三時限目〜前編〜
“自宅の小覇王”と“あの二人”が来襲!!
警戒を厳にせよ!!
現在日時:日曜日 0941時
場所:市内某所
某所−とはいうモノの、実際は聖フランチェスカ学園から、さほど離れていない駅の駐車場に“彼”はいた。
同学園高等部の社会科教諭:桂木和樹である。
彼は駐車場の一画に愛車−BMW E63を停め、ドアロックをして車外で人を待っていた。
今日の服装は…まぁ普段と殆んど変わりないが、ノーネクタイである事とワイシャツがグレーなのが相違点であろう。
小物も特に普段と変わらず、腕時計と革靴を基本にしているが…唯一、違うのは襟を開いたワイシャツから覗くボールチェーン。
これはおそらく何らかの“ネックレス”だろう。
愛煙の煙草を吸いつつ、背中を車体へ預けていると、駐車場の入口付近から軽やかな足音が近付いてくる。
「−ゴメ〜ン、待った?」
「いや。…ちょうど待ち合わせの時間だ」
「ぶ〜!!相変わらずだな〜!!」
「…誉め言葉と受け取っておこう」
彼はそう言いながらも苦笑し、吸いかけとなった煙草を携帯灰皿に放り込み、それをスラックスへ仕舞う。
和樹が待ち合わせをしていた人物は女性。
しかも、学園の卒業生である“孫雪蓮”だ。
春先らしい少し薄着のコーディネートで纏めた彼女は久々に会う彼の変わりのなさに安堵する。
「いきなり誘ってゴメンね。…大丈夫だった?」
「あん、何がだ?」
「予定とか。そろそろ生徒会長選も近いんでしょ?」
「休日に仕事なんて冗談じゃない。それに俺は仕事を家へ持ち込まない主義だ」
「ぷっ…あはははっ、そうだったね♪」
「生徒会長選の準備なんて選管(選挙管理委員会)の先生達に任せれば良いしな」
「あっそうだ。蓮華も会長選に出馬するんだって」
「…あぁ…そういや候補に名前が載ってたな」
生徒会長選−新年度が始まって早々に執り行う学園の恒例行事。
一般的な選挙−この場合は投票を指すが、学園の選挙は毛色が違う。
立候補者達がそれぞれの陣営を構成し、メンバーと力を合わせて試練(競技)を乗り越え、敵を蹴落として行った陣営のトップ−立候補者が生徒会長の座に就く事が許されるのだ。
要は、体の良い運動会と思ってくれればいい。
「応援してね♪」
「俺の立場を忘れるなよ?一応は教師だ」
「判ってるわよ〜♪そ・れ・で、今日は何処に行く?」
雪蓮はデートの予定を尋ねつつ和樹へ歩み寄ると、頭ひとつ分ほど背の高い彼を見上げる。
「…特に決めてないんだが…」
「じゃあ、お−」
「酒、なんて言わせんぞ?」
「ぶーー!!」
とても二十歳の女性がする仕草ではないが、彼女は子供のように口を尖らせた。
「…映画でも観に行くか。直ぐ近くだしな」
「あっ、ちょうど観たかったのがあるんだ〜♪恋愛物で、少し“美女と野獣”…というよりは身分違いがテーマの映画♪」
「ふぅん…」
「うわっ興味なさそ〜。身分違いの二人…一介の傭兵と王女が恋に落ちるまでを描いた作品♪最近、有名なんだけど知らな−−和樹?」
「……………」
「おーーい、かーずーきー?」
「あん−っと悪い。…それってフィクションか?」
「う〜ん…判んないなぁ。フィクションにしてはリアルだって評判だったし」
「…………」
彼は心当たりがあるのか、何とも言えない表情をしてしまうが、先を急ぐ彼女に促され、駅前の近くにあるという映画館へと歩き始めた。
時を同じくして、駐車場の付近にあるビルの屋上には三人の人影があった。
「−なぁ相棒。お前、親父さんに“帰国して顔を見せろ”って言われたから来たんじゃなかったのか?」
「別に構わん。…こっちの方が面白そうだしな」
