10.修行といったら川辺である
予告通り修行と旅の回その一。もっとサブキャラとも絡ませたかったけどグドりそうだったので次に進むことにしました。
(ふむ、ここらが適当かの)
「そうだ……そうジャナ」
今いる場所はオルクスより数キロ離れたところにある川辺、その中でも大小様々な石や岩が転がっているところ。
何故こんなところにやって来たのかと言えば、前回の雑用で明らかになった俺の人間的感覚を吸血鬼的感覚へとするための修行に来たのである。さすがに街中や街の近郊でやるわけにもいかないし、かと言って修行が終わるまでオルクスから移動しないというのも俺たちの「力を取り戻しながら世界を見て回る」という目的ともそぐわない。なので、Eランクでも受けられる討伐依頼をいくつか受けて移動しながら修行することにしたのだ。
その際、ギルドでリルカさんが「お願いだから考え直して!」と言ってきたりもしたが、当然の如く効く耳持たずなエルディアが依頼書を頬に叩きつける勢いで無視したのは言うまでもないだろう。
トゥルスさんの方はこちらで商売する許可がおりたらしく、オルクスを中心に自国のものを売っていくらしい。しばらくはゲルプラントの影響や街道の結界の調査があるらしいので本格的な商売はもうしばらく後になるそうだ。今度はお金をケチらずにきちんと護衛を雇うとボヤいてたのを思い出す。まあ、モンスターの方はゲルプラントの所為で弱っちいスライム系、もといゲテモノ系で大したことないし野盗の方はスウェンを除いて全滅している――させたの間違いだが――のでその護衛代は無駄になってしまいそうだが。
(さて、早速お主の力加減を矯正するとしようかのう。まずはそこらへんにある小石から試してみよ)
エルディアに促され、俺は足元に落ちていた小石を拾う。
お皿の件もあるのでどうなることやらとドギマギしながら拾ったが、それは割ることも砕けることもなく拾うことができた。どうやら単に持つだけなら問題ないようだ。ただ力をいれて持とうと意識して掴むと駄目らしい。
ものは試しと、人間としての感覚でマウスをクリックする程度の力を指先に込めると小石はあっさりと砕け散ってしまった。
その後もいくつもの小石を掴んでは力を込めて破壊する。
それが三桁ぐらいに達したところでも成果は出ず、あったことと言えば一つ一つの壊れ方の状態が違うということで、とことん俺が力のコントロールができていないということぐらいだった。
「どうにかなるのかノー」
それを見て俺はまだ慣れてない口調で嘆息する。
人としての感覚を吸血鬼の感覚に矯正する。言葉では簡単に言えるが、実際にやるとなるとかなり険しい道のりのように思える。なにせ吸血鬼の感覚なんてわからないのだ。知らないのにそれに合わせるのは不可能に近い。こういう時、地球で流行りの異世界召喚やら転生やら憑依やらの小説なんかではご都合主義万歳よろしく主人公は何の違和感もなく力を振るっているというのに、何故俺にはそのご都合主義が無いんだろうか。神様にでも嫌われてんのかな……って、嫌われてるというか殺されかかった身だったな。
「もう日常生活だけならエルディアに任せてしまったほうが楽な気がするんジャ……」
(情けないことを言うでないわ。だいたい、妾達はいつ神から襲われるかも判らぬのじゃぞ? 力の制御を完璧にすることは身を守ることにも繋がる事なんじゃ)
「でもワラワは知識というか魔法専門だしー、力仕事はエルディアで十分じゃん」
(前にも言ったが、力だけではダメなのと一緒で知識だけでもダメじゃ。いくら得手不得手があるからと言って短所を正す努力を怠ればいざというときに困るのは自分じゃぞ。その投げやり気味な口調もな)
「うぐっ」
痛いところをつかれてグウの音も出ない。
俺だって自分勝手にモノを進めてもいい状況ではないことは重々承知している。だからこそ面倒と言いながらも修行しにきているのだ。口調だって本当は変えたくなんかない。でも俺からふっかけた喧嘩で負けたのだからそれは仕方がないことだ。仕方がないことだが……もうちょっと優しくしてくれても罰は当たらないと思うんだ。
(お主、優しくされればされるほど調子に乗ってミスを犯すじゃろうが)
