第6話 歩くの、面倒じゃない?
結論から言うと――
歩くのは、面倒だ。
これは怠惰ではない。
合理だ。
学園指定のダンジョン実習は、
なぜか「入口から出口まで、ちゃんと歩く」前提で組まれている。
「実戦では、移動も訓練のうちだ!」
実技主任は胸を張って言う。
(実戦でも、近道あったら使いません?)
僕は黙ってうなずいた。
議論は、疲れる。
問題は、ダンジョンの中だった。
一本道。
曲がり角。
また一本道。
魔物は弱い。
倒すのも一瞬。
でも――
(長い)
とにかく、長い。
(魔物より、距離が敵)
「フェルド、遅れるな!」
前衛の生徒が声をかけてくる。
(遅れてない。歩く速度が同じだけだ)
それに、荷物は全部収納済み。
疲労もない。
(……なのに、なんでこんなに面倒なんだろ)
歩く理由が、見当たらない。
しばらく進んだところで、行き止まり。
「……戻るぞ!」
(戻る……?)
来た道を、そのまま。
(同じ距離を、もう一回?)
胸の奥が、はっきり嫌がった。
(いや、無理)
(合理的じゃない)
その瞬間、考えがまとまった。
(入口と出口、同じ場所でよくない?)
(ダンジョンって、空間でしょ?)
(空間なら、繋げばいい)
胸の奥の“重さ”が、
一気にほどけた。
(……あ)
(今、分かった)
“距離”は、
押すものでも、歩くものでもない。
通せばいい。
「フェルド?」
主任が振り返る。
その瞬間。
景色が、折れた。
音もなく、光もなく、
ただ“繋がる”。
次の瞬間、僕は――
入口に立っていた。
「……え?」
周囲の生徒が、同時に声を上げる。
「今、フェルド消えたよな?」
「消えたっていうか……飛んだ?」
「え、戻った?」
主任は、言葉を失っている。
(あ、やっちゃった)
「フェルド!!」
「はい」
「……今、何をした」
(説明、難しいな)
「……歩くの、面倒だったので」
主任の顔が、真っ白になった。
補助教官が、震える声で言う。
「座標移動……?」
「いえ、たぶん……」
僕は、正直に答えた。
「入口と出口を、繋げました」
「……は?」
(あ、これ通じないやつだ)
確認のため、もう一度。
「じゃあ、戻ってみろ」
(戻る……入口から中へ?)
同じ感覚で、“繋ぐ”。
――通路の中間。
景色が、瞬間的に切り替わった。
「……」
沈黙。
「……距離、無視してる……」
誰かが、呟いた。
主任は、額を押さえた。
「フェルド」
「はい」
「これは……」
深く息を吸う。
「学園の管轄外だ」
(ですよね)
実習は、その場で中止になった。
「危険すぎる」
「制御不能」
「前例がない」
(前例がない、はだいたい僕のせい)
その夜。
地下観測室。
水晶は、もはや隠す気がない。
《異常記録》
新規発現:空間接続(短距離)
消費:検出不能
制限:本人の認識範囲
「……歩行が不要?」
「冒険者どころか、物流が壊れる」
僕は、寮のベッドで天井を見ていた。
(……これ)
(外の方が、絶対向いてる)
学園は、安全だ。
でも、枠が多い。
外なら――
面倒なことは、全部省ける。
(……冒険者、なろうかな)
その考えが、
胸の奥で肯定された。
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