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起動したてのアンドロイド  作者: 葉藻阪 松園
第一章:家族になったアンドロイド
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久美は家族を失う!?

夕食の上げ豆腐を割っていると、兄に突然声をかけられた。


「夕飯の後、一緒に出かけないか。

ちょっと、見せたいものがあるんだ」


見せたいもの?なんだろう?


信頼を得るためには断らない方がよいかなと電算処理で高速に判断し、別段予定もなかったのですぐでも大丈夫ですと答えた。




「どこに行くのですか?」


「海だけど見せたいものは行ってからのお楽しみだよ」


海?釣りなのかな?




「ズボンに履き替えた方がいいですか?」


「釣りをするわけじゃないから、スカートのままでもかまわないよ」


海で釣りではない?何をしに行くのだろう。

ついていけば分かるから構わないかな。そう久美は結論付けた。




7時にもかかわらずまだ明るい中、二人は駅まで移動した後に、前回釣りに行った駅までの切符を二人分購入して、少し込んでいる電車に乗り込んだ。


少しそわそわしている兄に違和感を感じたが、兄に影響されてか久美の心臓も高ぶっていくのを感知した。




現地に着いた後、前回行った堤防とは逆の方面に歩いていく兄に車いすを押してもらい進んでくと、次第に潮の匂いが強く感じられるようになっていくのをナノマシン細胞が感知した。


波の音が聞こえる場所までたどり着くと、そこまでで街灯はきれていたが、さらに海の近くまで舗装されている道があるらしく、兄は懐中電灯をつけて、細い道を進みだした。




兄に懐中電灯を持つように頼まれる。


車いすの前方を光らせて車いすを押してもらっていると、少しの間目をつぶるように言われる。


言われるままに目をつぶる。


波が岩場に押し寄せる大きな音が聞こえ、岩場に打ち寄せた波しぶきを感じるところで車いすが停止したようだった。




兄の手が久美の握っている懐中電灯の光を消しているのを感じ、その直後にもう目を開けていいよと耳元で囁くのが聞こえる。


ゆっくりと目を開ける。

岩場に打ちつけられる波が淡く光っているのが観測され、その岩に打ち寄せるたびに光る波の光景を見ていると、なぜか夏祭りの光の群れが思い出された。




「夜光虫だよ。

ここから、よく見えるんだ。

まあ、夜光虫がいると釣れないから、こうなった時は、釣りには来ないんだけどね」


兄はそう言って懐中電灯をつけ岩場を照らしてよじ登り石を海に投げ入れ始めた。


兄が石を投げるたびに石の着水した場所から光の波紋ができる。


不思議な現象だな?


そうと感じながら、波の音にかき消されないように彼の話に聞き耳を立てた。




「でも、見てると落ち着くから、たまに見に来るんだ」


落ち着く?どんな感情だろう?


「どういう意味ですか?」


落ち着くという感覚が分からなかったので、思わず聞き返すと、兄はこちらに戻ってきて答えてくれた。




「落ち着かない?

なんか静かなところで、きらきら光っているのって」


光るのを見ると落ち着く?


祭りの光のときも感動していたことを思い出す。


人間はもしかすると夜に光るモノに惹かれるものなのだろうか?


そう考えて、体に変化がないか検出してみる。




言われてみれば…。

いつもより心臓の拍動は力強い。そして、心拍数が安定している。

そんな気がした。


ただ、前回得られた安心感と表現型が似ているような…。

落着くという感情も得られたのかな?

どこか違うのかなと考えていたが、今のところ二つの感情の差を検出することはできなかった。

とりあえず、今後少しずつ改善されていくのかもしれないという結論に達し、考えるのをやめることにした。





しばらく二人で横に並んで海を見た後に、再び兄が口を開いた。


「この眺めと、夏祭りの神社からの眺めは俺の知っている最高の景色だからね。

どうしても久美に見てほしくって」


私に見て欲しい…。最高の景色を。




「ありがとう、兄さん」


兄にお礼を言うと、電脳中枢に違和感を感じた。

彼の私に対する好感度が順調に上がっていることに、電脳中枢では喜びを感じているようだった。


もしかすると彼らと本当の家族になれるのかもしれない。

そういう考えが一瞬電脳中枢に過ったが、アンドロイドでは不可能だという考えに上書きされた。




上書きされた瞬間から体温の低下と不規則な心臓の拍動が起こる。

電脳中枢には対処法が記載されておらず混乱に拍車がかかり、思わず隣に立っている兄の手を握り締めてしまった。


兄の温かい手を握るうちに体温の下降が上昇に転じ、次第に拍動も正常な状態に戻ってきた。




兄の方からも手を握り返してきてくれて、暫く二人でそのまま海を眺めたのちに、久美の方を向いてゆっくりとしかしはっきりとした口調で久美に語りかけてきた。


「久美のことが好きだ。

家族としてではなく、一人の男として好きだ。

付き合って欲しい」


家族としてではない??




家族としてではないという兄の言葉に再び電脳中枢で混乱が生じ、処理不能状態に陥っていると、再度同じ言葉を投げかけられた。


「もう一度言うよ。

家族としてではなく、一人の男として好きだ。

付き合ってくれ」


家族としてではない???家族としてではない???




家族としてではないという言葉が何度も何度も電脳中枢で再生され、兄の手を握り締めても先ほどのように機体が安定化に向かわなかった。


「ごっ、ごめんなさい」


とりあえず状況が理解できずに兄の申し出を断ることにすると、一瞬悲しそうな顔になった兄が頭を撫でてくれた。




「いいって。俺こそごめんな。変なこと言って。

これからは、唯の家族としてよろしくな」


家族としてよろしくと聞いた瞬間に再び機体が安定状態へ向かうのを感知し、とりあえず危険な状態を脱したことが分かった。




落ち着くと先ほどの兄の言葉が気になりだす。


唯の家族とはどういう意味なのか?

家族以上に大切なものが人間にはあるのだろうか?


その上、兄の一時見せた悲しげな表情から完全に彼の信頼を失ってしまったことを感じ、このままでは愛想を尽かされるのではないかという考えを電脳中枢から消し去ることができなかった。









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