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3.犯人の初戦闘

 「はぁ~……」


 スウェンと名乗った金髪の野盗と別れ古城を出たあと、エルディアではなく姫鬼は大きなため息を吐きながら、緑生い茂る森の中をトボトボと歩いていた。


 (おい、なに大きなため息をついておる。一応言っておくが吸血行為(しょくじ)はお主の所為じゃからの)

 「んなこたあわかってる」


 彼は今、魂の部屋での事が気にならなくなる程に罪悪感と羞恥心に苛まれていた。

 魂の部屋での会話中、封印が解けて目を覚ました彼らが最初に見たのは無数の人間だった。あちこちに傷が付いた革製の装備に安価な剣と弓。ほとんどが血走った瞳に飢えのためかひどく痩けた頬といった、見ただけで野盗の群れとわかる彼らを視認した瞬間、彼の中にとてつもない衝動が駆け巡った。飲みたい、という吸血鬼ならではの単純な吸血衝動だ。

 そして彼はエルディアの静止も振り切り、体の主導権を奪って彼らを吸い殺してしまったのだ。

 一人を残して全員吸い終えたところで満腹感を感じ、その隙にエルディアが主導権を奪い返したのである。そのおかげで、スウェンだけが生き残ることができた。もしもあそこでエルディアが主導権を奪っていなかったらスウェンも殺していたかもしれない。

 というか、吸い殺しておいて罪悪感ぐらいしかわかないし、意外と冷静である自分が怖い。


 (まったく。本当に我ながら(・・・・)恥ずかしかったぞ。獣のように貪りおってからに)

 「だからさっきから何度も謝ってるだろ。ところでさ、俺の中じゃ真祖って吸血衝動はあまりない認識なんだけど。あんな風に突然くるものなのか?」

 (生まれて間もなかったり、相当に空腹だったりしなければそうそうない。基本真祖は吸血衝動はあっても絶対血が必要というわけじゃないからのう。が、今回お主はそのどちらも当てはまる状況だった)


 人間から吸血鬼になったことで生まれたてのような状況となり、千年何も食べていなかったエルディアの体は相当にお腹がすいていた。

 つまり、彼の吸血衝動は必然だったというわけである。


 (しかしいくらそれらの理由があったとしても、妾の体であのような痴態を晒したのだ。怒って当然であろう)

 「俺の体でもあるんだけどな。そういうエルディアは、その痴態を晒したことはないのか?」

 (ないとはいわん。あまり長い間我慢するとさっきのお前のように理性が吹っ飛んで見境がなくなってしまうからの。数十年に一度くらいは吸ったほうがいいのじゃ)

 「ということは、今回一度吸ったわけだし、暫くは大丈夫か」

 (と言いたいところじゃが、お主は人間として過ごした期間があるからのう。一般の真祖より吸血衝動への耐性は低いと見ていい。気をつけることじゃ)

 「へいへい……」


 今現在、彼らは一番近くにあるヴァルラ国の街へと向かっていた。

 ヴァルラ国はゲームでも、エルディアでも聞いたことのない国だった。おそらく彼女が封印されている間に新しく建国したのだろうし、ゲームにないのはエルディアの一部である姫鬼が夢に見ていたのは彼女が封印される前の世界だからだろう。

 戦争中とのことだったが、とりあえず食料などを買い込んだり情報を集めたりしなければならないので俺としては気が進まないが行くことにしたのだ。

 本当は飛ぼうと思ったら飛べるが、自分たち以外の吸血鬼がいない以上目立つ行為は禁物。極力自分の足で行くことにした。

 なお、今は姫鬼が体を動かしている。はやく体に慣れろとのことで。


 「しっかし、やっぱ現実なんだよな」

 (なんじゃ、まだ信じておらんかったのか?)

