13.ヴァルラ横断修行の旅 姫の願いは黒かった
う~ん。最初はセリカは天然系で行くつもりだったんだけどなぁ。
どうしてこうなった?
「うふふふ……」
野盗どもを瞬殺☆滅殺☆した後、何故だか不気味に微笑む少女がそこにいた。
セリカ・ラ・ヴァルラリスと名乗る栗色の髪の少女。名前と言動、あと箱入りお嬢様な雰囲気からどこぞの――おそらくこの国の――姫であることは間違いないだろう。そんな少女が血みどろの惨殺劇が終わった直後だというのに、その青色の瞳を爛々と輝かせているのは一体なぜなのか。
初体験――当然殺人の――を終えたばかりの俺は、この不気味な笑顔が新たな厄介事への前フリにしか思えなくて低くなっていたテンションが余計にダダ下がりしてしまう。
「……え、と。問題も解決したようだしワラワはこれで」
「逃がし、待ってくださいです!」
「ふにゃぁ!?」
ただでさえ大きな厄介事がある中、これ以上の厄介ごとは御免である。そう思ってさっさか逃げ出そうとしたら、背後からセリカが本音を漏らしそうになりながらまたもや人様の胸を掴んで俺の歩みを止めた。
いやさ、ほんと揉まれ慣れてないから揉まないで欲しい。少し前が完全な男だったせいで普通の女性よりも敏感なんだよ。
最初に揉まれたときは百合ものを見ている感覚でちょっと楽しんでいたが、冷静に考えるとこのままでは男としての矜持が完璧に砕かれてしまう域まで達してしまいそうな気がする。
そう思ってエルディアに助けを求めるが、
〔これも女の体になれるいい機会ではないか。振り払おうと思えばいつでもできるのじゃから、今のうちに存分に慣れておくがいい〕
とか言って代わってくれない。
流石にこれは刺激が強すぎだと反論しても、
〔ならそこらの男にでも触らせるのか? 妾は絶対に嫌じゃ。もし女に触れらるのも我慢ならんというなら、自分で触って慣れるんじゃな〕
ご覧のとおり封殺されてしまう。
そりゃあ俺だって男なんかに体を弄られたくない。だが、女にも弄られたくなどないし、そんな自慰的行為などはもっとダメだ。いろんな意味で本当にダメだそれは。俺の男としての矜持が粉微塵になってしまうじゃないか。
「私のお願いを聞いてくださいです」
「な、なんで他人の願いを、ひにゃん!? つうか胸を揉むのをやめろー!!」
「いいじゃないですか~。友好を深めるための行為です~」
「なんでお前と友好を深めないかんのジャ~!」
もちろん。エルディアの言ったとおり無理やり振り払うといったこともできる。が、くどいようだが俺は力加減が下手である。最初みたいに持って動かすならまだしも、振り払うという行為だとまかり間違ってセリカを殺してしまわないとも限らないので、結果、揉まれ続ける以外にどうしようもないのである。
「ああ、それにしてもエルディアさんのお胸はいいですね~。とても揉みごたえがあって、セリカのまな板とは比べ物になりませんです」
なんだか危険な香りがする発言が聞こえてしまった。
そりゃあ、そのスットン体型からしたらエルディアの胸は羨ましいだろうけどさ、だからってそんな鼻息荒くしてまでもまんでもいいだろう。
もしかしてこの子はそっちの趣味があるんだろうか。いや、きっとあれだな。女子高生が他人の胸を見て揉んでみたくなる症状と一緒だ。そうに違いない。
「離れろ!」
「それじゃあ、セリカのお願い聞いてください」
「……誰がお願いな、ふみゅぅ!? わ、わかった。聞くだけならいくらでも聞いてやるからもうやめろ!」
もう逃げず話しを聞くという約束を――半ば強制的に――交わし、俺は胸揉み地獄からようやく解放された。手を離す際にとても名残惜しそうな顔をしていたのはきっと気のせいだ。
「はぁ、はぁ。それで、ワラワに一体何の願いを聞けと言うんジャ」
「はい。先ほどの戦闘をみて、エルディアさんはとてもお強いということがわかりました。ですので、その強さを持ってお父様を抹殺、もといコテンパンにしてほしいのです」
「……はい?」
今、気のせいか父親を殺せとかぬかさなかったかこのお姫様は。
俺はあまりの常識離れしたお願いの内容に、聞き間違いではないかと困惑した表情をしてしまった。
しかし、そんな俺を置いてセリカは自国の今についてかいつまんで話し始めた。
ヴァルラ国。
ガスタイヤ大陸の西の領域を支配する国で、建国から九百年と歴史的にはかなり若い国である。
もともと、この西の地の最西端は吸血鬼たちが支配する国があったと言われいたため、あまり他の国も領土拡大に乗り出さなかった土地であり、小さな街や国がまばらに点在するだけの場所だった。しかしそんな中、初代ヴァルラ国王ルキアーノ・リ・ヴァルラリスによってバラバラだった街と国がまとめあげられ、急速に発展した。それがヴァルラ国の始まりである。
また、ルキアーノは会話によって国をまとめ上げたものとして有名であり、彼は武力などは一切持たず、ヴァルラ国を流通の国として栄えさせることとした。結果、ヴァルラ国は他の国よりも珍しい珍品がよく売られる国にになり、海を挟んだ向こうにいる亜人達との貿易も積極的に行ってきた。特に、魔具の類は他の国にはないようなものもあるため、それを求めて買いに来る好事家たちも多くいた。
しかし、現第三十代目ヴァルラ国王アスマルス・リ・ヴァルラリスによってそれは打ち破られる。
アスマルスは生来より武闘派な人間で、まさに武人と言っても良い人間だった。数人の兄弟との王権争いでも話し合いではなく力を持ってのし上がってきたのである。だが、それゆえに小さい自国の領土を広げることもなくただ流通を推し進めるだけの先王までのやり方が気に入らなかった。そして、王となった彼は未だどこにも属していない街をはじめ、小国を次々に取り込んでいった。始めの頃はそれでもよかったが、行き過ぎた領土拡大は民の不審を招き、他国の民や商人からも嫌煙される始末となる。そのせいで、流通の国として栄えていたヴァルラ国は現王が即位してからわずか十数年足らずで一気に衰退していくことになったのである。
「だというのに、お父様は戦うことをやめません。なまじ強いもんですから、誰も止めることができないのです」
「そりゃー難儀なことで」
以前から無駄に戦い続ける王だとは聞いていたが、自国のあり方が気に食わないからって周りに対して侵略行為を繰り返すか? 普通。
そんでもって、いま喧嘩をふっかけているのは俺たちの目的地でもあるアルティミア国と。まったくもって迷惑な話である。
「ところで強い、ということだけどどのくらいの強さなんジャ?」
「そうですね、一個師団を魔法も使わず皆殺しにできるぐらいには」
おいおい、およそ八千人から二万人を一人で皆殺しってどこの化物だよそいつ。いや、俺たちだって別にできなくもないけどさ。一応、そいつって人間だよな? 天人だとか魔族だとか吸血鬼だとかみたいに個人の潜在能力が高いわけでもないよな?
