王子様の婚約
積み上げられた書類の山を見上げてこの国の十七歳になる王子アレックスは大きな溜息を付いた。書類はすべて、王子妃候補のもので枚数は軽く三十枚を越すものだった。
隣国の王女のものやこの国の公爵家から男爵家まで十五歳から十八歳までの令嬢たちだった。近く舞踏会がありそこでお披露目となる。
「顔も知らない令嬢などありえんな」
「そう言わずに」
近くに控えていた老齢の宰相は困ったような笑みを浮かべて、綺麗な所作だが、有無を言わせない表情で、次々と釣書積み上げていく。
「資料だけでも目を通しておいて下さいませ」
と告げて執務室を後にして行った。残されたアレックスは明らかに見目麗しく描かれた令嬢の肖像画にもう一度、大きな溜息を付いた。
入れ違いにお茶道具一式を持ってきた王子付きの侍女は老齢の宰相の孫娘で彼の娘は王子の乳母であり、侍女は乳兄弟に当たる。
貴族としても位も公爵と高いのだが彼女は王子よりも三つほど年かさだった。彼女の弟が王子と同じ歳で本当の乳兄弟に当たる。そのために彼女は王妃候補から外れていた。
「お茶をお持ちしました」
「ああ」
ほとんど、見ていないようなもので肖像画の束を机の脇に重ねて行く作業をしていたアレックスはお茶の準備をしていた、侍女になにげなく声をかける。
「アン」
「はい、アレックス様」
「君の知ってる令嬢はいるか?」
「何度か夜会でお会いしている方がアレックス様にもいらしゃると見受けられるのですが」
「顔なんて覚えていないなぁ」
「…この方はドロワー伯爵家の長女ミリーナ様ですね。そして、こちらはコーラン侯爵家のリリアンヌ様…この方は…」
「どれも同じ顔に見える…!」
「そんな訳ないでしょう」
「肖像画なんて実際の人物とかけ離れていたらどうする」
「あら、私が分かった方々の肖像画は良く描けていると思います」
「そうか?」
「ええ、分からない方も多いですけど…これ、もしかしたらアルケナ伯爵家のマリアン様かしら…?」
「冗談だろう…? あまりに体型が違いすぎる。あの、狸親父の娘なら会ったことがある。親父に似て小太りの女だろう?」
「アレックス様、口が悪いです」
「…あー、もうやめた! 本物か怪しい肖像画見て決めるなんて馬鹿らしい」
さっさとすべての肖像画をアンジェリカに押し付けると、彼女の淹れてくれたほど良く飲み頃になったお茶をすすりはじめた。
まだ、仕事をしていた方が楽に感じる。一息ついて、二杯目のお茶を堪能するとアッレクスは今日の仕事に対峙しはじめたのだった。
* * *
舞踏会はもう一つの名を王子の妃探し会と言われていた。この国の第一王子であるアレックスは年頃を迎えて、そろそろ妃をという流れになっていた。
しかし、当のアレックスは気乗りしないようで、舞踏会の高い位置に宛がわれた椅子に座り暇そうに辺りを見回していた。隣りに座っていた父と母はその場には居らず、一つ下の妹シャルロットだけが美味しそうにケーキを頬張っていた。
彼女は二月ほど前に十六歳の誕生日を迎えて、社交界へのお披露目も済ませていた。その妹は甘味に夢中で男性どころではない。
「なぁ、シャル」
「なに、お兄様?」
「お前は誰か好きな奴いないのか?」
「んー、ロバート?」
「あれは、料理長だろうが」
「美味しいお菓子作ってくれる!」
「…それが理由かい」
「お兄様はいないの?」
「毎日、仕事か勉強、どこに出会いがあるって言うんだ」
「アンがいるじゃん」
「ああ、居るにはいるが…そうか!」
「何がそうかなの?」
「十八も二十も俺よりも年上に変わらないよな?」
「そうだけど…それって、屁理屈っていわない?」
「言うもんか」
何かを決めたアレックスは側めの給仕から果実酒を受け取るとそれを飲み干す。シャルロットはケーキを頬張るのを再開すると、呆れ顔の両親が挨拶を終えて戻って来た。
「お前ら、少しは踊ってこんか」
「父上、決めました」
「ん? 何をだ?」
「妃ですよ、俺の妃を決める舞踏会だったんでしょう?」
「気に入った娘が居たのか?」
「俺にアンを下さい。アン以外とは結婚しません」
「アンは年上だろう?」
「十八も二十も年上には変わらないでしょう」
「まぁ、そうだな」
肖像画の令嬢は十五から十八とあるなら、十八の令嬢はアレックスよりも年上になる。一つ上でも三つ上でも年上に変わらないとアッレクスは言っている。
「それともアンはどこかに嫁ぐの?」
「いや、お前の婚約が決まったらおいおい、見つけるつもりじゃないか、あいつは」
あいつと言うのは狡猾な食えない宰相であるのは間違いない。国王にとっても父のような存在の宰相は、王の父と同い年なのもあって、昔からずっと仲が良く、なんでも話せる仲だそうだ。そして、頭があがらない。
「分かった、マークを呼んでこい」
王は側に控えていた護衛の騎士を手招きすると声を掛ける、騎士は頷くと慌てて、宰相を呼びに行った。この場から少し離れた場所で待機していた宰相は直ぐにやってきた。
「アレックスの結婚相手が決まった」
「さようですか」
「アンジェリカに決めたようだ」
「は? うちのですかな…」
「ああ」
「候補には入っておりませんでしたが?」
「アレックスが自分で決めたことだ」
「はぁ」
「お前が一枚上手なのだろう」
「何をおっしゃりたいのか…」
「年齢制限を何故、王子と同じ十七にしなかったということだ」
「それは…気付かれてしまいましたか」
「お前の考えそうな事だ」
「まぁ、よい。アンは聡明で賢く悪い婚姻ではない。孫娘をもらうぞ、マーク」
「御意」
宰相にはしてやられたような気分だが悪くはない。今日は、侍女の仕事ではなく、公爵令嬢として出席していた。
侍女としても仕事をこなせないアンジェリカは王子のことが気になってしょうがない。ちらちらと王子の様子を確認しては手持無沙汰そうに手を組んで気にしている様子だ。
それを目に留めたアレックスは傍仕えの少年に耳打ちすると何かを告げた。ほどなくして、アンジェリカはアレックスに呼び出された。
「アレックス様、お呼びでしょうか」
「ああ。一曲、踊ってくれるか」
「まぁ、私でよろしければ、喜んで」
社交辞令なのかはわからない、しかし、アンジェリカは優雅に一礼して見せるとアレックスの手を取った。幼い頃から一緒に育ってきた二人は、これからも末永く一緒に暮らしことになる。そして、物語はめでたしめでたしで終わる。
ブログからの転載になります。