 「目を覚ましたら自宅……っていうのに、ちょっとは期待してたんだけどな」


 すっかり女性になってしまい、歩くたびにその豊満な胸がユッサユッサと弾んでしまう体を眺めながら諦め口調で呟く。

 古城を出てから確かめたが、ステータス画面はしっかりと確認できたもののログアウトは出来ないし知り合いやGMゲームマスターとのチャット回線も全く繋がらない。さらに普通に満腹感というものを感じてしまっている。満腹感が感じるということは空腹感もあるわけで、ゲーム内ではそんなものは全く感じないはずなのだ。これが現実でなくてなんだどいうのか。


 「でも、ま。アイテムボックスが使えたのは幸運だったな」

 (お主が仮想空間にいるときというある種、体と魂が別れていたときに、神の一撃によって死にそうになったお主を妾が呼び寄せたからだろうな。中途半端な状態が中途半端な結果を生んだと言える。ふふふ、神は殺すどころか大きなプレゼントをしてくれたようなものだ)

 「ゲームで貯めたギルも普通にあるしな。生活費にゃ困らんな」


 姫鬼はゲームでギルをカンストさせている。ここでの通貨に換算していくらあるとかは全くわからないが、少なくとも衣食住には困りはしないであろう。

 因みにさっきまで胸の部分が少々破れたドレス服だったが、今は【闇巫女の服】という名前の巫女服をアイテムボックスから取り出して着ている。巫女服とは言うが通常の巫女服とは形状が違い、黒染めだったりアグレッシブな動きを想定しているため各所が大胆に開いて肌が見えていたりしている。また、腕には鋼竜というドラゴンの甲殻を用いて作られた手甲をはめている。ただ足に履いているのは魔狼の皮をなめして作られたブーツで多少和洋折衷な場違い感があるが、動きやすさ重視なので下駄や草履ではなくこちらにした。

 補足だが、着替えるときは当然エルディアが動いている。その間俺は一切体を見ていない。断じて見ていない。

 さらに補足だが、この服を選んだのはエルディアである。なんでも着たことがない種類らしいから着てみたかったらしい。


 「でさ、とりあえず目先の国に行くとして……それからどうすんの?」

 (そうじゃな。スウェンにも言うた通りのことをするつもりじゃが、ただ見て回るだけではつまらんのう)


 吸血鬼はその有り余る寿命のせいで暇になってしまうことが多々あるらしい。しかしいくら人外の存在とはいえ基本は人と変わらない。吸血鬼にとって暇は最大の敵とも言うように、何もしないで過ごすなど耐えられないのだ。


 「じゃあどうすんだ?」

 (確かこれから向かうところは戦争中じゃったな。ふふふ、介入してみるのもありか)


 さっき人に目立つ行為は禁物だ、とか言っていたのに。

 そんな想いを込めた視線を向けると、それはそれこれはこれ、と不敵な笑みで返される。


 (まあ、これからのことはこれから考えるとして、お主は早う妾の知識を思い出せるように努力せい)

 「知識なぁ……魔法、とか?」


 エルディアの知識、と言われても彼にはそんな知識などこれぽっちもない。ゲーム時代に覚えた数々のスキルなら覚えているが。

 彼女の話によれば、本来の体から離れてたから魂がど忘れしているだけだという。なので、体に慣れさえすればそれが引き出せるようになるはず、らしい。


 (その程度のことを恐る神ではなかろう。もっと、こう、きっと、たぶん……すごいものに違いない)

 「なんでそんな微妙な言い方なんだ? まさか、知らないのか?」

 (……知らぬ)

 「えー……」


 自分で魂分けといて知らないときましたよ、このお嬢さん。

 無責任にも程があるだろう。


 (う、うるさい! 知識全てということは、今の妾にはそもそもどんな知識を有していたのか、一般の魔法も含めわからんのだ! だからはやく思い出せと言うておる!!)

