第59話 矛を下ろした理由
その国は、
大陸でも指折りの軍事国家だった。
国境は堅牢。
兵は訓練され、
将は戦争を知っている。
彼らは、
「戦えない相手」という概念を
信じていなかった。
強国の視点
作戦会議室。
壁一面の地図。
通界圏は、
赤い線で囲われていた。
「敵意はない」
「だが、脅威ではある」
参謀の一人が言う。
「今は小さい」
「だが、放置すれば——」
「分かっている」
将軍が遮る。
「だから計算する」
感情ではない。
誇りでもない。
戦争は、計算だ。
シミュレーション開始
「通界を仮想敵に設定」
「初動は?」
「補給線の遮断を想定」
「可能か?」
参謀が、資料をめくる。
「……不可能です」
「理由は?」
「補給線そのものが、通界経由です」
将軍が、眉をひそめる。
「奪えばいい」
「奪えません」
「なぜ?」
「通界には、奪う“拠点”がない」
見えない相手
「軍は?」
「存在しません」
「指揮官は?」
「いません」
「なら、混乱させろ」
「……混乱しません」
「どういう意味だ」
参謀は、言葉を選ぶ。
「判断が分散しています」
「一部を潰しても」
「全体が止まりません」
「首を落とせば終わる相手ではない、と?」
「はい」
沈黙。
将軍は、ゆっくり息を吐いた。
もう一つの問題
「冒険者の動向は?」
「……集まりません」
「金を積め」
「積んでいます」
「なら?」
「通界に行った方が」
「安全で、自由です」
将軍が、机を叩く。
「傭兵が、国家より魅力を感じる場所だと?」
「……事実です」
戦争は、
兵がいなければ始まらない。
だが、
兵は国家に縛られていなかった。
将軍の理解
将軍は、地図から目を離した。
「つまり」
低い声。
「我々が戦争を始めた瞬間」
誰も、口を挟まない。
「補給は止まり」
「兵は集まらず」
「国内が先に揺らぐ」
ゆっくりと、椅子にもたれる。
「……負けではないな」
参謀が、恐る恐る言う。
「では?」
「戦争が、成立しない」
表向きの判断
翌日。
公式声明は、簡潔だった。
「通界情勢については」
「引き続き、静観する」
強気でも、弱気でもない。
ただの、保留。
だが、
内部では全員が理解していた。
手を出せない。
矛を下ろした理由
夜。
将軍は、一人で書類を閉じた。
戦争は、勝てる時にやるものだ。
だが今回は違う。
「勝てない」のではない。
「戦えない」のでもない。
戦争という行為そのものが、通用しない。
それを、
初めて理解した。
小さなドーン
この日。
一つの軍事国家が、
通界を敵にすることを
静かに諦めた。
通界は、
何もしていない。
脅しも、交渉も、宣言もない。
それでも。
矛を下ろさせた。
武力を使わずに。
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