第33話 戻ってきた
学園の門は、変わっていなかった。
白い石壁。
整えられた並木道。
魔力検知用の結界。
――ただし。
「……こんなに静かだったっけ?」
セレナが、小声で言う。
「前はもっと、ざわざわしてた気がする」
「生徒の動線が整理されている」
アクアが周囲を見回す。
「警戒態勢ですね。
歓迎ではない」
「敵対でもない」
フレイが短くまとめる。
つまり、扱いに困っている。
出迎え
門の内側で待っていたのは、学園長と数名の教官だった。
全員、正装。
全員、緊張している。
「……お越しいただき、感謝します」
学園長が、深く頭を下げた。
その角度に、セレナが目を丸くする。
「え、今の……」
「うん」
俺は、小さく頷いた。
「最大限だな」
かつては、あり得なかった。
立場確認
「まず、確認を」
俺は、門をくぐる前に言った。
「在籍はしない」
教官たちが、一斉に頷く。
「命令も、評価も受けない」
「承知しています」
「期間は、限定」
「はい」
まるで、条件交渉の再確認だ。
俺は、最後に付け加える。
「それと」
一拍。
「こちらから何かを奪う気はない」
学園長が、少しだけ安堵した顔をした。
「……助かります」
それから、彼は少し言いにくそうに続けた。
「一つ、こちらからも確認を」
「どうぞ」
「……あなたを受け入れたとき、我々は“観測対象”という枠を使いました」
(懐かしい言葉だ)
水晶が沈黙して、ざわめきが起きて、それでも入学だけは許された日。
条件は三つあった。実技は見学、危険行為は禁止、許可なく魔法を使うな。
「覚えてます」
「では、聞かせてください」
学園長は、一度目を閉じた。
「我々は、何を観測できたと思いますか」
「……そちらが答える側では?」
「はい」
彼は、目を開けた。
「何も、と答えるしかありません」
「記録は」
「取っていました。入学式の前日から、一日も欠かさず」
声が、わずかに掠れた。
「ただ――読めなかった。何が書いてあるのか、我々には意味が分からなかった」
(……ああ)
観測していたのではなかった。
観測しているつもりで、横に立っていただけだ。
「今も、分かりませんか」
「いいえ」
学園長は、顔を上げた。
「今日、分かると思っています」
「……なるほど」
それが、この人が頭を下げた本当の理由だった。
視線
校舎へ向かう途中。
視線を感じる。
窓の影。
廊下の曲がり角。
遠巻きの気配。
生徒たちだ。
「……見られてる」
セレナが、ひそひそ言う。
「噂、回ってるな」
「そりゃ回る」
アクアが淡々と続ける。
「外部協力者。
都市を動かした人」
「盛られてるな」
「確実に」
その中に一人だけ、隠れない生徒がいた。
廊下の真ん中に立って、こちらを見ている。
少し痩せて、顔つきが変わっていたが、すぐに分かった。
(……ルーカス)
最初に俺を「ゼロ」と呼んだ男だ。
目が合う。
何か言われるだろう、と思った。
恨まれていたはずだった。
だが彼は、短く頭を下げただけだった。
教官たちのような正装の礼ではなく、廊下ですれ違うときにする程度の、雑な会釈。
そして、行ってしまった。
「……知り合い?」
セレナが聞く。
「昔、俺を笑ったやつだ」
「怒ってた?」
俺は、少し考えた。
「……いや」
怒っていたら、まだ分かりやすかった。
横にいた教官が、小声で補足した。
「あの生徒は、卒業を待たずに出ます」
「どこへ」
「……通界へ、と書いてありました」
一拍。
「志望理由の欄は、一行だけです。“押さない魔法を学びたい”と」
(……あいつ)
あの日、俺の火球を見て口を開けたまま固まっていた男が、
いつのまにか、俺の言い分の方を選んでいた。
恨みは、どこにも残っていなかった。
残っていたのは、ただの進路希望だった。
学園ダンジョン前
目的地は、学園ダンジョンだった。
入口の前で、俺は立ち止まる。
「……やっぱり」
フレイが、低く言った。
「歪んでる」
「抑えすぎだな」
結界が、押さえつける方向に張られている。
安全のため。
教育のため。
だが――
「これ、成長しない」
俺が言うと、教官の一人が苦い顔をした。
「……分かってはいました」
「でも、外せなかった?」
「外した結果が、分からなかった」
それが、学園の限界だ。
宣言
俺は、振り返った。
「まず、教える前に直す」
教官たちが息を呑む。
「今日の講義は、無し」
「実技も?」
「無し」
代わりに。
「ダンジョンを、普通にする」
意味が分からない、という顔が並ぶ。
でも、それでいい。
セレナの一言
「ねえ」
セレナが、俺の袖を引く。
「私たち、先生じゃないよね?」
「違うな」
「じゃあ、何?」
少し考えて、答える。
「……通りすがりだ」
セレナが、笑った。
「それ、一番強いやつだ」
学園は、変わっていない。
だが、世界が先に進んでしまった。
そして今日。
その差が、はっきりと見えることになる。
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