 「なんか、俺がエルディアの知識っていうの間違いなんじゃないかと思えてきたよ」


 あれだけ証拠が揃ってるのにな。


 「ま、そこらへんは置いておくとして、今エルディアには吸血鬼としての力しかないんだな?」

 (そうじゃ。さしずめ妾が『力のエルディア』で格闘などの身体技能専門。お主が『知識のエルディア』で魔法や特殊な能力専門といったところかの。が、頭だけ良くても意味がないのと一緒、知識だけでは身は守れん。その逆もまた然り。そういうわけだからそこらへんのモンスターでも狩って訓練するといいじゃろう)

 「実践で鍛えろということか……どこの某戦闘民族だ」


 オラわくわくす……るわけぇだろ。

 どっちかっていうと、伝説の人を目の前にモノの数秒で「もう駄目だ、逃げるんだ~」って言う人に近いよ。最初だけ威勢がいい男だよ。


 (残念ながら尻尾もなければ変身もできんがの)

 「な、なぜわかる?!」

 (言い忘れていたが、お主の知識というか記憶から思考に至るまで自由に引き出すことができる。魂レベルでくっついておるからの。だからお主が知識を思い出してくれたら妾も知識を思い出せるという寸法じゃ)

 「あ、だから何も言ってないのにゲームのこと知ってたり、アイテムボックスからアイテム引き出せたり出来たのか。プライバシーもあったものじゃないな」

 (因みにお主も妾のを引き出すことができるぞ)

 「ほう、それじゃあ人には聞かせられないあれやそれも暴露し放題か」

 (残念じゃったな。未だ純潔ゆえお主の考えているようなエッチなエピソードはないぞ。よかったのう。お互いまだ未体験で。さすが元々同じ魂なだけある)

 「やめてくれ! 女顔のせいで二十二年間彼女なし童貞の記憶を掘り返さないでくれ!!」

 

 もうそんな不埒な考えは致しませんと、脳内でダイナミック土下座する俺であった。




◇◇◇




 その後、俺の世界やエルディアの世界についてあれやこれやと、たわいもない会話を進めながら俺たちはヴァルラ国へと順調に歩を進めていった。

 そして日が真上を超え、沈むために傾き出した頃。それは現れた。


 「……こんなモンスターいたっけ? つか、このモンスターはちょっとなぁ」

 (……妾もこんなやつはしらんのう。確かに、ちょっと趣味が悪い)


 道なき道を突き進むこと数時間。

 突然円形に森が開けていた場所を発見。ここらで少し休むか、と思って寄っかかるのに手頃な木を探していたら、ここに入ったのは何もんだ~って感じを纏ったモンスターが現れた。だが、そのモンスターは彼らの記憶には一切いない奴だった。

 スライムと思われる半透明の体の中に、骨や臓器がそのまま見えた狼型のモンスターの群れ。おそらくここを縄張りとしているのだろう。

 ぶっちゃけキモイというのが俺とエルディアの感想だった。特に胃と思わしきところに食った物がグチャグチャに見えているところがなんとも。


 「さしずめ、スライム・ウルフといったとこかな」

 (何を暢気に名前など決めておる。ほら、くるぞ!)


 6体のスライム・ウルフの群れが一斉に吠え、一斉に彼らに突撃してきた。

 一体その体でどうやって声を出しているんだ、と内心ツッコミながら俺はそれに身構えて臨戦態勢を取る。今は武器を何も装備していない。なので、こちらに跳ねてきた一匹を手甲をはめた腕で殴り飛ばし、次に足へ噛み付いてきた二匹を巫女服のスカートを翻しながら回し蹴りを決め弾き飛ばして後方にいた二匹にぶつける。そして最後に残った一匹には脳天めがけて空手チョップを決め大地に叩きつける。


 「意外と呆気ないな」

 (それはどうかな)

 「え?」


 もう倒した気になった俺に、エルディアが忠告をする。

 そしてその言葉が真実だったようで、スライム・ウルフ達はまるで何事もなかったようにムクリと起き上がって再びこちらを睨みつけていた。


 (中身は固体だが、それを覆う皮膚はスライムなのだ。打撃攻撃は効かないと見ていいじゃろう。つまり、こいつらを片ずけるには――)

 「斬撃か、魔法ってことか」


 答えを出したところで彼は斬撃を選択する。

 袖に手をいれ、アイテムボックスから連鎖刃【ウィプスブレード】を取り出す。

 この武器は、斬撃系統の武器でありながら中距離から遠距離も得意とする武器であり、単体より集団への攻撃に特化した、鞭のような剣だ。しかし、ネーミングがまんまなのが残念なところである。

 ところで、俺もエルディアもアイテムボックスから何かを取り出すときには服の袖から取るようにしている。これは何もない空間から出すより、袖から出したほうが何かの魔道具と誤認してくれる確率が高いからである。まあ、それでも結構無茶のある取り出し方ではあるんだけど。


 (ほう、なかなかユニークな剣じゃのう。ところで魔法は使わんのか?)

