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『君は退屈だ』と婚約破棄された聖女候補ですが、天才魔術師と新魔術を完成させたら国中が私を評価し、元婚約者が泣きついてきました  作者: 桜塚あお華


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第07話

 次の瞬間、淡金色の光が、演習場いっぱいに美しく咲き広がった。

 私は息を整えたまま、術式の中心へ意識を沈める。


 ――回復核。

 ――同期層。

 ――障壁維持。

 ――遅延浄化。


 ――一つでも町が言えたら、絶対にやばい。


 何度も何度も書き直した構成が、今は迷いなく手の内にあった。

 焦らない。

 急がない。

 ひとつずつ、正しい順番で噛み合わせていく。

 最初に広がったのは、柔らかな回復の光だった。

 けれどそれは従来の聖術のように中心へ留まらない。

 私を起点に円を描くように外側へ流れ、薄い膜となって演習場の空気を包み込んでいく。


 続いて、障壁維持の層が重なった。

 半透明の光が二重、三重に空間へ走り、外縁を静かに支える。

 硬く閉じるのではなく、しなやかに受け止めるための膜。

 その表面を浄化の淡い脈動が遅れて走り、術式全体を澄ませていく。


 ――今までの私なら、ここで回復の核を厚くしすぎていた。


 安定させたい、完璧に繋ぎたい、その思いが強すぎて、かえって全体を窮屈にしていたのだ。

 けれど今は違う。

 少ししだけ余白を残し、機能が干渉しないための余裕を持たせる。

 そうすると、不思議なほど術式は素直だった。

 光は軋まず、暴れず、静かな呼吸のように演習場へ広がっていく。

 私はその感触に、胸の奥で小さく息を呑んだ。


 ――うん、できている。


 今まで何度も頭の中では思い描いてきた。

 けれど実際にここまで滑らかに、ひとつの術として噛み合ったのは初めてだった。


「持続観測、開始」


 ミレイアの声が響く。


「魔力流安定。外縁浄化、正常域」

「障壁強度の変動も小さい」


 別の審査官が続ける。


「うん……昨夜の事故時とは比較にならない」


 その言葉が耳に入っても、私はまだ気を抜けなかった。

 大事なのは起動ではなく、維持なのだから。


「すぅ……」


 ゆっくりと深呼吸した後、私は手のひらをわずかに開き、中心核の熱を確かめる。

 熱はある。

 けれど暴走の兆しはない。

 むしろ、外側の浄化と障壁が核を守るように補完し合っていた。

 術式が、ようやくひとつの生き物みたいに呼吸している。


「……すごい」


 遠くで、誰かが呟いた。


 それが教員の声なのか、生徒の声なのか分からない。

 ただ、その響きだけで、演習場の空気が変わっていることは伝わった。

 私は視線を上げないまま、さらに魔力を巡らせる。

 実用性を見せるなら、ただ美しく展開するだけでは足りない。


「補助対象、前へ」


 フェインの指示で、補助班の一人が演習場の端へ進み出た。

 軽い裂傷を再現した模擬負傷と、外部からの魔力負荷を想定した簡易妨害具を装着している。


 ――ここからが、本番だった。


 私は術式の流れをひと筋だけ分け、対象者の側へ滑らせる。

 中心核の熱を削りすぎず、外縁の浄化も崩さず、必要量だけを回復へ転じる。

 淡い光が相手の腕を包み、模擬負傷部へ吸い込まれる。治療用の術式計測具が、穏やかな反応を示した。


「回復反応、良好」

「障壁維持、継続中」

「浄化層の低下なし」


 矢継ぎ早に読み上げられる観測結果に、私は胸の奥が熱くなるのを感じた。


 ――ただの理論ではない。

 ――ただの綺麗な光でもない。

 ――ちゃんと、役に立つ。


 それがこんなにも嬉しいことだなんて、私は今まで知らなかった。


 さらに数秒、術式を維持する。

 呼吸は乱れない。

 中心核の消耗は想定内。

 三つの機能は今のところ、互いを邪魔せずに回っている。


「持続、十五秒……複合補助術としては十分に実用範囲です」


 ミレイアがそのように言ったその瞬間、演習場の端で小さなどよめきが起こった。

 十五秒――三日前まで七秒だった術式が、今ここまで伸びたのだ。

 自分でも信じられない。

 けれどそれは、目の前の結果として確かにそこにある。


「解術を」


 フェインの声が飛ぶ。

 私は頷き、今度は逆順で術式をほどいていく。

 浄化を鎮め、障壁の外縁を薄くほどき、最後に中心核を落とす。

 一気に消せば派手だが、それでは制御の証明にならない。

 最後まで穏やかに、美しく終える。


 ふわり、と。


 演習場を満たしていた淡金色の光が、朝靄のようにほどけて消えた。


 消えると同時に、まるで息を吸うのをわすれるぐらい、静かだった。

 それはほんの数秒だったはずなのに、私にはひどく長く感じられた。

 そして次の瞬間、記録係が慌ただしく紙をめくる音と、抑えきれないざわめきが一気に広がる。


「成功、だな」

「しかも解術まで安定している」

「候補生の術式とは思えん……」


 教員たちの声が、今度ははっきり耳へ届いた。

 私はようやく息を吐いた。

 指先が少し震えている。