「また人の記憶を見やが……見おったナ」
(こうやって昔のことで弄られたくなければ無駄口を叩かず、修行に専念するのじゃな)
「くぅ~、やればいいんジャロ! やれば!!」
心で号泣しながら俺は何個か目の小石に手を伸ばす。
ところが、ヤケクソ状態で握力測定器を掴むぐらいに力を込めてしまったためにそれを粉々を通り越してサラサラの砂へと変換してしまう。
それを見て俺のやる気はメーターを振り切って、急激に低下してしまった。
いやほんともう。無理っす。
(仕方がないのう。妾が直接教えてやるからそう落ち込むでない)
「直接って……どうやって?」
両膝ついて項垂れる俺にエルディアが救い(?)の手を差し伸べてくるが、その提案に疑問を抱かずに入られない。
魂はまだ一つになったわけではないが、体は一つしかないのだ。分離できるわけでもないのにどうやって直接教えるというのだろうか。
(忘れたか? 妾とお主は感覚を共有しているのだぞ。つまり妾が体を動かし、力を込めたときの感覚も共有できるわけじゃ)
「なるほどノ~……って、なら始めからそれでやればいいじゃないか!!」
(阿保なことを言うでない。これは今の妾達だからこそできる、言わば反則的な修行方法じゃ。よいか、本来ならこういう力の制御を行う修行というものはじゃな、ほんのちょっとでも力を込めれば弾けて死んでしまう小さなスライムを箸のようなもので殺さずに掴む所から始まり、最終的には一軒家ほどの大きさの同じ種類のスライムを指一本で持ち上げられるようにする。これは人によっては何百年もの血の滲むような修行で漸く身につけることができるものじゃ。それを最短で覚えられるようにするというのは力の過信を産むので良くないのじゃよ。だからお主にはなるべく自力で制御を覚えて欲しかったが、余り悠長にはできんしな)
「いやいやいや、過信とかの部分はいいけどその修行内容なんだよ!? 地味なのかすごいのかわからんぞ!?」
あまりの奇抜な修行に口調が戻ってしまうのも構わずに突っ込みを入れる。
すぐに感覚の共有を利用した修行にしなかった理由はわかったが、そのまるで豆腐を崩さずに別の皿に移しかえる的なその修行方法は一体何なのだろうか。見ようによっては凄いことなのかもしれないが、スライムを箸で慎重に掴む様はかなりシュールすぎる。
(確かに見た目はアレだが、効果は確かなものじゃぞ)
「え、やったの?」
(うむ。修行時代にな。この修行だけで百六十年もかかった。大変じゃったぞ。何せ箸が触れるだけで死んでしまうんじゃ。持ち上げるのだけに十年はかかったのう)
「持ち上げるだけで十年かよ……」
(まあ、そんなわけでその大変な修行をした妾の感覚を覚えるだけでいいのじゃ。実に簡単じゃろう?)
「あれ……それって普通の吸血鬼の感覚より難しいんじゃ?」
救いの手かと思ったらそれは悪魔の囁きだったでござる!
いや、吸血鬼なんだから悪魔で当然なのか……。
そして、それからの時間はあっという間に過ぎていった。
すでに太陽はもう地平線の下へと沈み、静かな夜が訪れている。
エルディアの感覚を全身全霊でもって掴もうと奮闘していたのだが、結局それはかなわなわずその日一日は改めて彼女の能力の高さを認識させられただけであった。まあ、今日一日で掴まれるようではなとエルディアも言っていたので始めからすぐにできるとは考えてなかったのだろう。相変わらず意地悪だ。
今日はここの川辺で修行だったが、明日からはアイテムボックス内に片っ端から集めた石や岩を使って道すがらするとのことである。
「ふんふんふ~ん♪ ふふふ~ん♪」
それで今はというと夕食の準備に取り掛かっている。もちろんそれをしているのはエルディアで、鼻歌交じりに街で調達したと思われる調理道具を用いて食材を料理していた。俺がしたことと言えば、魔法で薪に火を点けたぐらいである。
んでもって、そんな彼女を見ながら俺は絶賛休憩中だ。
因みに心の中の状況を言うと、体の主導権を担っている――いわゆる操縦席となっている王座に座りながら歌っているエルディアにもたれるように膝枕をしてもらいつつ、その歌を子守唄のように聞きながら精神を休めている感じだ。
女の子の太ももって柔け~なんて感じで微妙に至福の時を堪能中。
