プロローグ:理想なんて結局理想なんだよ
常日頃からVRMMO系の小説を書いてみたいなと思っていたので書いてみました。稚拙な文章ですが楽しんでいただければ幸いです。※更新はゆっくりです。
誰しも夢見る理想の自分。
しかしながらこの厳しい現代社会において、それを叶えるのはほんのひとにぎりだけだ。
そのほかの人間は目指したものからはみ出て一般的な場所へ行き、聞きたくもない上司の文句や小言、見たくもない社会の裏を覗いてしまったりと……なんて世知辛い世の中だろうか。
そして俺夜月姫鬼もそんな世知辛い世の中に身を置く一人である。
いや、自分のしたいことを出来ているだけまだマシというものだろう。
俺はとあるゲーム会社に身を置いていて、そこでゲームの企画などなどを担当している。そしてその俺が初めて担当したゲームがVRMMO【-Embodiment-】。昨今急激に発展したVRMMOを我が社でも取り入れるべく開発されたものだ。
コンセプトは単純明快。『なりたい自分になれる』というもので、種族、職業、キャラの設定と容姿、それらが自由自在に決めることができる。タイトルも『体現』という言葉の英語と実にシンプルである。
が、シンプルゆえにそういう思いを描く人々には好評であった。そして、そういう所謂変身願望を持つ人間は何万何十万といる。だからこのゲームがリリースされてから一年も経たずにプレイ人口は70万人を超え、5年たった今では150万人を突破しているとかいないとか。そのせいでこのゲームでは他に類を見ないほどの職業と種族が存在しているうえ、それに比例してフィールドも広大で、全部のエリアを回るのは一苦労である。
「さてと、今日も新しいアップデート施したしちょっくらやってみようかな」
そして何を隠そう、このゲームを企画した本人である俺もこのゲームのプレイヤーだ。しかも廃だよ、廃。
俺の使用するのは人間族の男性で、屈強な肉体と頬の傷が勇猛さを醸し出すキャラクターで、名前をモリソンというナイスなガイ。
以前までは様々な職を経験し、様々なスキルを習得していたが、今は前衛でありながら味方のサポートもこなすことができる万能の 聖騎士に落ち着いている。なんか男のなかの男っていうイメージに惹かれたんだよ。
聖騎士たる白銀の鎧が実に眩しいぜ。
って、感じに充実な毎日を送っていた……送っていた、はずなのに。
(……はぁ、やっぱり何度やっても慣れないな。この姿)
その充実な毎日はある日突然崩れさった。リア充は爆発しろってことなのか。
特殊なバイザーを被り、ゲームの世界へログイン。しかし、一瞬の暗転を終えた先に立っているのは白銀の鎧を身に纏った屈強な男ではい。
艶やかな黒髪をポニーテールにし、黒と赤を基調とし背中の部分が露出した服を纏った十代後半ぐらいの可愛らしい 女の子。彼女はその真紅の瞳がある顔を苦々しく歪め嘆息していた。
どうしてこうなったのか。それは今から約一年前に遡る――。
約一年前のとある休日。
いつものように開発者の一人ではなく、ただの一般プレイヤーとして【-Embodiment-】へとログインしていた俺は、とてつもない絶望を味わった。
『な、な、な、な、なんじゃこりゃ~!』
まず、屈強な男であったはずの体がボンッキュッボンな女の子に変わっているということに驚き声を上げ、そして可愛らしい驚きの声を聞いてさらに落ち込むというダブルパンチ。
感覚的に小一時間ぐらいはOrzな格好でうちひしがれたよ。奇異の目にさらされたよ。
しかもステータスを見てみると、種族も人間から吸血鬼(真祖)になっていたという事実。因みに名前はエルディア・デモンナイトとなっている。
一体全体何が起こったのか。バグか? ハッキングか? いや、陰謀です。
この【-Embodiment-】を運営する会社の社長。名前を夜月皇華といって、俺の従姉でもある彼女はとんでもないほどのSだ。何が楽しいのか俺をからかうことで快感を得ているらしい。なまじ社員であるうえ、俺の企画したものを採用してくれたという恩があるためあまり文句が言えない、という悲しい現実があるのだが、今回の件もきっと彼女の仕業に違いない。
