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『君は退屈だ』と婚約破棄された聖女候補ですが、天才魔術師と新魔術を完成させたら国中が私を評価し、元婚約者が泣きついてきました  作者: 桜塚あお華


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第05話

 その夜、私はほとんど眠れなかった。

 寮の自室に戻ってからも、頭の中では大講堂で見た歪んだ術式光が何度も明滅していた。

 リリーナの青ざめた顔。

 殿下の、何かを言い損ねたような視線。

 教員の口から告げられた【起案者】という言葉。


 そして最後に、ユリウス様が静かに言った一言。


 ――明日、お前の研究は学園の外にも知られることになる。


 王宮魔術局――その名を思い出すたび、胸の奥が落ち着かなくなる。

 王国における魔術管理と認可を担う、もっとも厳格な機関。

 学園内の研究発表とは重みが全く違う。

 そんな場所の人間が、私の未完成な術式に関わるかもしれないのだ。

 けれど、不思議と逃げ出したい気持ちはなかった。


 怖いのに、怖いだけではない。


 寧ろ胸の内には、じわじわと熱を持つものがあった。

 やっと見つけてもらえるかもしれない、という期待に似た感情。

 それを期待と呼ぶには、私はまだ慎重すぎたけれど。

 机の上には、昨夜のうちに整理し直した研究ノートと複写が並んでいる。

 起動順序、接続式、失敗例、修正前後の比較、暴走例から見えた危険点。

 眠気が来るたび顔を洗って、私はそれをひとつずつ書き足した。


 ――もう、隠さない。


 ユリウスにそう言われた瞬間の感覚が、まだ指先に残っていた。


   ▽ ▽ ▽


 翌朝、研究棟へ向かう廊下は、いつもより騒がしかった。

 すれ違う生徒たちの声が、ふと途切れ、同時に視線が集まる。

 露骨に囁かれるわけではないのに、何を話題にされているのかくらいは分かった。


「昨日の暴走を止めたの、ルーヴェル様なんでしょう?」

「でもベルナール様の術式だったって……」

「新しい補助術の起案者って本当なのかしら?」


 聞こえないふりをして歩いてみる。

 けれど、足がすくむような居心地の悪さはない。

 寧ろ、何処か奇妙な感覚があったのかもしれない。

 研究棟の応接室の前には、すでにユリウス様が立っていた。


「おはようございますユリウス様」

「ああ、おはよう……大丈夫か?」

「ええ、大丈夫です。ちょっと変な感じですけど……」

「……そうか」


 ただ、それだけの返事だったのだが、ユリウス様はほんの僅かに目元を和らげた。

 それだけで、張りつめていた胸の内が少し軽くなる。

 多分私は、自分が思っている以上に彼の存在に助けられているのだろう。


「報告書は?」

「一応まとめてきました」

「見せろ」


 差し出した書類へ視線を落とし、ユリウスは数枚めくる。

 読んでいる間、彼は殆ど表情を変えない。

 けれど私はもう知っていた。彼は本当に納得のいかない時はその沈黙がもっと鋭くなる。

 数十秒ののち、彼は紙を返してきた。


「よく整理されている」

「……それだけですか」

「ああ、十分だ」

「もう少し褒めてくださっても……」

「朝から欲が深いな、お前は」

「誰のせいだと思っているんですか」

「少なくとも俺ではない」


 そんなやり取りをしているうちに、扉が開いた。

 中から現れたのは昨夜の年配の教員と、見慣れない二人組だった。

 濃紺の外套に銀糸の刺繍。

 胸元に刻まれた杖と円環の紋章を見た瞬間、私は息を呑む。


 王宮魔術局――本当に来たのだ。


「ルーヴェル嬢、グランヴァリウス卿。入ってくれ」


 促されるまま応接室へ足を踏み入れる。

 中央の机を挟んで腰かけていたのは、一人が四十代ほどの厳格な面差しの男性、もう一人が三十代半ばほどの、涼しい目元をした女性だった。


「王宮魔術局、術式監査課のエドガル・フェインだ」

「同じく技術審査官のミレイア・ローデンです」


 名乗りを聞くだけで、背筋が伸びる。

 私は深く一礼した。


「セリア・ルーヴェルです」

「ユリウス・グランヴァリウス」

「ああ、君たちの名はすでに聞いている」


 フェインがそう言って、机上の書類を軽く叩く。

 そこには昨夜の事故報告と、おそらく私の提出した概要も含まれているのだろう。


「……結論から言おう。昨夜の暴走は、断片的な模倣術式によって引き起こされた可能性が高い。そして、君――ルーヴェル嬢が現場で用いた解体手順は、既存の聖属性補助術の範疇を明らかに超えている」


 それを聞いて、心臓が大きく脈打つ。


 ――既存の範疇を超えている。


 それは危険視の言葉でもあり、評価の入口でもある。


「まず確認したいです。この術式は、誰の発案ですか?」

「……私です」


 答えながら、喉の奥が少し乾くのを感じた。


「補助術の複合展開を、回復だけでなく障壁維持と浄化まで含めて運用したいと考えました。まだ未完成で、昨夜の現場で扱ったのは、あくまで暴走した模倣術式の解体でしかありません」

