2.魂の部屋
考えを表現するって難しい。
※4/18 封印されているはずなのに現実世界の状況を把握している部分の不自然さなどその他いくつか微修正しました。神さんの干渉部分の説明やらにいまいち感があるのですが、うまい言い方が思いつかないの今は放置しました。スマソm(_ _)m
封印が解かれる少し前。
(ここ、は?)
ゲームである【-Embodiment-】の世界で突然、半年前に行われたイベントの封印と同じような状況のすえ杭に胸を貫かれた彼――夜月姫鬼は長いような短いような眠りから目を覚ました。
体の感覚が鈍く瞼が重たい。まるでまだ夢の中にでもいるかのような倦怠感に無重力下にいるよう浮遊感が体を包み込んでいる。
挙動の一つ一つが億劫に感じる中、自らの状況を確かめんとその重い瞼をゆっくりと開いてみる。
するとそこは現実世界の自宅の中でもゲームの世界でも、ましてや棺桶の中でさえない謎の空間が広がっていた。
目に入るのは闇。だたその一色のみである。
「っ?!」
刹那、ズクズクと脈動するような、灼熱の炎に熱せられた鋼鉄を体に捩じ込んだらこうなるんじゃないかと思うほどの激痛が体を走る。
その痛みは心臓付近からきていると感じ、激しい痛みと倦怠感でうまく動かない体を必死で動かしその痛みの箇所と思わしき場所を確認する。そこには直径四センチほどの何かに貫かれたような穴が空いていて、中の肉や肋骨らしき白い物体、内蔵などが断片的に見えてしまっていた。
というか、付近とは思っていたがまんま心臓からの痛みであったことに少なからず衝撃を覚える。
(そう、か。確か俺は突然イベントで使われた杭に貫かれたんだったな)
あまりにグロテスクなものを見てしまったせいだろうか、断続的に続く痛みの中で嫌に冷静な思考が働き、こうなる前のことを思い出す。
(死んだ、のかな)
だがあれはゲームの世界で起こったことのはず。確かに【-Embodiment-】は傷口もある程度リアルに近いし、痛みも好みに合わせて感じるようにする設定は可能だ。だが、俺はそんな設定などしていないし、そもそもゲームで死んだなら最後に立ち寄った街や王都のリスポーンポイントに出るはず。俺なら【王都マティス】だ。決してこんな訳の分からない空間ではない。
じゃあ死んでいないのか、と問われればこの傷からして間違いなく死んでいるだろう。だが、本当に死んでいるならこうして考えることもできないはずである。
ということはこれは夢だろうか。いや夢でしかありえない。
(うん、体もゲームキャラであるエルディアのまんまだし夢に違いない。早く覚めないもんかね。まじ痛いんだが)
たとえ夢でもこの強烈な痛みはごめん被りたい。
“――――――――い”
「……なんだ?」
もしかしたらゲームにログインして杭に打たれたのも全部夢なんじゃないかな、などと考えていると頭の隅に何か聞こえたような気がした。
再び倦怠感や痛みに耐えながら体、というか首を少し回し周りに視線をキョロキョロと向ける。
ところが、というかやはり闇の空間が広がっているだけであった。
「気のせいか……幻聴まで聞こえるとは、いよいよもって夢だな」
“夢ではないぞ。我が半身よ”
「っ?!」
今度ははっきり聞こえた。
それは女の子の声だった。どこかでよく聞いた覚えがあるのは気のせいだろうか。
「誰だ? どこにいる? っていうか夢じゃないならなんなんだ」
“ここじゃ……といっても、今のままでは見えぬだろうな。今お主の目には闇しか見えておらんだろう? 今から妾の言う通りにしろ”
「一つ目と三つ目の質問はスルーか。つか、痛みに耐えながら喋るのキツいから質問は簡単簡潔わかりやすく答えてくれると助かるんだが」
“そうは言いつつよく喋るではないか。まあそれを説明するためにも言うとおりにしろと言うておる。よいな”
「……はぁ、わかったよ」
突然話しかけてきた女の子(?)の態度は酷く偉そうで、その有無を言わせず相手を従わせるものにどっかの誰かさんを彷彿させられる。だからあまり素直に言うことを聞きたいとは思わないのだが、現状では致しかない。夢あるにせよ違うにせよ、現状では痛みに耐える以外、彼個人は何もできることがないのだから。
“まず目を閉じろ。そして力を抜いて、心をこの空間に広げるようにしろ”
声の指示に従って、彼は目を閉じ体の力をできる限り抜いた。
でも心を広げるってそんなもんどうすればいいかなんてわからんぞ。
“仮想空間で魔力を消費する時のようにすればよい”
仮想空間? ゲームのことか……ってゲームのことを知ってるってことはやはりここはゲームに関係した場所なのか?
