昭和レトロ自販機旅日記〜大人の休日と天ぷら蕎麦〜
盆休み、やることがない。
「あぁ、暇だな。っていうか、もう夕方……」
雪下橙子は時計を見て驚いた。実家でダラダラしていたら、もうこんな時間。といても両親は昨日から旅行に出掛けてしまったし、黙っているだけでご飯は出てこない。
とりあえず車に乗り、どこかに行くことに。実家は千葉県佐倉市。なんかファミレスでもなんでもいいかと思ったが、急に成田山に行きたくなった。
「婚活もうまく行っていないしなぁ。ご利益もらおっかな」
橙子はとある香料メーカーで調香師として働いていた。シャンプーや香水の香料を開発する仕事で、いわゆるバリキャリ。それ故に婚活相手には引かれることも多い。
仕事ではバリバリと働いていた橙子だが、超がつくほどの方向音痴。それに思いったったらカンで行動してしまう悪癖もある。あっという間に道に迷ってしまった。県道79号線というのは分かる。アップダウンがある県道で、風景も田舎らしい辺鄙さ。
千葉県は都会という人もいるが、それは浦安や船橋、市川あたりのことだ。それ以外の土地は案外のどか。それに風も強い。日も暮れてきた。
「もう、ご利益欲しいだけなのにー。迷ったー!」
泣き言も溢れてしまうが、少し先に黄色い建物が見えた。どうやら小さなドライブインらしい。夕暮れと黄色い外観が重なってちょっと綺麗なぐらい。
「なんか悪くなさそう。よってみるか」
なりゆきで車を止めて中に入ってみたが、目が丸くなる。中は昭和レトロな自動販売機がずらっと並んでいたから。
「な、何ここ……?」
タバコ臭い。仕事では大活躍する嗅覚だったが、今は見事に鼻につく。
といっても、今の時代はかえって珍しいものだ。いいじゃないか、こんなヤニくささも昭和の遺産だと思えば。
他に客は誰もいない。大きな窓からは夕陽が差し込み、風の音とともに、蝉の鳴き声も響く。どこかうらぶれた鳴き声だった。
床のタイルや壁の雰囲気も昭和レトロというよりは年季が入ってる。五十年以上経っていてもおかしくないだろう。
それに冷房もない。ゆっくりと扇風機が首を振っていた。本当に今は令和なのか。思わず頬をつねってしまうぐらいだが、スマホを確認すると令和だった。それに自動販売機もよく見ると、一般的なペットボトルのものもある。
「あっついな。まずはコーラでも飲むか」
ハンカチで汗を拭きつつ、冷たいコーラで喉を鳴らす。扇風機のゆるい風を感じながら飲むコーラ、子供の頃の夏休みみたい。ギリギリ昭和生まれの橙子は昭和レトロな自動販売機が現役だった時代は知らない。コンビニの方が馴染み深いくせに、なぜか懐かしい。
昭和レトロな自動販売機、よく見ると塗装も塗るかえられ、丁寧に守られているらしい。汚くない。錆や傷も最低限。
こんな暑い中でうどんや蕎麦を食べるのはどうかと思うが、そんな自販機を見ていたら食欲が抑えきれない。華やかな色合いのパネルを見ていたら、自然と小銭を入れてしまった。
「五百円玉が使えないってすごいなぁ……」
そして選んだ天ぷら蕎麦はすぐに出来上がった。ほかほかだ。出汁のいい匂い。思わず目尻が下がってしまう。
備え付けの割り箸を持つと、テーブルにつく。パイプ椅子っていうのも、ここではピッタリ。
ハンカチで汗を拭きつつ、天ぷら蕎麦とご対面だ。つゆは黒いぐらいだが、ぐずぐずにつかっている天ぷらを見ていたら食欲が全開になる。そうそう、本格的な蕎麦じゃなくていい。天ぷらもサクサクしていなくていい。田舎のドライブインでこっそり食べるものは、完璧じゃない方がおいしいんだ。
「そっか。完璧じゃなくても……」
婚活も仕事みたいに完璧に成功させようと思っていたが、力が入りすぎていたのか。そうか、料理も完璧だから愛されてるわけでもないし。恋愛や結婚も似たようなものかも。
うどんは大きくもないで物足りない。二杯目もアリかと財布を見ると、もう一万円札しかない。両替しようと席を立つと苦笑した。両替機、壊れていて「中止中」と張り紙があった。
「本当に昭和だなぁ……」
そんな適当さも面白がっている。扇風機の風を感じながら、こんな夕飯も悪くない気がする。
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