春香はラスボスになる
第一章完結
春香は、会議の後に約束した後輩の仕事も片付けて後輩を待っていると、外回りから後輩が帰ってきた。
「あ、三条君どうだった? 話、聞けた?」
「ええ、最初は変質者かと思われましたが…。
どうやら蕎麦屋の主人は孤児院出身だったようです…」
この後輩は何を言っているのだろうか?
私のお願いしたことの意味が理解できていなかったのだろうか?
そういえば暑さで正気を失う人もいるらしい…。
「そんなかわいそうな人を見るような眼で見ないでください。
きちんと聞いてきましたよ。
彼女、久美ちゃんって名前らしいんですが、やっぱり孤児らしいです」
とりあえず後輩が正気を取り戻したことに安堵し、続きを促す。
「詳しい話は、これ以上できないそうですが、もし引き取りを考えているようなら、あきらめた方がいいとのことでした」
「いや」
即答で答えると、とても優秀でかっこよくて完璧で頼りがいがありどんな無理な要求も応えてくれるスペシャルな後輩は、最高の答えを返してくれた。
「そう言われると思いまして、今日の夕方9時に、会う約束をしてきました」
「久美ちゃんに?」
「いいえ。孤児院を運営している黒田さんです」
「そう、ありがとう」
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その日の約束した時間に後輩と黒田孤児院を訪れる。
出てきた見知らぬ少女に案内され、応接間にソファーに腰をかけていると、彼女が紅茶を持ってきてくれる。
ティーカップがカチャカチャとテーブルに置かれ、それと同時にバーブの落ち着く香りが匂ってきた。
ありがとうとお礼を告げると、黒田院長が待たせてすいませんといって部屋に入ってきた。
「久美のことですね」
「はい、是非引き取りたくて、お話に来ました」
「そうですか」
少しの沈黙の後、彼女は言いづらそうに話を続けた。
「彼女は、かなり複雑な家庭環境でしたので、養子はやめておいた方がいいでしょう」
「どうしてでしょうか?
彼女の年齢のときには、家族は絶対必要です。
こちらでも幸せだと思いますが、やはり、子供の数が多いので、一人当たりに避ける時間は、少なくなってきてしまします。
必ず幸せにして見せます。
お願いします」
黒田院長はため息をついて話を始めた。
「彼女は、どうも母親に虐待されていたみたいで…。
父親もおらずその上義足で世話がかかることが、母親のストレスになったようです。
今は亡くなった彼女の母親が、彼女に暴言を吐く時に、お前は人間ではなくロボットだと…。
相当、辛く当たっていたようです」
そんなことが…。
「そのせいか彼女自身も自分のことをロボットだと思いこんでるようで…。
声が高いのも、感情の表現が苦手だったりするのも、ロボットだからと…。
その思い込みがどんどん悪化しているようで、3年前にうちに来た時にはすでに味やにおいが感じなくなっていたようです。
お医者様によると、精神的なものが相当大きいみたいで」
「そうですか」
「どうします?本当に養子になさるんですか?」
今までかなり劣悪な環境にいた彼女のことを思うと胸が締め付けられ、やはりあの場所で彼女に出会ったのは運命的なものだと確信した。
「もしよければ、今度、久美ちゃんと直接お話をさせていただけませんか。
今日は遅いので、今度の日曜日でどうでしょうか。
その時に、もし久美ちゃんが私と家族になりたいと言えば、ぜひ私の養女として引き取らせて下さい」
院長がその考えに賛同した後、院長のそろそろあの子も幸せになってもいいはずだわと呟いたのが聞こえ、春香もその考えに同調した。
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「本当に養子取られるんですか?」
さっきから何も発言しなかった空気のような存在感の後輩が孤児院を出た後に突然声をかけてきた。
ちょうどよかったので、私の考えた企画に乗ってもらうことにした。
「ええ。もちろん。アンドロイドなら、心をインストールすればいいのよ」
「えっ?」
「それに、味がしないのなら、味を感知する機体に乗り換えればいいだけじゃない」
「はい?」
「三条君は、大学時代演劇部だったわよね」
「ええ。それが何か?」
「確か劇団の名前はイケイケ団…」
「それは忘れてください」
「決めたわ。
三条君は、中ボスよ。
ラスボスは、私がするわ。
私だとちょっと威厳がないかな。
よし、三条君、明日までにボイスチェンジャー買って来てくれる?」
「はい?」
「ほら、渋い声になるやつ」
じゃあ、秘密結社の第一回久美ちゃん幸せ家族化作戦会議といきますか。
2011年 08月 07日
【お知らせ】
以上で第一章完結です。