久美は欲しくないものも得る
あれからターゲットは何も言ってこなかった。
最初ぎくしゃくしていた彼との関係も次第にもとに戻ってくる。
不自然な行動もターゲットに受け入れられたのかもしれない。
魅了電波で好感度が上昇したのかも。
久美はそう考えた。
「おはよう」
朝ご飯の準備をしていると、突然後ろからターゲットに声をかけられる。
心臓の収縮が大きくなっているのが検知された。
おそらく驚きという感情のせいだろう。
「姉さんは?今日、休みって言ってなかった?」
彼が話を振ってきた。
心拍数の上昇を何とか抑えて会話を続ける。
「朝一で緊急の会議できたとのことです。
現在取り組んでいる企画で少し軌道修正しないといけないことがあったようです」
「へー。姉さんが仕事の話するの珍しいね。
久美が女の子だからかな。
俺に女用の下着の話されても困るけどね」
ターゲットに目玉焼きとスクランブルエッグのどちらがいいかと聞いたところ、目玉焼きとの返答が返ってきたので、卵を割って焼くことにする。
じゅーじゅーと音を奏でるフライパンを見ているうちに、次第に心拍数が抑えられていくのを感じれた。
そして、電脳中枢もだんだん冷静に作動するようになった。
焼けた2個の目玉焼きを二つに分け、ターゲットと久美の皿に移し替えた後、彼と朝食をとることにする。
醤油を渡すときにターゲットと手が触れ合って、再び心臓の拍動が加速したのを検知された。
これは、ハート・プログラムの暴走の可能性が高いかもしれない。
ターゲットに好意を持ちすぎているせいかもしれない。
これ以上彼と直接接触するのは危険だろう。
魅了電波は彼に触れずに使用した方がいいだろう。
そう考えて、ターゲットとの食事を再開した。
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「今日バイト夜まであるけど、いったん、昼飯食いに帰ってくるから」
そう告げたターゲットを見送る。
部屋の掃除をしようかと考えていると通信機が振動しているのを感知した。
シードの方から、かかってくるのは久しぶりかな…。
何か問題が発生したのだろうか?
そうと考えて、通信を開始した。
「はい。こちら、ムーンです」
「シードだ。ちょっと困ったことになった。
研究員からの報告で、どうも魅了電波と認識阻害電波改は、互いに電波干渉しあって、人間の精神を狂わせてしまう可能性が示された。
直ちに、魅了電波の使用を停止してもらわなければならない。
ちなみにベリタスと唱えれば完全に停止する」
精神が狂う?魅了電波を使用すると、精神が狂う??認識電波改と干渉して精神が狂う???
精神が狂うと聞いた時、一瞬電脳中枢で電圧超過のためか視界が真っ白になったのを感知した。
ただ、ターゲットたちにはまだ影響が出ていないことに気がついてからは、次第に正常に戻っていくのを感じていた。
冷静に稼働するようになったが、そのせいで新たな問題が沸き起こる。
ターゲットたちの信頼を失ってしまうのではないか?もし、魅了電波を使用しなくなると…。
その問題が電脳中枢で駆け巡る。
中枢がオーバーヒートを起こしかけ、慌ててシードに対応策を聞くことにした。
「魅了電波なしでは、彼らの信頼が崩れてしまいませんか?」
「今のままで、大丈夫だろう。
人間同士は、もともと魅了電波など使わずに、お互いの信頼関係を築いているのだからな」
確かに人間同士はそうかもしれない…。
しかし、私はアンドロイド…。
本当に問題ないのかな…。
魅了電波なしでターゲットの好感度をあげろということなのか。
本当に大丈夫なのかと沈黙しているとさらにシードは言葉を続けた。
「それにアンドロイド同士は、魅了の電波は来なないのだからいずれ本当の家族を持ったときの練習にもなるだろう」
練習…。本当の家族を持った時の…。
「最悪、信頼を失っても、本来の目的は認識阻害電波改の検証だから、近くにさえいれば問題ない。
いずれ別れることになるのだし、あまり親密にならない方がいいだろうしな」
信頼を失ってもかまわない…。
確かにその通りかな…。
シードの言うことは最もなことのような気もするが、なぜか電脳中枢が混乱し沈黙を続けていると、シードは了承していると判断したのかそのまま話を続けてきた。
その後、いい報告を期待していると言われ、一方的に通信を切られてしまった。
どうすればいいだろう…。
インストールによる影響で頭痛がする頭を押さえながら、これからの行動について考える。
本当に魅了電波なしで大丈夫だろうか?
魅了電波なしで好意を感じてくれるのか?
ただ、ターゲットの精神の混乱を起こさないためにも、オフにはしなければならない。
それは絶対にしなければ…。
そう最終的に結論を出し、ベリタスと唱えて魅了電波をオフにした。
魅了電波をオフにした瞬間、こめかみに針に刺されたような刺激が走る。
痛い…。
心臓の拍動が不規則になり、機体にも振動が発生し始める。
どうしたんだろう?
新しい感情だろうか?
何という感情なのだろうか??
これが不安感というものなのか???
電脳中枢が制御できなくなり、さらに混乱に拍車がかかる。
休息が必要と判断し、久美はそのままベットに倒れ込んだ。
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「久美、久美」
誰かが読んでいる…。
目を覚ますと、視界にターゲットの姿をとらえた。
久美の額から発生していた液体。
おそらく汗と呼ばれる液体。
それをタオルを使ってターゲットが拭いてくれる。
その後に大丈夫かと声をかかり、彼が額に手を添えてきた。
先ほどまでは不規則だった心臓の拍動が、規則的でそれでいて速く力強い拍動に変化したのを感知した。
バイトは大丈夫ですかと尋ねると、休むに決まっているだろうと返答された。
「熱があるから、今日は、もう休んだ方がいい。
これで体を拭いて、寝間着に着換えた方がいいよ。
その間にお粥作ってくるから、それ食ってから寝ること」
そう言ってターゲットが部屋から出るため立ち上がる。
慌ててお礼を投げかけると、どういたしましてといって笑いかけてきた。
彼が出て行ったあと彼の映像を電脳中枢で再生させてみた。
なぜか彼はいつもと変わらないように見える。
魅了電波の効果がまだ続いているのだろうか?
それとも自分が人間らしく振るまえているからだろうか?
そう考えていると、こめかみの痛みがかなり引いていることに気付いた。
しばらくすると、ノックがあって部屋に彼が入ってくる。
「悪いなレトルトで」
そう言って、彼がスプーンの突き刺さったお皿を久美に渡してくる。
それを受け取り、もう一度お礼を言った。
彼はそれに答えず、無言でしばらくこちらを見たあと、ゆっくりと言葉を紡いでいった。
「久美。疲れてる時があったら、無理ぜすに言えよ。
俺たちは家族なんだから、いくらでも頼ってくれたらいいんだ」
家族…。
そう言っている彼の目を観測していると、機体の温度上昇と心臓が力強くそれでいて穏やかに拍動するのが検出された。
今感じているのが安心感という感情だろうか。
機体の温度がどんどん上昇していくのを観測しているうちに、お粥の存在をすっかり忘れてしまっていた。
お粥食べなよと言われるまで…。
2011年 08月 01日―投稿
2011年 08月 04日―改定―迷惑かけます
2011年 08月 07日―改定―迷惑かけます