連治は主人公のごとく振舞って失敗する
能天気な姉が出て行った扉を見つめる。
当然問題は解決していない。
さっきまでの少女に対する言動を思い出す。
何だあれは、少年漫画の主人公並みに怒ってたな。
いや、どちらかと言うといじけて主人公に頬を殴られる役かな。
代わりかどうかわからないが、ほっぺにキスされたが。馬鹿姉にだけど。
少女の顔を思い返すと、無理やり笑顔を作ろうとしたと思われる奇妙な顔が浮かんできた。
あの子からしたら、初めて新しい家族に会う日だったんだよな。
そんなときにいきなりあんな態度されたら傷ついて当然だよな。
姉にはどうせなら殴って欲しかった。
いやそういう性癖はないけど。
視線が褐色のクリップボードに張り付けてある少し色褪せた凛音の写真に目がとまった。
写真の凛音が苦笑いしてくる。彼女に謝れと言っているように感じた。
凛音のことはもう吹っ切れたと思ってたんだけどな。
しかし本当によく似ている。
写真を眺めているうちに凛音の悲しむ顔と先ほどの少女の顔が重なり、知らず知らずにため息が漏れているのに気付く。
凛音がいたら呆れられそうだな。いやあいつは笑って許してくれるか。
現実逃避のためか思考がどんどん脱線していく。
最初は反省していたはずだが、いつの間にか凛音のことで頭がいっぱいになっていった。
突然のメールの着信で思考が遮られ、無意味な時間が流れていったことに気がつく。
とりあえず謝るのが先だな。そういう結論に瞬時に達する。
メールがどうでもいいダイエットグッズの宣伝であることを確認してから体を起こし、隣の部屋へ移動すべくベットから立ち上がる。
とりあえずなんで機嫌が悪くなったかは分かった。
ということで、部屋の扉を開けて廊下へ出る。
少女の部屋の前まで来たので、とりあえず心を落ち着かせるために大きく深呼吸してノックした。
笑顔の練習もすべきかな。
練習している自分の姿を想像してしまい、気持ち悪いと却下の判断を下す。
「はい」
少女の声がしたので、入ってもいいか了承を取った後に、少女の部屋に入る。
凛音がいた部屋に凛音が成長したような少女が存在していることに少し違和感を感じたが、とりあえず先ず謝らなければと思い至る。
「さっきは悪かった。ごめん」
頭を下げながらそう言った後、頭を上げ目を見ながら一呼吸置いて続けた。
「大切な妹がいて、この部屋はそいつが使ってた部屋だったんだ。
4年前、そいつが俺のせいで死んでしまったんだ。
さっきお前がこの部屋使うって姉ちゃんがいいだしたとき、その時のこと思い出して、お前は全然悪くないのに八つ当たりしてしまった。
悪かった。ごめん」
最後にもう一度頭を下げる。
彼女は何と返答すればいいのか分からなくなったのだろう。全然気にしてませんと言葉を詰まらせながら答えた。
緊張のためかまだ彼女は動きがぎこちない。緊張しすぎるタイプなのかもしれない。
これからは家族として支えていかなければいけないな。
家族か…。
ほんとに家族になるにはどうすればいいだろうか?
何事もまず形かららしいから、まず呼び方を変えればいいかな?
という訳で提案する。
「久美って呼んでいいか?」
彼女の目が一瞬ピクリと動いた後、コクリと頷いた。
これから心の中でも久美と呼ぶことに決定する。
「私は、どう呼べば」
何かを言いたそうにしている久美を見て、どうしたのかと聞いたところそういう答えが返ってきた。
凛音はお兄ちゃんだったけどさすがにちょっと恥ずかしいなと伝える。
「連治さんでどうしょう」
他人行儀過ぎだ。
姑が気に入らない嫁を呼ぶ時に使う表現だ。
もしくは、セレブが、自分の子供を呼ぶときに。車のドアを自分で開けたことがない人達しか使ってはいけない呼び方だろう。
渋っていると、真顔で次の案を提示してきた。
「では、兄さんと」
真剣な久美が急にかわいく思えて思わずなでてしまった。
凛音にいつもやっていたせいだろう。
久美はびくっと反応した後、下を向いて困惑しているようで、少し微妙な空気が流れた。
いや訂正しよう。かなり微妙な空気が流れた。
気まずい空間は、覗き癖のある姉がコホンと後ろでわざとらしい咳ばらいをするまで続くことになってしまった。
連治は撫で続けながらもこの絶体絶命の事態をどう収めようか途方に暮れていたで、ほんの少しだけ感謝することにした。
あくまでもパエドキプリス・プロゲネティカの心臓の大きさ位のほんの少しだけ。
ちなみパエドキプリス・プロゲネティカはメスの体長8mmの世界最小の魚だ。
2011年 07月 26日―投稿
2011年 08月 04日―改定―迷惑かけます
【お知らせ】
プロローグ改訂しました。
すでに呼んだ方には、ご迷惑おかけしてます。