 「魔法はまだ試してないからな。いきなり使って暴発だとか自滅だとかになったら嫌だし使わん」


 そう言いながら彼はウィプスブレードを大きく横薙に払った。

 それだけで、数メートルほど伸びた剣は数本の森の木々ごと逃げ遅れた二匹のスライム・ウルフを切り裂く。そこへ、伸びきった状態では引き戻すのに時間がかかる。そう判断したのか残りのスライム・ウルフは一気に彼目掛けて突撃していった。


 「確かに、伸びきると隙だらけな武器が相手ならその攻撃は正しいが」


 眼前まで迫ってきた四匹のスライム・ウルフに対し、グルンと彼は横に剣を構えたままその場で大きく数回回転するという行動をした。

 と、同時に迫ってきた四匹のスライム・ウルフは細切れになり、地に落ちる。


 「この剣は任意で長さ変えられんだ。むしろ接近したほうが危ないんだぜ」


 伸びきった武器を引き戻す際、近接攻撃に対して必ず隙ができる。しかし、この武器はその隙を無くすため使用者の魔力を消費して新たな刃を形成することができる武器なのである。中距離も遠距離も得意であるが、近距離が苦手というわけではないのだ。


 「ふぅ。どうやらゲームでの経験は無駄ではなかったみだいだな」


 こちらに来て初めての戦闘だったし、打撃や近接などのスキルはエルディアの方が得意なのでどうかなと思っていたが、なかなかの手応えに満足した。


 (しかし、やはり変った武器じゃのう。どのくらいまで伸びるんじゃ?)

 「試したことないから知らん。魔力量によって変わるんじゃないか?」


 エルディアの興味による質問を軽く流しつつ、そこかしこに伸ばしっぱなしだった剣を伸縮させ、再びアイテムボックスの中へとしまう。

 というか、人の記憶やらなんやら読めるんだったらいちいち聞く必要なんてないだろうに。

 そう言うと、「なんでもかんでも聞かずに知ってしまったら面白くない」と返してきた。それは一理あるな、と俺も思ったのでこれ以上は何も言わないでおく。


 「けど、千年経てばモンスターも変わるんだな。こんな森の中でゲテモノがでてくるとは」

 (確かここらあたりはルーン・ウルフという、ルーン魔法を行使できる魔狼の生息地域であったはずじゃが)

 「そういえばいたな、そんなの。ゲームのときはダンジョン内の奥底に配置させちゃったから半ばレアモンスター化してたけど」


 何を隠そう、今履いている魔狼のブーツこそそのルーン・ウルフの皮によって作られたものなのだ。ルーン・ウルフは生まれた時からひとつのルーン魔法しか操らない魔狼で、個体によって使う魔法が異なる。このブーツは風のルーン魔法が得意な個体によって作られているので、跳躍や歩行速度がアップしたりなどの効果があるのだ。

 火のルーンが得意な個体で作れば、炎のキックが使えたりする。


 (やはり世界を巡る必要があるのう。スウェンの話だけでは情報が足りぬ。これでは他の大陸がどうなっておるのか見当もつかん)

 「千年は重たいな~」


 封印されてから時が止まっていたエルディアや、そのエルディアが封印される前の世界観でプレイしていた姫鬼はこの千年のことを何も知らない。

 改めて失った時の流れを痛感させられたのだった。

 読んでいただきありがとうございます。誤字脱字、感想等ありましたらビシバシどうぞ。

 今回初の戦闘っぽいの書いてみたんですが・・・・・・まあ、まだまだ表現が甘いですね~。

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