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悪役令嬢に転生した私は破滅フラグを回避したいだけなのに、なぜか貴族社会の救世主扱いされています  作者: おーちゃん


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第04話 王太子との対面


 王太子の来訪を告げる鐘が鳴り響いた瞬間、私は心臓が跳ねるのを感じた。

 ついに来たラスボス!

 乙女ゲーム『エターナル・ロマンス』の作品の主要な攻略対象の一人であり、ストーリーの中心人物。

 王太子アレクシス・ルーヴェン。銀色の髪に青い瞳、凛とした立ち姿で、学園でも王宮でも深い信頼を受けている完全無欠な王族。

 そして何より、悪役令嬢リリアナを断罪する中心人物だ。

 ゲームの各ルートで、アレクシスはリリアナの数々の悪行を集め、証拠とともに提示する。公の場で、ヒロインを隣に置きながら、リリアナの婚約を破棄する。

 その場面は、プレイヤーから、ざまあと言われるほどの劇的な演出がついた見せ場だった。

 そのアレクシスが、いま、この邸に来ている。

 原作のリリアナなら、アレクシスに執着し、ヒロインをいびり、王太子の気を引こうと必死になるキャラだった。

 だから最後は盛大に嫌われて破滅する。それが悪役令嬢のシナリオだ。

 私は絶対にそのルートに乗らない!

 鏡を見ながら、自分に言い聞かせる。

 低姿勢、丁寧、誠実。 これだけを徹底する。王太子の前でもプライドは要らない。

 部屋を出た私は、セバスティアンの案内で応接室へ向かった。廊下の両脇では、使用人たちが緊張した面持ちで立っている。王太子の訪問は邸全体にとって大事件なのだ。

 そして、その大事件の中心にいるのが、私。

 応接室の扉の前で、深く息を吸った。

 緊張してきたな。


 セバスティアンが静かに扉を開く。

 金色の絹地の椅子に座る人影。

 王太子アレクシス・ルーヴェンが立ち上がる。

 彼は軽く会釈し、こちらへ歩み寄った。

 近づくにつれて、その面立ちの完璧さが眼に入った。整った顔立ち。冷静で計算高さが浮かぶ瞳。

 王族らしい威厳が全身から放たれている。髪は薄い銀色、瞳は透き通るような青。その佇まいだけで、彼が何ものなのか、全てが伝わってくる。

 うわ声までイケメンなんだろうな。

 心の中で叫びつつ、私は深く礼をした。背筋を伸ばし、優雅に。貴族令嬢としての作法を完璧に守りながら。 


「お忙しい中、こちらへお越しいただきありがとうございます、殿下。お会いできて光栄でございますわ」


 落ち着いた声で。丁寧に。決して傲慢さを含めず。

 アレクシスは一瞬だけ目を細めた。その目で、私を観察している。何かを測るような、探るような視線だ。


「随分と、印象が違うな。リリアナ」


 ひぃっ、バレた?

 そんなに違う?

 内心でパニックになりながら、私は慌てて言葉を重ねた。


「最近、色々と考えることがございまして実は、少し振る舞いを改めようと思っていたところなのです」


 これは嘘ではない。昨日、この朝、ずっと考えてきた。どうすれば破滅を回避できるか。どうすれば生き延びられるか。その思考の中で、自然と態度も変わっていくしかなかったのだ。

 アレクシスは私をじっと見つめた。視線は鋭い。ゲームで見た、敵を見つめる時の瞳だ。完全には冷たくない。むしろ、何かを理解しようとする温かみさえ感じる。


 やばい。絶対怪しまれてる。もう全部バレてる気がするが。転生したのをバレることはないだろうから、シナリオがどうなるのさ予測もつかなくなる。ここは怪しまれないのが一番。

 予想は外れた。


「そうか。君がそう言うなら、何か理由があるのだろう」


 アレクシスは短く頷いた。


「君が、人の言葉に耳を傾けたのなら。それは良いことだと思う」


 え、信じてくれるの?

 こんなに簡単に?

 私は驚きで固まりそうになった。もっと疑われると思っていた。追及されると思っていた。だが、王太子はあっさりと私の言葉を受け入れた。


 執事のセバスティアンが紅茶を持ってくる。

 アレクシスはそれを受け取り、静かに口に運んだ。


「ところで、聞いたのだが。君が、使用人に優しく接したと」


 私の体が固くなった。

 エマだ。あの子、本当に広めてしまったのか。それも、王太子の耳にまで。


「それは専属のメイド、エマという侍女が、涙ながらに語っていたぞ。朝、君が優しく声をかけてくれたと」


 エマ! あなた、どこまで広めたの!

 喜びのあまり、使用人たちの間で私の評判が変わっていくことになったのか。その情報が、王太子の耳にも届いたのか。

 これは戦略としては成功だが、同時に危険だ。善い行いをしたからこそ信じられるのではなく、何か計算のある行動なのではないかと疑われる可能性もある。

 私は慌てて取りつくろった。


「いえ、わたくしはただ皆様にご迷惑をかけないよう、気をつけているだけですわ。エマは純粋な子ですから、小さなことでも喜んでくれるのです」


 アレクシスの瞳がわずかに揺れた。

 その動きは微かだが、何かを理解した時の瞳の動きだ。


「媚びない。計算も感じない。これは本物の誠実さなのか?」


 いやいやいや、これ保身です!

