1.お目覚めは鉄の味
更新遅いとか言いつつ二つ目です。次回以降はちゃんと(?)遅くなる予定です。
四つの大陸と一つの浮島と一つの異界によって構成された世界、アストレイン。
その中でも最も広大な大地を有するのがガスタイアと呼ばれる大陸で、この大陸では最も多い種族である人間の国がいくつも存在している。他の場所に比べたら比較的モンスターもまだ弱い方であるため一番平和な大陸とも言われている。
だが、その平和というのはあくまで他の大陸に比べたらの平和である。人間同士や種族間での争いなどはしょっちゅうで、舗装されていない道を歩けばモンスター以外にも野盗が多くわいている。
「……噂以上のボロさだな」
そんな野盗集団の中の一つ、二十人ほどで構成された集団の中、大きな斧を肩に抱えた一人の大柄な男が、目の前に佇む廃墟に対して率直な感想を漏らした。
彼らのいるところは【古エルディア城】と呼ばれる、数千年前に栄えていたとされる吸血鬼の国、その残骸である。かつては緑で覆われていたであろう中庭は乾いた土で埋めつくされ、城の外観はただの岩山にしか見えないほどみすぼらしい。
「ったく、こんなとこにお宝なんてあんのかよ」
「おい、無駄口叩いてないでさっさと行くぞ」
文句を漏らす斧の男に、若干痩けてはいるが野盗にしては顔立ちが整った金髪の男が注意をする。
野盗である彼らの目的はただひとつ。金目のものを手に入れ売り払うことである。ここのところ、なかなかいい獲物にありつけないでいた彼らは、巷で噂となっていたこの古城へと足を運んだのである。なんでもここには吸血鬼の王が隠した財宝があるとかないとか、そんな噂が流れている。
実をいえば、彼らもこのような話はあまり信じていない。しかし、行かざる得ないほどに彼らは切羽詰っていた。
先程も行ったがいい獲物、つまり沢山の食料などを積み込んだ馬車を走らせる商人があまり通らなくなってしまったのだ。
(それもこれも、あの馬鹿な王が矢鱈滅多らに戦争をけしかけるからだ)
この古城を含むエリアを治めているヴァルラ国。数年前亡き先王の後を継いだ現在のこの国の王は他国でも有名な戦好きの王で、その戦闘狂ともいうべく性格のためくる日もくる日も他国に戦争を仕掛けるといったはた迷惑な王だ。
そのせいで最近では商人がヴァルラ国に近づきにくくなり、その煽りを受けてこの付近を縄張りとしていた彼ら野盗も毎日を飢えで過ごす日々。野生の動物を食料とするのもそろそろ限界であった。
財宝でもなんでもいいから大金を手に入れてたらふく食いたい。
それが彼らの思いであった。
「なあ、なんかあったか?」
「……だめだ。どこも瓦礫と埃しかない」
「はぁ、こんなことなら早いとこ別のとこに移っとくべきだったぜ」
「今更言っても仕方ないだろ。それに俺達野盗にも縄張りがある。そう簡単に他の奴らが受け入れてくれるとは思えない」
「だよな~……ん? おい、なんだあれ?」
城をくまなく探索していた彼らは、いつしか正面に玉座を据えた部屋へと到達する。
すると、野盗の一人が頭上を指し示した。
「……棺桶?」
その先にあったのは、無数の鎖によって空中に縫いつけられている銀十字をあしらえた棺桶であった。
「いや、棺桶は分かってんだよ。それより、あの十字架って銀じゃねぇか?」
「……確かに、そうだな。しかもあれぐらいの大きさであの造型なら金貨十枚はいくはずだ。よぉし、お前ら、鎖を壊してあの棺桶を下ろすんだ! いいか、絶対傷つけるなよ!」
金髪の男の指示のもと久々の大きな獲物を前に嬉々として、しかし丁寧に野盗達は棺桶を支えている鎖を壊していき、落として傷つけないようにゆっくりと棺桶を下ろしていった。
「っと、意外と重たいな」
「なあ、これってなかに何か入ってるんじゃないか?」
下りてきた棺桶を受け取った二人の男は、中に何かが入っているのではないかと思うぐらいの重さに首をひねり、そしてもしかしたら財宝なのでは? と考えて安易にもその蓋を開けてしまう。
「ひゅー、こいつはまたそそるもんが出てきやがったな」
入っていたのは、艶やかな黒髪を一括りにし、黒と赤を基調としたドレスのような服を着た女の子であった。しかもかなりの美人である。
財宝ではなかったが、ある種財宝といっても過言ではないほどの美しさだ。
