8.あるギルド嬢の心配事
三人称やら一人称やら、もうちょっとまとまった文が書きたいけどなかなか思う通りにいかにぃ。
どうして街道を外れるのが危険なのか、という解説とあるキャラについての伏線(?)を貼る的な回です。
「はぁ……」
皆さんおはようございます。
いつもと変わらない日常の中でため息が漏れる私ことリルカです。
四六時中ギルドの受付嬢としてカウンターに立ち、やってくる冒険者たちの相手をするという、接客が得意なら案外簡単な仕事なんだけど、如何せん暇なの。
しかも、このオルクスは小さく国境の砦を兼ねた街なので冒険者の数もそんなに多くはない。特に戦争が始まってからというものさらに減少気味。元々暇度が高かったのに輪をかけて暇で、もう本当に退屈。
そもそも、私は王都で仕事をしていた身なのでこういった静かな環境が肌に合わない。
なら何故そんな私がこんな国境沿いにいるかというと……まあ、所謂新人指導的な感じ?
ともかく数箇月の指導の下、ようやく指導の仕事を終えて帰れるかと思えばこの国が戦争を始める始末。もともと居た場所が場所だけに帰れなくなってしまった。
本来ギルドと冒険者には国家間の問題など関係なし。だから関所で門前払いなんてされる筋合いないんだけど、どうやらこの国の今の王様は少しでも敵国に人を流させる気はないらしい。
まさか冒険者を戦力にするつもりなのかな、なんてことも考えちゃうけど……もしそうならとんだお馬鹿さんに違いない。
とにかく、その所為で私はこのオルクスで足止め中なのである。冒険者ではなく馬車などの移動手段も持っていない私では長距離だろうが短距離だろうが一人で旅になど出られるはずも無く、遠回りで行くという選択肢も取れない。ここに来るときは知り合いの子に依頼して送ってもらったからよかったけど、今ここにいる冒険者には頼むことができない……主に依頼料的な意味で。しがないギルドの受付に過ぎない私では護衛を雇うお金がないのよ。
ああ、今あの子がいれば超格安料金を通り越して無料で引き受けてくれるのになぁ。
「はぁ……」
「またため息ですか? 幸せが逃げちゃいますよ、先輩」
再びのため息を吐くと、隣に立っている茶髪の女の子が声をかけてきた。
彼女はリィリィ・チャイムノック。愛称をリリといい、十八歳ですでに彼氏持ちという私の後輩である。
「既に幸せつかんでいる貴方が言うと嫌味にしか聞こえないわ、リリ。昨夜も自宅で励んでたのかしら?」
「も、って……そんな毎日行為に及んでるみたいに言わないでくださいよ!」
「否定しないってことはしてたのね」
「う、そ、それは、その~……」
私の容赦の無いセリフに顔を赤らめて俯いてしまうリィリ。
別に彼氏がいて行為に及んでいることに対して僻んでいるわけではない。ただこの後輩いじりが最近の私の趣味なのである。そこ、心が汚い言うな。
それはともかく、さっきから私が吐いている溜め息は冒頭で言ったように暇だからではない。昨日ここに冒険者登録をしに来た謎の少女。エルディア・デモンナイトことエルちゃんのことが心配だからである。
艶のある黒い髪の毛に血のように赤い深紅の瞳を持つ美しい彼女は、話に聞くとゲルプラントを一撃のもとに葬り去ったという。しかも使った魔法が暗黒魔法というダークエルフ特有のもの。倒したかどうかはさて置いて、ダークエルフと人間のハーフなのかと思っていた。しかし、ギルドカードを見てみれば年齢四桁で私なんかよりも何倍も生きているらしい。もちろんハーフで四桁も生きる者はいない。だから彼女は人間でもなくハーフでもない純血種のはず。でも身体的と特徴はほとんど人間と変わっていないため見た目じゃ分からず、一生懸命尋ねたけど結局どんな種族なのかは教えてもらえなかった。
まあ、彼女の種族とかはもう気にしないとしてだ。
彼女は、隣国のアルティミア国に行くつもりらしい。昨日も言ったけど、今アルティミアに行くには遠回りで行くしかない。だというのに、彼女は関所など知らんと言い――実際、彼女の考えは自由な冒険者として正しいのだけど――回り道もする気はないようだ。
もちろん、関所まで行ってどうにか話をつけて通るというなら私もそこまで気にしない。ただ、彼女は関所などを通らずに進む気らしい。
アルティミアはこのガスタイヤ一の大国でその領土も広く、大陸の中心に位置している。しかし、そのため多くの危険区域と接していることでも有名だ。