だが、そんなことを考えても現状に変化はない。ゲームで魔力を使う時のような感覚ということなので、数あるスキルのうち、魔力を開放して身体能力を一時的に上げる【魔力開放】の感覚を思い出しながら、心を広げるつもりで体の中に渦巻く魔力を消費した……したと、思う。
すると、まるで本当に魔力を消費したかのような何かの流れが体の内から外へと向かっていくのを感じた。
その後「目をあけろ」という指示に従って、閉じていた瞼を開く。
「玉座の、間?」
瞼を開いた先にあったのは先程の闇の空間ではなく、イベントにおいての彼の居城であり二度も杭を刺された場所であった。違うところがあるとすれば、鎖に繋がれた銀十字の棺桶がないことと城が新品同様になっていたことだった。
そして、いつの間にか地に足を付いて立っていたことにもびっくりしたが、それよりもびっくりしたのは目の前にある玉座にゲームで見慣れたもう一つの自分の顔が座っていたことであった。
「久しぶり……いや、ここは初めましてというべきかの。姫鬼よ」
「俺がいる? いや、エルディアか?」
「その両方、というのが当たりじゃな」
「どういうことだ?」
「待て。話す前にまずお主の傷を修復せねば……そのままでは本当に死んでしまう」
そう言うや否や、彼女は玉座から立ち上がりこちらに近づいて来て、そのまま彼の目の前に立ち止まると流れるような動作で彼の頬にその細い指を這わせ、
「んちゅ……」
「@;#$%?!」
彼の顔を自分の顔に引き寄せ、キスをした。
そのことに、彼は声にならない叫びを上げて硬直した。
仕方ないだろ。なんたって生まれてから二十二年間誰一人として付き合ったことなんかないんだから。つまりキスだって初めてだよファースト・キスなんだよ! しかもこんなスタイル抜群の女の子にされたんだよ! これで固まらない男なんていないって!
などと、顔を真っ赤に染めながら脳内で叫ぶ。
しかし次の瞬間。体中がまるで足りなかった部分が満たされるかのような感覚に包まれる。まるでようやく元に戻れたかのような充足感である。
それを確認したのか満足そうな笑みを浮かべながら彼女はすっと口を離した。
「うむ。これでもう大丈夫だろう。どうじゃ体の調子は」
「え? なんか体中が満たされるような感覚があったけど」
よく見れば、胸に空いていた傷口も綺麗さっぱり無くなっている。痛みもだ。
「これはいったい……」
「奴がお主にはなった杭による一撃。あの一撃でお主の魂は深く傷ついておった。あのまま放置していれば完全に死んでしまっていたであろう。故に、同じ存在である妾の魂と同調させることによってお主の魂を癒したのだ」
「いや、奴だとか同じ存在だとか言われてもさっぱりわからんのだが」
「じゃろうな。だが順を追って話す前に、ちょっとした昔話をしよう」
さもありなん、という顔をしながら彼女は語りだした。
昔、この世界では様々な種族たちが跋扈していた。
そんな中、人間との間に一人の吸血鬼が生まれた。最初は彼女も彼女の両親も自分が吸血鬼ということに気がつかなかったが、時が経つと彼女は自分の異能に気がつきはじめた。
とある夏の日だったか、彼女は突然両親に噛み付きそのまま吸い殺しててしまいたくなるような衝動を覚えた。その時は自分の腕を噛むことで難を逃れたが、その後もその衝動は強さを増しながら続いていった。ついには少女は耐え切れなくなってしまい、その衝動に身を任せてしまう。気がついたときには、そこには両親だったものが全身の血を吸われ事切れていた。その光景に、そして自分がしてしまったことを理解し、少女はその家からも、その街からも、その国からも逃げ出した。
そして幾何かの時が流れ、少女は少女のまま世の中をさ迷っていた。そんな中、少女は自分と同じような境遇の存在と知り合う。同じ吸血鬼の仲間と意気投合し、自分たちのような存在がゆっくり暮らせる国を作ろうと決めた。
そうして作られたのが【夜闇の揺籠】という国。そこは強固な結界を用いて夜を固定した、吸血鬼のみが住むことのできる場所。
【夜闇の揺籠】は小さな国であったが、それでも平和であった。少女もその国に住み、吸血鬼というほとんど不老の体を利用して様々な知識を蓄えていった。本来吸血鬼が覚えることのできない魔法なども血の滲むような修練をへて習得し、吸血鬼最強という称号を得るまでに至った。そして、初代の王が自ら彼女に席を譲り彼女を王とした。
王となった彼女は国を守るために、もっと吸血鬼という種族を周りに認めさせるべくさらに邁進した。