それにしても、エルディアは本当にハイスペックだなと思う。強いうえに家庭的だしプロポーションもいいしとこの世の女性が羨む存在だ。これで一国の王様までやっていたというのだからどこかの食っちゃ寝王なんかが聞いたら真っ青だろう。
(でもアルティミアまで遠いよなぁ)
「人間からしたらおよそ徒歩で一月、馬車で半月と行った距離じゃからな」
もちろん修行以外にも今後の進路について購入した地図を見ながらアレコレと考えをめぐらしていたりもしている。
トゥルスさんにも似たようなことを言われたらしいが、元々エルディアの城があった場所はこの大陸の西の方だったので、中央に位置しているアルティミアに行くには横断しなければならないのだ。回り道して行くよりも短い日数で行けるものの、相変わらず一般人感覚の俺からしたらそれでも相当なものだ。
「ここにも怠けた生活の付けが回ってきたのう」
確かに怠けた生活をしていたが、そんなこと言ったら現代人の殆どが怠けた生活をしていると言っていいだろう。車や電車などの便利道具から離れる人間なんていなのだから。
(あ~、向こうでの技術がこっちで使えればなぁ)
「確かに、地球といったか? あちらの技術は目を見張るものがある。が、便利さに目を奪われがちになるのは良くない。環境や健康に全く配慮しない技術ならこの世界も今のままでよいわ」
さすがに厳しい修行をしてきただけあってか、俺の便利思考に真っ向から否を唱える。
これが王道の世界なら、低い食文化や技術力を高めるために主人公が奔走したりするのだが残念ながら王道と真逆を走る俺には関係がないようだ。まあ、そもそもそういったことを教えたり作ったりできる能力なんてないんだけどな。
「さて、そろそろ夕餉の出来上がりじゃ」
無駄話を楽しみながらもその手を止めていなかったのか、エルディアは買ってきた食器に作った料理を並べていった。完成した料理はお肉の一枚ステーキに人参や葉類を添えたものだった。
場所が場所なのでそこまで豪勢ではなかったものの、中々にいい匂いを醸し出すそれにお腹の音も自然となる。
「では替わるかの」
(何で? 感覚が共有できるんだから別に替わる必要もないだろう)
「こういうのは自分で食べたほうが美味しいものじゃ」
(でも、せっかく自分で作ったんから自分で食べればいいじゃないか)
「今日一日で疲れたであろう? しっかり味わって英気を養うがよい」
そう言ってエルディアは心の中で玉座から降り、太ももの上に頬を乗せていた俺を無理やり席につけた。
エルディアなりにこちらのことを気遣ってくれているのだろう。そういえばさっきから口調がもとに戻っているのにもかかわらず口煩くもない。
その優しさに触れながら、俺は彼女の手料理をしっかりと味わって食べることにした。
手と手のひらを合わせていただきますのポーズをとり、ステーキをナイフで切って口へと運ぶ。
「はむ……もぐもぐ、おぉ! なんだこのお肉は。今までに食べたことがないほど旨い!」
疲労もあったためなのか、俺の舌に転がるお肉は大好きな鳥肉よりも美味しく感じた。たったひと切れ切って口に含んだだけなはずなのに、噛んだ先から肉汁がどんどん溢れてくるのがわかる。
「豚でも牛でもなければ鳥でもない。なんの肉なんだ?」
当然ながらモンスターが存在する世界だ。今のところ見てはいないが知っているもの以外の食材も多数あるに違いない。未知なる食感にグルメに目覚めてしまいそうな気持ちになりながら、エルディアに尋ねる。
(それはミトワムと呼ばれるものじゃ)
「ミトワム?」
(土の中を徘徊するワームなんじゃが、見た目はお主のいた世界で言うところのハムじゃな。美味しいうえに栄養も高く、肥えた地面を掘れば嫌でも捕獲できるからかなり安価に手に入ることで有名じゃったな。まあ、今は昔ほど捕れないらしいがな)
「ワー……ム? ワーム、芋虫、虫……むしぃぃぃぃ!?」
俺はその言葉にショックが隠せなかった。大好きな鳥肉よりも旨いからどんなものかと思えばそれが虫だったとは。いや、確かに地球でもミミズ肉やカエル肉なんてものも存在しているのだからおかしい訳ではないのだろうが、それでも抵抗してしまう。
(……嫌じゃったか?)