危険区域とは結界のため人の通る道に近づきにくくなった力のあるモンスターが跋扈し、互いに争い、最終的に勝ったほうが生き残りさらに力を増していったためにモンスター以外の生き物が入れなくなってしまった場所である。場合によってはダンジョンの奥深くに生きる古代のモンスター並みにまで成長し、街に現れては災厄を振りまくモンスターもいる。Aランクの冒険者でさえその中で生き抜くのは難しく、SかSSランクの冒険者しか横断はできないとされている。
よくはわからないけど、専門家が言うには呪術師が使う蠱毒? という術と似たような状態となっているらしい。
そしてヴァルラ国とアルティミア国の国境地点にもその危険区域は存在し、そこを冒険者に成り立ての少女が渡ろうというのだから、これは心配しないという方が無理というものだろう。
しかし、口で言っても彼女は考えを改めてはくれないらしい。どうしたものだろうか。
「はぁ……ほんと、あの子がいれば色々と楽になるのになぁ」
私の知り合いである冒険者はランクはAではあるけど、実力はSに近いと考えている。そんなあの子がここにいれば私もお金の心配も無く護衛を依頼できるし、エルちゃんの無謀な行為も止めてくれるに違いないのに。
だが、連絡手段がない以上仕方がない。
精霊術を使える少数のエルフとアルティミアの魔導院で共同開発をしてるという通信玉なるものが手元にないのが悔やまれる。
「はぁ……」
「なにを溜息を吐いておるのだ、リルカよ。そんなんでは来る幸せも逃げてしまうぞ?」
本日四度目の溜め息を吐くと、カウンターの反対側にやってきた黒髪紅眼に露出が多めな異国の装束を身に纏った一人の少女が後輩と同じような突っ込みを入れてくる。
件のエルディア・デモンナイトである。
この溜め息はエルちゃんの所為なのよ! という視線を向けながら口を開く。
「おはようエルちゃん。お姉さんは昨日のことで心配で仕方ないのよ」
「他人のことをお主が心配する必要はないであろう」
「ないけど心配なものは心配なの!」
「そうか。ま、それはどうでも良いとして」
どうでもいいって言われた!?
「クエスト……というか雑用を受けに来たのじゃが」
「はぁ。Eランクのクエストならそこのボードにあるから適当に決めて」
再び息を吐きながら壁に設置されているEランク専用クエストボードの方を指差すと、彼女はくるりと振り返りそれを見に行った。
そしてクエストボードと暫くにらめっこすると、何枚かとって戻ってきた。
「この四つを受ける。しかし、街の雑用とは少ないものじゃのう」
思っていたより数が少なかったことに不満だったのか、彼女は愚痴をこぼす。
というか、あったらあったで全部受ける気だったというところに私は呆れた。
何度も言うが、このオルクスは小さい街だ。住んでいるのもどちらかと言えば兵士の方が多く、雑用を頼むほど忙しい人もほとんどいない。彼女が持ってきたクエストも期間は無期限のもの。それに信頼を得るのは大事なこと、とは昨日確かに言ったことだが必ずしもしないといけないわけでもないし、むしろしない人の方が多いくらいである。
「でもそんなに受けてどうするの? エルちゃんのことだから討伐依頼の方を受けると思ってたのに」
「信頼を得ると報酬が良くなる場合があるし高ランクの依頼を受けるときにそれは必要なのだろう? これから色々と物入りが多くなると思うから貰えるものはもらっておくということに決めてのう。はっきり言って面倒じゃが、受けることにしたのじゃ。それに一ヵ月のうちに一定の成果を出さなければならんと言っておったしな」
「言ったけど、それは必ずというわけでもないよ。あくまで信頼が必要とされるのは絶対成功してもらいたい依頼に限る話だし。それに一定の成果とは言うけどそれは依頼をきちんと受けて欲しいからそう言ってるの。別にギルドポイントや依頼数を既定値こなさなきゃダメ、というわけじゃないの。冒険者としてちゃんと活動していると示せたらそれでいいのよ。まあ、あんまりサボってるようだと本当に除名されちゃうけど」
「む、そうなのか?」
「昨日渡した本に書いてあったでしょ?」
「昨日はすぐ寝たからのう……うむ、確かにそう書いてある。本当に簡単な説明だけじゃったんじゃな」
どこからともなく昨日私が渡した本を取り出し、パラパラと捲って該当するページを読んで納得する。
お姉さん的には読んでなかったことに悲しみも覚えるのだけれど、それよりも今一体どこからその本を取り出したのかというところが気になるよ。
袖から取り出したように見えたけど、その袖収納なんてできないよね?