だが、そんな平和な日常も長く続かなかった。
奴――神率いる天人たちが、吸血鬼を悪と断定し弾圧を図ったのだ。
確かに彼らは人の血を吸うし殺してしまうこともある。しかし、彼らとてそれを望んで行なっていたわけではない。故に、その理不尽極まりない理由による侵攻に抵抗し、神を否定した。
そして起こった戦争の末勝利したのは……神側だった。
「そしてその少女である妾は必死の抵抗の甲斐あって殺されはせなんだが封印されてしまった。が、その時何を恐れていたのかはわからんが妾の知識だけはなんとしてでも破壊ないしは奪おうとしていた。しかし妾とて長年蓄えた知識をそうやすやすとくれてやる気はない。だから、奪われ破壊される前に、妾は妾の知識だけを分離させ他の世界へ逃がした。それが――」
「俺?」
彼女は首を縦に動かし肯定する。
「証拠はあるのか?」
「ある。例えば今のお主の姿じゃが……お主はここがどこだかわかるか?」
「玉座の間……ってのはないよな。さっき心がどうとか言ってたから。だとすると……心の中か?」
「理解が早くてよろしい。お主の言うようにここは心の中――言わば魂の部屋ともいうべき場所じゃ。玉座の間なのは、ここが我らにとっての始まりであるからかの」
彼女が治めていたことのある国の玉座の間であり、彼女が神に敗れ封印され魂を二つにわけたところ。
彼が二度同じ杭を刺され、こうして彼女と会うきっかけとなった場所。
ここは彼らにとって出発点なのである。
「で、それと今の俺の姿と何の関係があるんだ」
「魂の部屋と言うたであろう。つまり今我らは魂そのものの姿というわけじゃ」
魂はその人の本質を表す。だから、魂の形が同一な彼らは同じ存在だと言えるのである。
「ふーん……ん? まてよ、もしかして俺が男なのにやたらと女っぽかったのって」
しかしそこで彼は「あれ?」と、ある事実に到達する。おそらく、他のどんな事よりも彼が彼女であると証明できる事実に。
魂が本質を表すのなら、そして彼が彼女と同一だというこの話が本当であるとするなら、男であった彼の本質は女だということになる。だからいつまでたっても女の容姿だったのではないのだろうか。
「体が魂の本質に引っ張られたのであろうな」
「やっぱりかちくしょー! っていうか魂が女なのになんで男で生まれたんだ俺?! つか何で女に産んでくんなんかったんだ母さーん!」
「これは予想の域をでんが、本来男の魂が入って夜月姫鬼として産まれてくるはずの肉体に妾が分離させた魂が入り込み、最初に入っていた男児の魂を追い出し乗っ取ってしまったのであろう」
「ごめんね! 本当の魂君ごめんね!!」
どこともしれぬ魂に土下座した。
「――で、そろそろ話を再開してもいいかの?」
話を聞いて、他の人の人生壊したんじゃね、と考え落ち込むこと数分。
ようやく落ち着いた彼に彼女は尋ねた。
「いや、なんかこれ以上聞いたら俺の硝子のハートが砕け散りそうだからまた今度お願いします」
「それではなぜこのような状況になったか、ということだが」
「俺に選択肢はないのか……」
「これも妾の予想の域を出んが、仮想世界でお主を貫いた杭は神によるもの。その一撃でお主は封印に近い半死状態になったのを見た神はそのまま魂が死ぬまで放置するつもりじゃったのだろうな。が、ここで神はミスを犯した。それはこちらの世界にて封印されていた妾と全く同じ形にしてしまったことじゃ。似た世界で同じ魂の者を同じ杭にて貫き同じ棺桶へ入れる。これにより寸断されていた妾とお主の魂のリンクが繋がり、死んでしまう前にこちらへ呼び戻すことができたというわけじゃ」
つまり、彼女――エルディアの知識である俺を見つけ殺そうとしたが、些細なミスにより失敗。そのミスを付いたエルディアによってこちらに来ることとなったのだという。
そのことは分からくもないが、ここで新たな疑問がわく。
どうせこちらに選択肢はないので素直に質問した。
「似た世界ってどういうことだ? それに神だというならなぜもっと早く俺を殺さなかったんだ? つか放置の必要性ないだろうに」
「まず一つ目の質問を答えよう。お主の作り上げた仮想世界。それは妾が封じられる前のこの世界の状態と全く同じなのじゃ。これはおそらく、お主の魂にこちらの世界のことが残っておったがためであろう」