そう確信した俺は、すぐさまゲームからログアウトして自宅から会社へと向かい、自室でくつろいでいる皇華に問いを投げた。
『うん、私が改造したわ。今度プレイヤーが操作するボスキャラを倒すイベントを企画してたでしょ? そのためにあなたのを改造したのよ』
うわぁ、あっさり自白したよこの人。
『だからって、なんで俺のキャラを改造するんだよ! しかも、よりにもよって、女の子なんかに!』
『むさい男なんかより可愛いい女の子の方が嬉しいでしょ』
『嬉しくねぇっての! つか、理想の姿を体現するのがコンセプトのゲームなのに人の理想の姿を否定すんな!』
『いいじゃない。お金やスキル、アイテムなんかはちゃんと継承させてるんだから。それに、あの姿は貴方の高校時代の容姿を参考にしているのだから、違和感なんて何もないはずだけど』
『だから、嫌なんだよ・・・』
俺は女顔だ。一般男子よりも低い身長で華奢な体つきだ。俗に言う男の娘的な容姿の男だ。そしてそれが一番のコンプレックスだ。
銭湯に行き更衣室で服を脱ごうとすれば周りの男共は鼻から血を噴出し、街角に出ればナンパされ、通っていた高校ではミス○○高校に選ばれるといった悲しい経歴。
だからこそ、ゲームの世界では男らしい男になりたいと筋骨隆々な容姿をメイキングしたというのに。
『とにかく、百歩譲ってイベントのボスキャラはやってもいいからさっさと元に戻せ』
『無理』
だというのに、この仕打ちである。
『なんで?』
『だってせっかく高校の時の可愛い姫鬼を忠実に再現したのよ! それを元に戻すなんてとんでもない!』
『なんつー勝手な理由だ! こうなったら、消してでも戻してやる』
『そんなことしたら、この先給料出さないわよ』
『な・に・さ・ま・だっ!』
『社長様よっ!!』
横暴だ……。
――と、いうようなことがあって今のこの姿なったわけだ。
え、会社辞めりゃいい? おいおい、この超就職氷河期のこの時期にやめて再就職先が見つかるとでも思うかい? 答えはノーだ。完璧な脅しだよもう。
因みに、ボスキャラ云々はあの半年後に行われたイベントで、吸血鬼の王――という設定――の俺を神の使徒としてプレイヤーが封印するという内容だ。
迫ってくるプレイヤーをちぎっては投げちぎっては投げの繰り返し。通常の吸血鬼じゃ使えない人間の時に覚えたスキルも相まって、かなりの無双を繰り広げていた。ま、300組目くらいのパーティーで流石に根負けして見事封印されちまったんだけど。だってほぼ丸一日休みなしで戦ってたんだぜ。あんなもん勝ち続けるなんて不可能だっての。
「えーと、今回のアップデートは確かモンスターとクエストの追加と創造魔法スキルの自由度の向上だったな」
ま、今はそんな悲しいお話は隅においておこう。
今日はアップデートの調子を確かめに来ただけだし、さっさと確認してしまう。
「モンスターやクエストの確認なんて開発者の一人として知ってるし別にする必要ない。となれば創造魔法か」
創造魔法とは、既存の魔法を組み合わせて新たな魔法を生み出すというものだ。
例えば、通常ゴーレムを生み出す【ゴーレムクリエイティブ】では岩石や土を使うため、土属性のゴーレムしか生み出させない。しかし、ここに炎や氷などの属性魔法を混ぜることによって炎や氷の体を持ったゴーレムが生み出せるのだ。むろん、この程度なら誰でも思いつくしネタもすぐ尽きてしまう。だから、より自由度の高い組み合わせができるようこの魔法はバージョンアップし続けている。
【創造魔法スキル:ブラッティボディ&竜召喚Lv.1】
そして、今回のアップデートで創造魔法として扱えるようになったのは吸血鬼のみ覚えることのできるブラッティ系の魔法。
【ブラッティボディ】はその名が示すように血の体に変身できる魔法で、一定時間物理攻撃を受け付けないようにする防御系魔法である。
それから本来は人間・エルフ系専用職の召喚士のみが使える竜召喚だが、俺のキャラは人間の時に覚えたスキルを継承している。吸血鬼しか使えない魔法と召喚士しか使えない魔法の合体。まさに俺専用とも呼べる組み合わせだ。
そしてその結果召喚されたのは……。
「キシャァァァアアア」
「わーお……これはグロい」