「ま、受けることには違いないしな。というわけで受注の承認を頼む」
「え、ええ。じゃあ昨日作ったギルドカードを出してもらえる?」
私の内心の疑問に気づいた風もなく受注を催促してくる。
質問したい誘惑もあるが、今は仕事と頭の中から私情を追い払い、ギルドカードを受け取って対応する。
通常ギルドカードは本人以外が触れても情報は写らず、また強固な保護魔法によって変に悪戯されないようになっている。しかし、ギルドマスター及びギルドに所属する者は受注する依頼の内容などの情報を記載させる術を得ている。むろん企業秘密である。
その術を用いて、彼女のギルドカードに受ける依頼の内容及び成功条件などを記載させていく。
後は、依頼が達成された際にこのカードが勝手に情報を更新し成否がわかる。
「はい。これでエルちゃんは四つの依頼を受けました。内容などはカードを持って念じれば表示されるからね」
「わかった。では行ってくる」
「いってらっしゃ~い」
カードを返却して閲覧方法を説明すると、彼女はすぐにそれに向かって進んでいった。
「はぁ……今日はなんとか街に押し止めそうだけど、これからどうしようかなぁ」
私としてはなんとしてでも彼女をこのままアルティミアに向かわせるべきではないと考えている。だから依頼を受けて街に居てくれるなら安心である。
しかし、雑用と調合や調達系の依頼やその街に直接関係のある依頼、緊急依頼などは受けた街で報告しなければならないが、それ以外の一般的な討伐や護衛などの依頼の場合はその限りではない。
今日は雑用の依頼だから大丈夫だし、ランクもEなので護衛の依頼も受けることはできない。けれど、もし討伐依頼をこなしながら旅をするなんて言われたら彼女を止める術がない。
「あぁ、本当にあの子がいたらなぁ……」
「あの子って、【白翼の聖女】のことですか? 先輩の知り合いっていう」
【白翼の聖女】という二つ名はその容姿と彼女の普段の行動から付けられた。
その地に困っている人がいると聞けば誰よりも早く飛んで行き、お金に困っているなら無償で依頼を受け、争いが激化しそうものなら傷ついてでも止めにはいると行った感じで、本来冒険者がしなくていいようなことも率先して行動する。しかも種族が種族なだけにかなり長いことその人助けの道を歩んでいるらしく、ある意味Sランク以上の冒険者たちよりも有名かもしれない。
得意とするのが治癒魔法や浄化の魔法なども関係している。
ただ、周りからそう呼ばれているだけで本人はあまりこの二つ名が好きではないらしい。理由は聞いたことはあるが、教えてはくれなかった。
「そうよ。よく知ってるわね?」
「先輩の護衛をしてた方ですし、この大陸で十人程しかいないAランクの魔導士ですから。むしろ知らない方が可笑しいですよ」
「そういえばそうね」
「先輩を送り届けたあとは確か、東北に向かって旅をするって言って行きましたよね」
「三年前にね。それ以来会ってないし、今いる場所もわからない。早くマティスで通信玉完成しないかしら」
「もう実用段階までいってるって話ですよね?」
「聞いた話じゃね。でもお国事情のせいで中々情報は伝わらないし、もう向うでは普及してるのかもね」
なにせ実用段階まで行っているという話し自体、もう一年以上前に聞いたことである。
「もし完成してるなら裏から個人用貰って、あの子を探し出して持たせていつでも連絡できるようにするんだけど」
「さすがにそれは無理なんじゃ……」
「ふっふっふ。今はしがない受付嬢だけど私には強力なコネがあるのよ、コネが!」
実は魔導院で協力しているエルフとも知り合いだったりする。弱みの一つや二つは知っているのでゆすればあっさりくれることだろう。
え? 黒い? コネじゃなくて脅し?
あーあー、聞こえません。
そんな感じで、少ないながらにやってくる冒険者相手に言葉を交わす一日に今日も精を出していったのであった。
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始めた当初は50も行けば良い方かな~、な感じだったので嬉しい限りです。
拙いですがこれからもよろしくお願いします!