「表向き我が国一番の親衛隊長ですら、お父様が相手ではまさに大人と赤子の違いがあるのです」
「しかし、いくらワラワが野盗を倒したからといってもその王を止められる強さを持っているかわからないだろうに」
「いいえ。私の勘が囁くのです。エルディアさんならきっと殺ってくれる! と」
どういう勘だよ、それ。
つうか殺るってもう殺害前提で事を進める気かよ。
「それに、たかが武器で突いたり女性の細脚で蹴ったりしただけで普通あのような状態にはなりません。かなりの力がなければできないはずです」
「だが、ワラワはランクEの冒険者ジャ。セリカが期待するほどじゃないと思うが」
「能ある鷹は爪を隠す、という格言を知りませんか?」
「知ってるけどさ……」
こっちにもその格言あったんだな。
「とにかく、私はエルディアさんがお父様と同等ぐらいの力があると感じたんです。だから、その力でお父様を!」
「しかしな、いくら姫様の頼みでも一介の冒険者が一国の王を倒すのは色々と不味くないかノウ?」
「安心してください。これは国の総意です」
どんだけ嫌われてんだよ。
しかし、いくら胸揉みに負けて話を聞くことは約束したものの、別に殺る約束を取り付けたわけでもなし。また冒険者は自由で国に縛られることがない。なので、別にやってやる必要は全くないのだが。
〔どうする?〕
〔どうもこうも、なぜ妾たちが国の面倒事に付き合わなければならんのじゃ〕
〔そらご尤も〕
愚王に憤る気持ちがあろうが、今はアルティミア国に行くのが第一である。
というか、ここ最近のエルディアは来ると思っていた神の刺客などが全く来ていないために日々イライラを募らせてしまっている。もしこのまま国の面倒事に付き合わされたら……ヘタをしたらヴァルラ国が滅ぶかもしれないな。
俺としても、これ以上エルディアにあまりストレスを溜めさせたくない。
「どうか、どうかお願いしますです」
ウルウルと目を潤ませて懇願してくるセリカにも悪いとは思うが、ここは断らせてもらう方針で行こう。
「悪いが、ワラワはアルティミア国に用事があってな。急ぎじゃないんだけど、あまり国の事情に突っ込んでいる時間はないんジャ」
「ええ~……です」
「ま、さすがにこのままここに置いておくのは忍びないからノウ。近くの街までは護衛くらいしてやる」
「む~」
可愛らしく頬を膨らませてもダメなものはダメなのである。
その後、吐いてしまったことにより空きっ腹になってのでエルディアと交替し二度目の晩御飯を作ってもらった。ついでにセリカの分も作り、全員が食べ終わったところで今日は取りあえず就寝することにした。
「……どうしたらエルディアさんに願いを聞き入れてもらえるでしょうか? あ、そういえばアルティミア国に行くということですが、たしか関所は封鎖されてるはず。セリカの権力を使えば通らせることも可能です。そうやって恩を売り、願いを聞いてもらうというのはどうでしょう」
寝てる時、セリカは何やら企んでいるようでブツブツ呟いていた。だが、その内容は全部聞こえてる上に最初から無理に関所を通る気がないのだよ。残念だったな少女よ。
「もしくはエルディアさんを篭絡して、セリカなしでは生きられないように……なんて魅力的な、じゅるり」
……いや、何か聞こえたような気がしたけどきっと聞き間違いだよな。ははははは、一国の姫様が同性愛者? ねえよ、んなもんありえねぇよ。ありえないよね? お願いだからありえないっていってよセリカさん!!
〔有り得ないなんて事は有り得ない。と言うしのう〕
〔いやぁ~! こんなところでそんな名セリフ使わないで~!〕
その夜は貞操の危機を感じて眠れない夜を過ごしたのであった。
姫に天然と百合属性が加わり最強に……見えないか。
はい、ここまで読んでいただきありがとうございます。
最初はもっと真面目なはずの予定だったのに、書いているうちに完全な百合っ子になってしまったセリカ。いやぁ、本当にどうしてこうなったんですかね……あはははは。
因みに、性転換ネタだからそういう描写を少しでも出て来させる予定があったのに、今更ながらにR-15タグとガールズラブ要素有りのタグが付いてないことに気がついたので入れておきました。
そういう描写が苦手な人はご注意を。
え、遅いですか? 遅いですね。