「…二人とも暇なんですねぇ…」
「あ〜違う違う。こいつは…そう“視察”だ“視察”!!」
「“視察”ねぇ…。毎月、本社へ報告書を送ってるんですが…」
「それじゃ判らねぇ点もあるだろ?だからこその“視察”さ♪」
「…すんごい爽やかに言ってるとこ悪いんですが…とどのつまりは…」
「「暇だった」」
正に異口同音。
黒髪と金髪の男性は揃って同じ台詞を口にした。
この二人は民間軍事会社“Hound Security”の社長と副社長。
社長−短い黒髪が逆立っている男性の名前はショウ・ローランド。
“ローランド”という姓は偽名であり、元は彼自身の師匠の姓だ。
本名は桂木翔−和樹の双子の兄である。
副社長−金髪を短く纏めた男性の名前はオルソン・ピアース。
彼は元アメリカ海兵隊武装偵察部隊に所属していたのだが、色々あって傭兵となり、現在の相棒であるショウと戦場で出会った後、共に“Hound Security”を創設した。
ショウは父親である桂木和也の求めで一時帰国したのだが、暇を持て余してしまい、極東支部の副部長である将司を伴って観光をしていたのだ。
…三人揃って、会話をしながらも双眼鏡を目から離さないのは流石というべきか。
「あの美人ってよ…和樹の“コレ”か?」
オルソンは隣の将司へ小指を立てて見せると、彼は双眼鏡から目を僅かに離して、それを確認する。
「いや違いますよ。…あ〜…“まだ”が付きますが…」
「少なくとも友達以上って所か?」
「いえ…。元教え子以上って所ですかね」
「元教え子…彼女は?」
実弟の事なので気になるのか今度はショウが問い掛ける。
「孫雪蓮。学園の卒業生です。赴任した時に相棒が彼女のクラスの副担任を務めまして」
「…彼女、何歳だ?」
「二十歳だったかと…」
「おぉっ!!相棒、お前も同じだよな!?姫さん二十歳…だっけ?」
「21歳だ。お前の方は…23歳だったか?」
「応っ!!ちょうど良い、差だろ?」
「四捨五入すれば三十路…」
「相棒、相棒。そいつは、お前も」
互いの恋人談話をする彼等だが、ショウの年齢は和樹と同じで、一方のオルソンは27歳だ。
年の差はそれほど気になりはしないが…五十歩百歩であろう。
「お〜お〜。腕なんか組んじゃってまぁ…初々しいねぇ…」
「…アレで“まだ”恋人じゃないんですよ、信じられます?」
「信じられねぇな」
「………」
オルソンは断言するが、その相棒は身に覚えがあるのか口を閉ざしてしまう。
「…デートは映画から…まぁ及第点かな」
「日本では定番ですよ?時期に限らず遊園地や動物園とかもありですし」
「馬鹿野郎。…普通は、ディナーの為にブティックとか行くだろ」
「成る程。…でも、下心丸見えじゃないですか?」
「まぁ相手によるがな」
男が意中の女性へ服を送る−つまり“その服を着たキミを脱がしたい”という意味だ。
「…まぁセリーヌは、そこんところ判らないから大丈夫なんだけど…」
「…けど?」
「…プレゼント受け取ってくれねぇ…」
「なんでですか?嬉しいモンでしょうに」
「…セリーヌが言うには−−」
“私をその辺の女子と一緒にするな。そんな物よりも私は……お前の心が欲しい”
「−−だとさ」
「………うぁ…」
副社長の恋人による彼への熱烈なラブコールに将司は二の句を繋げなくなる。
「…あ〜…社長は恋人にプレゼントされたりとかは…?」
「……この前、贈った」
「何をですか?」
尋ねられ、ショウは溜め息ひとつを零してから双眼鏡に映る二人を見詰めつつ口を開く。
「“指輪”と“告白”」
それらに二人が絶句したのは言うまでもないだろう。