と、すっかり食欲を失せさせナイフとフォークを落としてしまった俺にエルディアは心底悲しそうに目を潤ませる。
そうだ、エルディアは俺のために作ってくれたんじゃないか。そこにあるのは善意であって悪意ではないのだ。それを無碍にするなんて酷いにも程がある。
「い、いや……斬新な食材だから驚いただけさ! はむ、もぐもぐ。旨い、実に旨いぜっ!」
実際、とても美味しいのは事実である。
だからワームの肉というのを必死に頭の中から追い出しながら俺はそれをガツガツと胃に収めていった。
◇
(ぐぅー……ぐぅー……)
「心の底から寝入るとは、暢気な奴じゃな」
心の中でエルディアは微笑みながら自分の膝のを枕にして眠っている彼の頭を撫でていた。
ご飯を平らげた姫鬼は精神的な疲れが限界まで達しのかぐっすりと寝入ってしまったのだ。
普段ならもうちょっとは警戒心を持てと怒るところだろうが、こんなに気持ちよさそうに寝られたら怒るものも怒れないではないか。
「妾が目覚めて四日目か。本来ならもう刺客が来ていてもおかしくはないのだがな」
姫鬼も言っていたことだが、封印を施した本人に妾が目覚めたことがわからないはずがない。だというのに未だ天人の一人もはなってこないとはいったいどういうわけなのじゃろうか。
そもそも、なぜ城が人の目に止まった。神は隠蔽もしていなかったのか?
いや、自分や天人では殺せないとわかっていてもしつこく殺そうとしてきた奴がそんなミスを犯すなど考えられん。厳重に管理していたはずじゃ。
姫鬼には適当な説明で誤魔化したが、実際のところよくわかっていないのは彼女も同じであった。表面には出さないが日々イライラがつのるばかりである。
「ふぅ……いかんな、妾が冷静にしなければ誰が姫鬼を守るというのじゃ」
おそらく、神は本来の目的であった自分の知識しか狙わないだろう。いくら自身の魂が半分に分かれた存在とはいえ、姫鬼という存在はこの世界で生まれたわけではない。普通なら殺すことができない神でも自分の世界で生まれたのでなければ殺すことが出来るであろう。
もしものときに備えて彼自身には力を付けてもらわねば困るが、人間として過ごしてきた分もあってすぐには無理だろう。本当の殺しをしたときにも精神が壊れないかも心配だ。だからこそ自分が支える必要があるのだ。厳しくするのも愛情の裏返しである。
(二度と……もう二度と家族を失うものか)
自分の手で殺してしまった両親。自分がいたから殺されてしまった仲間たち。今まで何一つとて守ることができずにいた。だが、今度こそは守る。何者にだって奪わせはしない。
エルディアは見る者が窒息しそうなほどの殺気をその瞳に込めて川辺を凝視した。
その殺気にあてられたのか、川に住んでいた魚の数匹が泡を吹いて浮かび上がってきた。
「――っふ、それにしてもモリソンとは笑えたぞ」
それを見たエルディアは思っていたより力の入っていた瞳を緩め、殺気を霧散させるように微妙な笑みを浮かべながら魂の部屋で姫鬼が言っていたことを思い出した。
彼がよく口にする理想の男。
聖騎士でその逞しい全身に傷がありながらも優しそうな顔をするモリソンという名の男。エルディアはその男の事をよく知っていた。知らないはずがなかった。なぜなら自分の理想の男性はと聞かれれば十中八九その男が一番に来るからだ。エルディアであった頃を忘れてもそのことだけは明確に覚えていたのには心底驚かされる。
「まあ、もうあそこに行くこともないであろうし、姫鬼にも無理に教えることもないじゃろうな」
だが、そのことは自分の胸の中にしまっておくことにした。あんまりその話しをすると懐かしくて泣いてしまいそうだ。
決して言い出すのが恥ずかしいわけではない。
「さて、そろそろ妾も休むとするか」
月明かりの下、彼女は独白を終わせ買った毛布にくるまると彼とは違う浅い眠りについた。
修行で滲むのは血ではなくスライムの体液である。
読んでいただき有難うございます。修行をするなら川辺には絶対行くべきだと思うのは自分だけでしょうか?な紅葉蓮です。
ミトワムはミート(肉)&ワーム(芋虫)の横線を排除しただけな単純なネーミングです。まあ補足するまでもないです。ところで、実際ミミズ肉って聞いた(高校時代の数学の先生がそんなこと言ってた)だけなんだけど本当にあったりするんですかね?
次回当たりにちょくちょく会話に出てくる「あの子」関係の閑話を挟みたいな~なんて思ってるのですが話しが思いつかなかったらもう少し後になるかもしれません。神様関連の話になるので、納得のいく説明が固まってからのほうがいいかもしれませんね。まあ、頭の中には出来てるけど文章にするのがなかなか出来ないってだけなんだけど……ブンショウリョクナイカラシカタナイネー。