確かに。ゲームの世界観は突然降って湧いた発想によって形作ったものではない。幼い頃から時折見ていた夢の世界。その世界を形にしたものが【-Embodiment-】の世界だ。様々な理想になれることから『理想の体現』という意味を込めてこのタイトルを付けたがそれは理由の一つに過ぎない。これは誰にも言っていないが『自分の夢世界の体現』という意味も込められている。
なぜあの世界をあれほど求めていたのか。それは自分の魂が本当の自分の世界を理想として追い求めたからなのだろう。
「まさに理想を体現していたわけか。ああゆう世界があったらいいなって思った程度だったんだけどな」
「滅多に理想などという言葉を使うものではないぞ。口で言う理想など、言ってしまえばそいつの勝手な考え――あちら風に言えばエゴだ。理想を掲げた者の末路ほど、終わりは呆気ないものぞ」
「そいうや理想とか言いながらつくったモリソンも、よく考えてみりゃ単なる容姿から来るコンプレックスから出来たんだもんだし、終わりも改造されるっていう呆気ないものだったな」
「……モリソン、か」
「何か言ったか?」
「いや、なんでもない。気にするな」
何か遠い過去を思い出すかのような顔をしていた彼女は、そう言いながら首を横に振って再び話を戻した。
「さて、二つ目だがこれは神だからこその問題と言える。神とはいえ自分の世界以外に対して無闇に干渉を行えないのだ。すれば規律が乱れ、世界を統治する神同士の争いとなる。故に、妾が分けた魂の所在に気がつかなかったのだ」
「でも、それに気がついたと」
「そう。あくまで世界への干渉は無理だが、その世界に自分の世界と同じような空間があるならば、そこに入り込んでしまっても何ら問題にはならない。その空間によって元の世界に何らかの害が起こるわけでもないし、例えそれで誰かが死んだとしても仮想空間からくる脳への負担によるものと考えられてしまうからのう。そして、その世界で妾と同じ名と容姿のお主を見つけ行為に及んだのだろう」
「でも俺がこの姿で過ごすようになったのは一年前からだぞ? ならなぜなったときに何もしなかったんだ? それに向こうでエルディアの姿になったのは全くの偶然だぞ」
ゲームにおけるエルディアは、彼の従姉である皇華が勝手に作成したものだ。当然、皇華はこの事実について何も知らないはずだ。
「さあのう。その偶然については妾にも分からぬ……が、放置したこともそうだが神の動向は些か以上に不自然だ。見極めるために一年かかったのか、あるいは何らかの意図があるのか。もしあるとすれば――――」
非常に厄介な事になりそうじゃのう、そう言って彼女は思いつめたような顔で様々な可能性を考えているようだった。
彼もそれに倣ってこれから何が起こるのだろうか、などと考えてみるが、今まで何も知らなかった人間が何を考えてもわかるはずもなく、結局これから起こるであろう厄介なことに対して深く嘆息するしかなかった。
「はぁ、もうお腹が一杯って感じだ。頭がパンクする」
「この程度のことで情けないのう。ま、今のところ妾としては同一人物のところを納得してくれればそれでいいが」
うっさい。情けないのは最初から分かってるからいいんだよ。あと全部納得した訳じゃないやい。
「つかさ、今封印されてんだろ。これからどうすんだ?」
「さてな。外部からの衝撃には弱い封印じゃから、誰かが杭を引き抜いてくれればいいのじゃが」
「普通封印場所に人なんて近づけさせないよな」
神が封印したというのだから棺桶がある城そのものが隠されていても何ら不思議ではない。
この先封印が解かれるまでの時間を思うと、やっぱり夢であって欲しい。
その時、
「ん?」
「これは……」
突然体が何かに引っ張られる感覚が二人に降りかかる。
「まさか……封印が?」
「そのようじゃな」
「いくらなんでもタイミングが良すぎないか? ご都合主義万歳じゃあるまいし」
二人の話が一段落つくのを待っていたかのようなグットタイミング。
あまりにもできすぎな状況に懐疑の念を抱かずに入られない。
それは彼女も同様なのか、その顔は非常に険しい。
「……まあ、封印が解かれるというのならそれはそれでよい。封印を解いてくれたものには褒美をとらせようではないか」
「それで解いたのが悪人だったりしたらどうすんだよ」
「ふん。悪人でも手柄を立てれば褒美ぐらいくれてやる。それくらいの気概がないと王なぞやれんわ」
「そもそもやる褒美なんかあんのか?」
「……」
「はぁ、先が思いやられるぜ」
嘆息しながらつぶやいた一言を最後に、俺の意識は暗転した。
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