 あなたに嫌われたら断罪されるから、生き延びたいだけです!

 心の中で全力で否定するが、もちろん口には出せない。代わりに、静かに、そして丁寧に言う。


「殿下に誤解されるようなことはもう、したくありませんの」


 この言葉は、多くの意味を含んでいた。

 一つは、字面通りの意味。王太子に嫌われるような行動はしたくない。

 もう一つは、より深い意味。私は前のリリアナの行動で、多くの人に誤解されてきた。その誤解を解きたい。そう思っているというメッセージ。

 アレクシスはそれを感じたのだろう。

 彼は静かに息を吐き、紅茶のカップを置いた。


「君は変わったな、リリアナ。以前の君は、もっと」


 もっと冷酷で傲慢だった、って言いたいんでしょう。

 分かってますよ、私が最悪だったこと!

 アレクシスは言葉を濁した。それは、わざとなのかもしれない。相手を傷つけないための配慮だったのかもしれない。

 代わりに、彼はこう続けた。


「今の君はとても、良い」


 えっ!

 思わず顔が熱くなった。

 王太子が、君は良いと言ったのだ。

 その言葉が頭に響いて、他の何も考えられなくなった。これは恋愛イベントの発生か。ゲームのシステムで言うなら、これは好感度が上がった時の演出ではないのか。


 いや待って、これは誤解だ。誤解に決まっている。

 自分に言い聞かせる。

 私が良いのではない。元のリリアナが悪すぎただけで、少しましになっただけなのだ。

 これは見せかけの優しさに過ぎない。保身のための演技なのだ。

 理屈を頭で理解していても、心臓の鼓動は止まらない。なにこれ、どうしよう。自分でもわからないな。


「ありがとうございます、殿下」


 と、私は静かに答えた。声は、本当に感謝しているように聞こえるはずだ。

 なぜなら、私は本当に感謝していたから。

 この瞬間、王太子が自分を良い子だと認めてくれたことに。

 断罪されないかもしれない。そんな薄い希望が、胸の中で生まれた。予想と違うシナリオなのかな。


 アレクシスは椅子に身を沈め、こちらをじっと見つめた。


「実は、ヒロインいや、ミレイユ・フローレンスのことで相談があってね。君は、彼女のことをどう思っているのか」


 あ、これ罠だ。絶対罠だ。ゲーム知識が告げる。アレクシスがリリアナにミレイユ・フローレンスのことを聞くのは、すべて罠だ。

 ここで悪く言えば、断罪の証拠になる。ここで無視すれば、冷酷だと見なされる。

 正解は、相手を思いやる返答をすること。


「ミレイユ・フローレンス様は、とても優しい方だと聞いております。学園でも、皆から慕われていると。わたくしも、そのような人格者になりたいと思っていたところです」


 アレクシスの目が、わずかに大きくなった。


「君が、ミレイユを認めるとは」


「いえ、わたくしが認めるかどうかは、重要ではありませんでしょう。彼女がどのような人であるかは、既に多くの人が知っています。わたくしが何を言おうとも、それは変わりませんわ」


 アレクシスは、しばらく沈黙していた。表情は複雑だ。何かを考えている。何かが自分の予想と違ったのか、それとも何かが合致したのか。


「君は本当に変わったんだな」


 その言葉は、少し悲しげに聞こえた。なぜ悲しいのか、私には分からない。悲しみの正体を知ったとき、全てが変わるのだろう。そんな予感がした。


 しばらく会話をした後、アレクシスは立ち上がった。


「そろそろ、失礼しよう。王宮の仕事が待っているのでね」


「ご多忙のところ、ありがとうございました、殿下」


 私は深く礼をした。ふ〜〜何とか切り抜けられそう。

 油断したらアレクシスは扉の前で、ふと立ち止まった。


「リリアナ」


「はい」


「もし君が本当に変わったのなら。君の未来も、また変わるかもしれない」


 その言葉は、呪いなのか、祝福なのか。私には判断がつかなかった。

 一つだけ確かだ。

 今、この瞬間、王太子は私を悪い子だとは思っていない。

 それだけが、残された日にち間で、最も重要な収穫なのだ。

 扉が閉じる。アレクシスの足音が、廊下を遠ざかっていく。執事セバスティアンが隣に立った。


「お嬢様、見事でございました」


「いいえ。まだ、全部が決まったわけではないわ」


 かすかな希望は感じる。もしかしたら、自分は生き延びられるのかもしれない。

 そう思わせるほどの、王太子の言葉だった。

 窓の外では、夕陽が落ちようとしていた。

 あと数日。最終決戦への時間は、ゆっくりと、確実に、迫ってきていた。

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