「それでも十分に異例です」


 ミレイアは私のノートへ視線を落とす。


「この修正履歴は全部、あなたが?」

「はい」

「一人で?」

「……はい」


 一拍遅れて、ユリウスが口を挟んだ。


「ただし昨夜以降の接続順序の最適化には、俺も意見を出している」

「なるほど……では、基幹発想と原型構築はルーヴェル嬢、実用化段階の補助検討にグランヴァリウス卿が関わった、と見ていいか」

「はい」


 私は即座に答えた。

 その瞬間、胸の奥で小さな何かがほどけた気がした。

 基幹発想と原型構築――こんなにも明確に、自分の仕事を言葉にされたのは初めてだった。


「昨夜の事故については、別途学園側で調査が進みます。だが我々が今、関心を持っているのは責任問題だけではない。この術式が正しく構築された場合にどこまで有効かです」


 私は思わず顔を上げた。


「それは……」

「簡易実演を見せてもらいたい」


 ミレイアが言ってきた。


「もちろん安全管理の整った環境で。王宮魔術局は、実用性のある新規術式を見逃しません」


 その言葉の重みに、指先がわずかに震える。

 昨夜までは、奪われるかもしれないと怯えていた研究だった。

 誰にも理解されず、紙束扱いされていたものだった。

 それが今、王宮魔術局から見せてほしいと言われている。


 少しだけ、嬉しい、のだと思う。


 けれど同時に、足元が不安定になるような感覚もある。

 まだ完成していないし、まだ粗い。

 まだ足りないところばかり目につく。

 そんなものを見せていいのかという不安が、どうしても拭えなかった。


「不安か?」


 不意に、フェインが問うた。


「……はい」


 私は正直に頷く。


「未完成です。改良途中で、昨夜だってようやく形になったばかりで」

「未完成なのは記録を見れば分かる。だが、未完成だから価値がないとは限らない。寧ろ、伸び代のある原型ほど早期に保護すべきだ」


 保護――その言葉に、私は目を瞬いた。

 評価でも、査定でもなく、保護。

 術式を盗用や横取りから守るものとして、その言葉が出てきた事が妙に胸へ染みた。


「学園側とも協議のうえ、仮登録の手続きを進めます」


 ミレイアが書類を差し出す。


「起案者名はセリア・ルーヴェル。共同研究補佐としてユリウス・グランヴァリウス卿。異議は?」

「ええ、ありません」


 答えた声は、自分でも驚くほどまっすぐだった。

 ユリウスも隣で短く頷く。


 その時、応接室の外がわずかに騒がしくなった。

 開きかけた扉の向こうに青ざめた顔のリリーナと、それを制するような殿下の姿が見える。


「お待ちください、私は誤解を――」

「ベルナール嬢、事情聴取の順番を待ちなさい」


 教員の厳しい声が遮った。

 その声だけで十分だった。

 きっと、あの二人はもう自分たちの思い通りには動けない。

 少なくとも今この部屋では、誰も私の研究を曖昧には扱わない。

 私はそっと息を吐く。

 ずっと欲しかったのは、多分これなのかもしれない。

 称賛だけではない。正しく見てもらうこと。

 誰の考えで、どれだけの時間が注がれて、何を目指した術なのかを、きちんと理解したうえで扱ってもらうこと。


「実演は三日後……それまでに、最低限の安定化を進めてほしい」

「……三日後、ですか?」

「無理だと言うか?」


 フェインに問われ、私は一瞬だけ迷った。

 でも、その迷いの横でユリウスが言う。


「はい、やれます!」


 私は自身を持って、断言する事にした。

 断言した後ユリウス様に視線を向けると、彼はごく当然の顔で続ける。


「昨日の時点で原型は成立している。あとは足りないのは持続と出力の均衡だけだ。三日あれば十分詰められる」

「本人より先に答えるんですね」


 思わず小さく抗議すると、ミレイアがわずかに笑った。


「いい補佐役をお持ちですね、ルーヴェル嬢」

「……はい」


 そう答えた瞬間、自分の頬が少しだけ熱くなるのを感じた。

 フェインは席を立つ。


「期待しています。新しい術式が正しく生まれるなら、それは王国にとって利益だ」


 王国にとって利益。

 あまりに大きな言葉に、まだ実感は追いつかない。

 けれど、胸の奥では確かに何かが動き始めていた。


 終わったので部屋を出たあと、私はしばらく無言で廊下を歩いた。

 やがて耐えきれず、足を止める。


「……三日、ですか」

「不満か?」

「不満ではありません。ただ、急すぎて心臓に悪いです」

「……だが、望んだ状況だろう?」

「それは、そうですけど……」


 言い返しながら、私は胸元でノートを抱え直した。

 もう、誰にも渡さない。もう、曖昧にもしない。

 この研究は私のものだ。

 そして今、初めて公の場でそれが守られようとしている。


「ユリウス様」

「何だ」

「三日で仕上げます」

「ああ」

「今度こそ、完成形に近づけたいです」

「なら、今日から徹夜だな」

「うわ……さらっと恐ろしいことを言わないでください」

「嫌か?」

「……嫌ですけど、頑張ります」


 答えると、ユリウスはほんの少しだけ笑った。


 研究棟の窓から朝の光が差し込んでいる。

 戦いはまだ始まったばかりなのに、世界が昨日までとはまるで違って見えた。


 三日後、私の術式は王宮魔術局の前で試される。


 それはきっと、ただの実演では終わらない。

 私の価値も、研究も、未来も。

 すべてが、そこから動き出すのだと分かっていた。

読んでいただきまして、本当にありがとうございます。

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