしいと思う。
「まあ、ありがたく? いただいておく」
「疑問形なのがちょっとお姉さん悲しいけど、貰ってくれてありがとう! それで、どうする? もう依頼受ける?」
ふむ、と考える。
今日はもう市場に出て今後の旅の準備をするという予定が入っている。野営に必要な物や周辺の地図を買う、といった感じでだ。
依頼は一月のうちにある程度の成果を出さないといけない。他の街や村に寄らないわけではないが長旅になることは間違いない。この街でできる限りの依頼をこなしておいたほうが良さそうではある。しかし、これは姫鬼と相談してから決めるべきであろう。その結果によっていつこの街を離れるかが決まってくるからだ。
「とりあえず今日は受けん。市場で買い物を済ませねばならんのでな」
「何を買うの?」
「旅に必要な道具など、じゃな。妾はアルティミア国に行くのでな」
「アルティミアに? ここって西のヴァルラ国の中でも最も西なのよ。アルティミアに行くにはこの国を横断しないといけないんだけど……ここってほら、今戦争中じゃない? その相手がそのアルティミアなのよ。だから今この国から渡ろうとしても国境にある関所で門前払いを食らうと思うわ。かといって、ほかの国から渡ろうとすると遠回りになっちゃうしね」
「なに、それは本当か?」
「本当さ。しかも本来この国とアルティミア国はこの国が建国して以来の商売相手なんだ。だが、今の王になってからいきなり戦争を仕掛けて流通は止まっちまうし、戦火に巻き込まれるのを恐れて他の国からもあまり立ち寄られなくなっちまっている」
リルカの言葉に今まで若干空気気味だったトゥルスが補足を加える。
「おかげでこの国は輸入に頼ってた物がかなり不足している。まあ、それを利用して俺のような自国で上手くいってない奴が入ってきたりもするんだがな」
そう言って自分のことを嘲笑する。
利益を求める商人とはいえ、彼は欲ばかりに目が行った悪徳商人ではない。一人の人間としてはこの国の現状を憂う気持ちもあるのだろう。
「それにしても、あの街道には野盗もよく出るんだけどよく護衛もなしに来れましたね」
「もちろん気を付けてはいたさ。でも最近ではかなり他の国に流れてるらしいから、イチかバチかで来てみたんだ。まあ、野盗よりも嫌なのに出くわしちまったがな」
ははは、とゲルプラントに襲われた時のことを思い出してか苦笑いをする。
せっかく野盗にも襲われず順調に進んでいっていたのに最後の最後でアレなのだから仕方がないだろう。しかし、その野盗がエルディアの封印を解いていなければ彼女たちがその場面に出くわすこともなかった。間接的にとはいえ、まさか警戒していた連中に逆に助けられていたとは思わないだろう。
(野盗、か)
その一方でエルディアもその野盗について思い出していた。
姫鬼の暴走によって一人を残して全滅してしまったのだが、その一人であるスウェンは今頃どうしているだろうか。
まあ、武器も資金も渡したので一日ぐらいでは死んではいないだろう。上手くいけばどこかの街にたどり着いて食いつなぐことはできる。
「まあ、そういうわけだから今この国からアルティミアに行くのは無理よ」
「そうか……まあ、いざとなったら関所や街道から離れた場所から入るとするか」
「えー……と、それ本気?」
「ま、まあ。お嬢ちゃんなら大丈夫なんじゃないか」
なんだろうか。
リルカはとても微妙な表情を浮かべ、トゥルスは苦笑いを浮かべている。
「何か問題でも?」
「問題って……エルちゃん、知らないの?」
「だから何が?」
「昨日も話したが、街道に貼ってある結界は強力なモンスターを街道に寄り付かせないためのものなんだ。つまり、逆を言えば街道から離れれば離れるほど強いモンスターが居るんだ」
街道にある結界はただ強いモンスターの侵入を防ぐだけではなく、近寄らせることもないようにできているらしい。そのため、結界の近くでは弱いモンスターしか出現せず、遠くでは強いモンスターが現れるのだ。
つまりエルディアの取ろうとしている手段だと危険が大きいということだ。
もちろんモンスターにも生息地はあり、地域によって強さの幅は異なるので街道から離れれば必ず強いモンスターに遭遇するわけではない。ギルドもその辺はきちんと把握しているので、冒険者たちも本当に危険な場所には近づくことはない。
(ふん。確かに移動だけなら楽になっとるようだが、街道以外だと面倒極まりないのう。昔からあやつは一つの箇所に絞ると他が疎かになっておったが……全く、いつもその癖は治せと言うたというのに変わっておらんではないか)
心の中で今も変わらない昔の知人に呆れる。
まだ確定したわけではないが、エルディアの中では既にあの結界を貼った者が知人だと確信しているのであった。
「それで。妾に素直に遠回りをしろ、とでも言う気か?」
「もちろんその気よ」
本当に駆け出しの冒険者であるならその助言は非常に助かるものである。しかしエルディアはランクがEで現在昔より弱っているとはいえ、実力だけならAランクに当たる。驚異的な再生能力もあってちょっとやそっとのことではどうにもならない。
「俺は大丈夫だと思うぞ? ゲルプラントも一撃だったしな」
「私はそうは思ってないわ。そもそも本当にゲルプラントを倒したかなんてわからないし、お姉さんは心配です!」
「その心配は受け取っておくが、妾が考えを改める気はないぞ」
急がば回れ、とは言うが決して急いでるわけではないのでわざわざ時間がかかる方を選ぶ必要はない。
ゆっくり最短ルートで行けばいいのである。
「それに冒険者には危険がつきものであろう?」
「危険が伴うことと危険に飛び込むことは違いますっ!!」
そんな突っ込み、寝耳に水である。
読んでいただきありがとうございます。誤字脱字、感想等ありましたらビシバシお願いします。