「ああ、確かに可愛らしい少女だ。が、なぜ胸に杭が刺さってるんだ?」
「昔話に出てくる吸血鬼ってやつだったりしてな。ここも吸血鬼の城って話だしよ」
「そんな馬鹿な……だが、この杭といい長年放置されてるはずの棺桶の中で腐りもせず入ってることといい。もしかしたらもしかするかもしれんな」
「おいおい、なに棺桶の中見つめて考え込んでんだ? お、こいつはなかなか色っぺえな。しかもその杭も銀じゃないか! こいつは儲けものだ!」
「あ、おい! 勝手に触るなっ!」
目の前に少女について思考していると、仲間の一人が我慢できなかったのかその胸に刺さってる銀の杭を抜いてしまった。
「うひょー、こいつはたまげたぜ」
「お前な、何があるかわからんのに考え無しな行動をするんじゃない」
「いいじゃねぇか。減るもんじゃないだろ?」
「あのな……」
「お……おい、見てみろよ」
金髪の男が軽率な仲間を責めていると、背後のもう一人の仲間が焦ったような声で呼びかけてくる。
いったいどうしたんだ、そう振り返って言おうとしたがその場の光景を見て唖然としてしまう。
銀の杭が刺さっていたということは、もちろん刺さっていた胸には大きな穴があいているはずである。いや、事実それは空いていた。だが、まるで溝に水が流れ込み平行になるかのように、穴のあった部分に新しい肉ができ、次の瞬間には赤ん坊のような新鮮な肌が出来上がっていた。
「こ、これはまずいんじゃないか?」
「あ、ああ。回復魔法もなしに、しかも心臓の傷がふさがるなんて人間じゃありえない。おそらく、こいつは俺達なんかじゃ手に負えない相手だ。おい、お前らすぐにここから――?!」
身に迫る危険を察知し、離れろ、と言おうとした瞬間。棺桶の中に入っていた少女から恐ろしいまでの気配が膨れ上がった。と同時に、その少女が体を起こし、彼らにその真紅の相貌を向けながら言い放った。
「いただきまーす」
この瞬間、彼らの運命は決まってしまった。
◇◇◇
「ちゅ~……ん、はぁ」
首筋から血を吸う。
そんな非日常的な姿であったというのに、その姿は酷く艶美で妖しかった。
これから自分もそうなると、もう諦めきってしまっているのだろう。野盗の一人、杭を抜いた男を諌めていた金髪の男にはそんな感想しか考えつかなかった。
もう、彼の他に息をするのは目の前にいる少女しかいなかった。仲間の野盗達は一人残らず、少女の乾きを潤す飲み物と化した。むろん、彼らとて無抵抗を貫いたわけではない。ある者は剣で切りかかり、ある者は弓で射ろうとした。しかし、その努力もむなしく全滅してしまったのだ。彼は傷を負ったわけではないが、もう諦めモードに入り地べたに座りこんでいた。
――俺も弓には自信あったんだけどな。まさか射った矢を叩き折られるとは思わなかった。
「ふぅ、男の血はちと淡白じゃから好きではなかったが……幾年ぶりに飲んだためかの。とても美味しく感じるわ」
男の血って淡白なのか、そんな場違いな考えに彼は自分で自分を笑った。
「何を笑っている?」
「ん? いや、てめぇの下らない考えに笑ってただけだよ。にしても、問答無用で吸いに来るかと思ってたんだが……話せたんだな」
「お主、 妾を愚弄しておるのか?」
「してるわけじゃないが、最初のいただきます以外無言で吸い殺し始めたからな」
「む、まあ腹が減っておったからの。今ようやく満腹になって脳が動き出したところじゃ」
「満腹、か。なら俺は助かるのか?」
そんなはずないだろうな。という淡い期待で訪ねた。
しかし、返ってきたのは予想もしない答えだった。
「それは主しだいかの。妾は長い間封印されてた故、今の世を把握しておらん。だから妾の質問に懇切丁寧に答えるらば良し。答えぬ……そうじゃな、主を 僕にしから聞くとしよう」
「……」
少なくとも命は助かる。それはわかったが、まさか殺されないとは思ってもみなかったので少女の返答に驚いて声も出なかった。
「? 何を惚けておる」
「あ、いや。もう俺も吸い殺されるものと思ってたから」
「……仲間のことは、すまなんだ。いくら腹が減っておったとはいえ封印を解いてくれた者達を殺してしまうとは、我ながら恥ずかしい」
「気にしなくていい。そもそも俺たちゃ落ちぶれ野盗だから死別なんてしょっちゅうだし、そもそも助けようと思って杭を抜いたわけでもないし俺が抜いたわけでもない」