 けれど、それは恐怖の震えではない。

 やりきったのだという実感が、遅れて全身へ押し寄せてくる。


「うん……見事です……起動、維持、対象補助、解術。そのすべてが一定水準を超えています」

「特に複合補助の同時運用が優秀だ……未完成の原型ではあるが、十分に登録審査へ進める価値がある」


 ミレイアの言葉、そしてフェインの言葉が続く。


 登録審査――その言葉が落ちた瞬間、胸の奥で何かが大きく震えた。


 ――私は、やっと顔を上げる。


 視線の先には教員たち、王宮魔術局の審査官たち、そして少し離れた場所に立つ殿下とリリーナの姿があった。

 殿下は、呆然としていた。

 それは大講堂で私が暴走を止めた時とも違う表情だ。

 目の前で起きたことを、ようやく否定できなくなった人の顔。

 自分が切り捨てたものの価値を、今さら理解してしまった人の顔だった。

 一方、リリーナは唇を噛みしめ、顔を青くしている。

 当然だ――彼女が形だけ真似ようとしたものは、今こうして、誰の目にも明らかな【本物】として存在しているのだから。

 見栄えだけでは届かない。

 理解のない模倣では辿り着けない。

 その事実が、演習場の真ん中であまりにも鮮やかに示されていた。


「――セリア」


 名前を呼ばれ、思わず振り向いた。

 ユリウス様がいつの間にかすぐ傍まで来ていた。

 彼はいつも通り大きく表情を変えない。

 けれど、その目だけが静かに私を見ていた。


「よくやった」

「……はい」


 それだけで、危うく泣きそうになった。

 褒められたかったわけではない。

 けれど、この人にそう言われると、ここまで積み上げてきた時間すべてを肯定されたような気持ちになる。


「グランヴァリウス卿。補佐研究者としての意見は?」

「実用化の余地は大きい」


 フェインの言葉に対し、ユリウス様は即答した。


「回復と防護を同時運用できる聖属性補助術は、前線運用で価値が高い。しかも術者の制御次第で拡張性がある」

「同感です……むしろ問題は、これを候補生の段階で組み上げたことの方でしょう」


 それを聞いた周囲に再びどよめきが走る。

 候補生の段階で――その言葉が、これまでの私を一気に塗り替えていく。


「ルーヴェル嬢」


 フェインが改めて言う。


「本術式について、王宮魔術局は正式な仮登録申請を受理する。異議がなければ、今日付で起案者名を記録する」

「……はい」

「名称は仮称でも構わない。どうする?」


 名称――私は一瞬だけ言葉を失った。

 今までずっと、研究としか呼べなかったものに、名前を与える日が来るなんて思わなかった。

 頭の中に、いくつもの候補が浮かんでは消える。

 けれど最後に残ったのは、ひどく単純な願いをそのまま表したような名前だった。


「……《聖環補助術式》で、お願いします」

「聖環補助術式」


 ミレイアが書き留める。


「承認仮登録名として記録します」


 その瞬間、私はようやく実感した。

 ずっと研究していた成果が出た事。

 同時に、世界へ触れたのだと。


 演習場の端で、殿下が一歩こちらへ踏み出しかけたのが見えた。

 けれど彼は結局、何も言えなかった。

 何かを取り戻すには、あまりにも遅すぎると、

 多分、本人がいちばんよく分かっているのだろう。

 リリーナはもう私を見ていなかった。

 床へ落とした視線が、そのまま動かない。

 私は二人から目を逸らし、まっすぐ前を向く。


 ――もう必要ないのだ。


 私を証明するために、あの人たちの評価は要らない。


「本日の記録は王宮へ提出します。加えて、次段階の審査として、実地運用を想定した拡張試験を行う」

「え、拡張試験?」


 思わず聞き返すと、ミレイアが頷いた。


「ええ。小規模な実演ではなく、複数対象を想定した運用確認です。成功すれば、学園内の候補生研究という範囲を超えます」

「…………え?」


 学園内を超える――その言葉に、息が詰まる。

 まだ終わりではなく、むしろ、ここから先へ進める可能性が生まれたのだ。

 ユリウス様が横から低く言う。


「やるだろう」

「……聞くまでもない、という顔ですね」

「違うか?」

「違いませんけど・・…はい、わかりました。やらせていただきます」


 答えた瞬間、自分でも驚くほど自然に笑えていた。

 つい数日前まで、婚約破棄された痛みで立っているのも苦しかったのに。

 誰にも理解されない研究を抱えて、ひとりで縮こまっていたのに。

 今の私は、その先を見ている。


 演習場の高い窓から、昼の光が差し込んでいた。

 淡金色の残光がまだ床の上に微かに残っていて、それがまるで新しい道筋のように見える。


「備えておけ、ルーヴェル嬢」

「え……?」


 フェインが最後に言った。


「次は学園の中だけでは済まない。王宮が、この術式の価値を見定めに来る」


 胸の奥で、心臓が強く鳴る。

 けれど今度は、もう怖さだけではなかった。

 ただ、驚きと感動しか、伝わってこなかったのかもしれない。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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