血でできた体を持ったちっちゃいドラゴン。ま、想像通りだね。
ステータスを見てみるとそこには【ブラッティドラゴンLV.1】とある。特殊能力は敵を食べる度に巨大化するというもので、さらに物理攻撃を一切受け付けない体という、本当に血と竜を掛け合わせたようなドラゴンだ。ちなみに必殺技は【ブラッティストーム】というもので、まんま血のブレスである。しかも使うたびに自身の体積が減っていくという……いくら食べてでかくなれるからとはいえ、身を削るのはいかがなものか。
あ、あとこのドラゴンは飛ぶことができないようだ。血だししょうがないね。
「さてと、確認も済んだことだし……後はどうしようかな」
周りに敵もいないし、元々PKなんてPVPや不可抗力以外で俺にはできないし。このドラゴンがどのように戦うかは次回のお楽しみになる。
となると、特にすることがないわけだが。
「そだ、ボスキャラ演じた場所でも覗いてみよう」
イベントの時に使用していた居城がある。が、当時は次々とやって来るプレイヤー達との戦いの連続だったし、あそこに行くとこのキャラになった当初を嫌でも思い出してしまうので城がどうなっているか見ていなかった。良い思い出とは言えないが、気になっているのは事実。
というわけなので、早速見に行くべく呼び出したドラゴンを還しつつ真祖の吸血鬼の固有スキルである【夜刃の黒翼】を発動。自身の身長の二倍近くの大きなコウモリの羽を生やして飛び立った。
◇◇◇
「ボッロボロだな~」
そんなこんだでやってきた吸血鬼エルディアの居城。しかしイベント当初は堅牢なイメージを醸し出していた城は、今は見るも無残なガレキと廃墟と化している。
しかもやたらと埃臭い。
【-Embodiment-】では木も伐採できるし、建物だって破壊できる。街や城とかいった特定の場所であるならすぐに修繕されるが、こういった場所はそのままであることが珍しくない。
「中庭もめちゃくちゃだし、廊下もボロボロ。玉座の間は……意外とマシだな」
しばらく城内を探索していると。この城の中で最も見慣れた景色が目に入ってきた。数々のプレイヤーと死闘を繰り広げた場所。一番被害があってもおかしくはないはずだが、意外にも形を保っている。
一番奥に玉座を配置し、その上には銀十字をあしらった神様特注という設定の棺桶が無数の鎖によって空中に支えられている。
懐かしいな。確かHPを零にされたときここに押し込まれた挙句、これまた神様特注という設定の銀の杭に胸を貫かれて封印されたんだよな。まあ封印っていっても、俺を封印したパーティーがイベントアイテムをゲットしてイベントが完全に終了する間棺桶の中で待ってるってだけだったけど。いやほんと懐かしい。でもあれってゲームだからよかったけど、リアルだったら絶対痛いだろうな。いや痛いなんてものじゃないな。なんせ心臓にぶすっとだもんな。
「ま、ないけどな。リアルでそんなこと」
あははは、と笑いながら踵を返す。この城はこの玉座の間が終着点なので他に行くところはどこにもない。
さってとー、次は何しようかな。
そう思って一歩踏み出した……その時。
ドッパアアァァン!!
という音を立てて、空中にある棺桶の閉じていたはずの蓋が開いた。
「え?」
突然の浮遊感に襲われた、かと思った次の瞬間には棺桶の中へと入ってしまっていた。
若干慌てたもののすぐ脱出してみようとする。だがしかし、まるで金縛りにあったかのように体が動かない。
(ど、どうなってるんだ?! これじゃまるで……っ!)
封印されるみたいじゃないか、そう感じたとき、目の前に巨大な銀の杭が出現していた。
それはイベントでも用いられた神の杭。
(ちょ、まてまてまて?!)
俺のそんな心の声はなんの効果もなく。その杭は無慈悲にも彼の胸、心臓に向かって飛来し、
「かっ……は」
本来あるはずのないリアルな痛みと共に、俺へと突き刺さった。
俺はその痛みに耐えきれず、がくりと頭を垂れさせ、眠るように意識を手放していった。
そして棺桶は、杭に貫かれた俺を入れたまま静かに蓋を閉じた。
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