このとき彼は内心驚いていた。
目の前の少女が普通に話すこともそうだし、自分がそれに冷静に受け答えをしているということにもだ。もしかしたら、死という最悪の脅威から脱したから落ち着いたのかもしれない。案外単純だな、自分。
「それより、今の世の中のこと知りたいんだったな」
「うむ」
「まあ、俺もそこまで知ってるわけじゃないがな」
その後、少女は男から知りうる限りのことを聞いた。
人間の世界のこと、他の種族とのこと、自分の最後の記憶からどれほどの時が経過しているかなど様々だ。
そして聞いているなかで一番驚いたのが、彼女を含めた吸血鬼という種族が御伽噺の中の存在とされてしまっていたことだった。
「だから杭が抜けたあと傷がふさがるのを見て驚いたよ。本当に不死身なんだなって」
「普通の吸血鬼なら死んでおる。妾は特別での……それにしても、憎きは神のやつじゃ」
「なあ、どうして封印なんかされてたんだ?」
「ふん。封印をしてきた理由はわからん。問答無用で襲撃してきたのでな。おそらく、力を付けた妾を神が恐れたのであろう。自分の地位が脅かされるとでも思ったのかのう。しかも妾以外の吸血鬼を消すとは……これはちいと灸をすえねばらならんの」
神だとかなんだかかなりスケールの大きい話になってしまったが、この少女が神に匹敵しうる強さを秘めていたとは、自分たちじゃ敵わないわけだ。
「で、これから君はどうするんだ?」
「そうじゃな。すぐにでも神に喧嘩を売りたいところではあるが、封印の影響が未だ色濃く残っておるせいで全盛期の半分も力が出ん。暫くは世界を見て回りながら力を取り戻していくことになるかの」
「地道だなぁ」
「地道こそが成功への道じゃ。して、主はどうする?」
「どうすっかな。結局金目の物も手に入んなかったし、このまま野垂れ死ぬかな」
見つけた十字架と杭は再び封じ込めると考えた彼の仲間が彼女に近づけたが効果はなく、恨めしく思っていたのか少女が粉みじんに破壊してしまったため売り物にはならない。となれば後は死ぬだけだ。殺されはしなかったが、飢えは耐えられない。何かを買う金もない。ここら一帯の動物は既に狩ってしまったためほとんど居ない。野盗をやってきたとはいえ脅して荷物を奪うだけで積極的に人を殺めたこともない。
やはり死ぬしかないのだろうか。
「おい、それでは殺さなかった意味がないではないか。仕方あるまい、ちょっと待っとれ」
「?」
そう言うと、少女は何やらドレスのような服の袖に手を入れると、何かを探すかのように手をグイグイ動かし始めた。
そして目的のものがあったのか、満足そうな顔をしながら手を引き抜いた。
「礼と詫びだ。もっていくがいい」
引き抜いたものをこちらに渡してくる。
それを見て俺は目をむいた。
【竜ノ息吹】と【火竜のアギト】。前者は弓使いなら一度は手にしたい一品で、使用者の魔力に応じて様々な竜のブレスと同じ効力を発揮する魔弓だ。そして後者は火竜が絶命するとき稀に生み出されるという、火竜の瞳のような宝玉だ。これを売れば中流貴族の家なら余裕で買い取れると言われる。どれも文献でしか目にしたことがないものだ。
「い、いいのか? つか一体どこから」
これほどのものをぽんと出すのにも驚きだが、一体どこから出したのかも謎である。
「構わん。妾には無用の長物でな。何処から出したかについては……秘密じゃ」
「は、ははは。もう何が起こっても驚かねーなこりゃ」
「……さて、妾はそろそろ行かせてもらう」
もう用はないと言わんばかりに、彼女は出口に向かって歩き出した。
「ちょっと待て」
「ん?」
「君の、名は?」
「妾か? 妾はエルディア・デモンナイト。真祖の吸血鬼にしてこの城の主……だったものだ。お主は?」
「俺はスウェン。スウェン・エイディアスだ」
「そうか。ではの、スウェン。縁があればまた会うこともあろう」
そして今度こそ、彼女、エルディアはここから去っていった。
「あの 形で吸血鬼の王、か。あ~ほんともう一生分驚いちまったな」
本日も読んでいただきあリがとうございます。
今回は戦闘っぽいこともありましたが、実際吸っては投げ吸っては投げの繰り返しなので野盗さんたちとの戦闘は省きました。野盗さんごめんね。
そして唯一の生き残りスウェンさん。今後も出番がある・・・・・・・かもしれない。
姫鬼は次回登場。